37話 静かな夜明けと、記録のはじまり
夜が明けた。 廃村の木立から差し込む陽光は、どこか新しい色をしていた。
ノインは、焚き火の跡でぬくもりの残る毛布を抱え、静かに目を開ける。
「……夢、見なかった」 それは安堵の表情だった。
「もう“あの声”は残ってないはずよ」 ノーラが微笑む。
「でも、記録そのものは……」 セラがつぶやくように続ける。「構造としては消えたけれど、コードの“印象”はどこかに残る」
俺はうなずいた。 「それが、記録者としての俺たちの役目でもある。記録されなかった出来事も、伝えていくんだ」
その言葉に、ルゼがぽつりと加える。 「……観測されないまま、消えていくものほど、繊細だからね」
ヒカリがノインの頭を軽く撫でる。 「じゃあ、今日からは“君自身の記録”を作ろうね。どこに行ったか、何を見たか、どんなことを感じたか……全部、君だけの」
ノインは少し照れたように笑って、うなずいた。
そして俺は、胸ポケットから小さな端末を取り出した。
《記録ユニット:アーカイブ・コードNo.001 起動》 《ユーザー登録名:ノイン》
「これは、お前専用の記録装置だ。今日からの出来事を、全部ここに刻んでいけ」
「……ありがとう」
その声はもう、震えていなかった。
カイルが手を振る。「よし、じゃあそろそろ出発すっか! 地図のまだ白いとこ、塗りつぶしに行こうぜ!」
「そうだな。あの先の谷を越えたら、新しい領域が広がってるはず」 俺は地図を広げ、次の目的地へ目を向けた。
《未踏領域:ファルメル峡谷──再定義候補区域》
何があるかは分からない。 だが、この世界が“書き換え可能”である限り、歩き続ける価値がある。
ノインが一歩、俺たちの隣に立った。 そこにいるのは、もう“名もなき記録体”じゃない。
──彼自身の物語を始める、たったひとりの旅人だ。
「行こう。次の物語を、見つけに」




