36話 プロト・ノインと、零番目の夢
その夜、村跡の一角に仮設の野営地を作り、少年──ノインを囲んで静かな時間が流れていた。
焚き火の火が揺れる中、彼は小さな声で呟いた。 「……ずっと、夢を見てた。暗い中で、誰かが“名前を呼んでくれる”のを待ってた」
ノーラが優しく言う。「今、呼ばれたんじゃない? あなたはノイン。もう、ここにいる」
ノインは頷いた。 「でも……僕の中に、知らない誰かの声が残ってる。 それが、すごく冷たくて、怖くて……」
セラの解析が静かに進む。
《構造内解析:コード断片“セロ・オリジン” 検出》 《分類:≠NULL開発前段階の人工定義体》
「……ノインの中にあるのは、≠NULLの“原初構造体”だ」 俺は思わず息を飲んだ。「つまり、≠NULLが組織として生まれる前に、存在していた“ゼロ番目の定義”──」
ルゼがぽつりと呟いた。「それって、“この世界の起動前ログ”……」
「ノインが、それを記憶してるのか」 ヒカリが驚きとともに言う。
ノインの体が微かに震える。
「怖いよ……その声、時々こう言うんだ。 “再起動の条件は満たされた。構造の初期化を開始する”って」
再起動──それは、世界そのもののリセットを意味する。
俺の視界に、新たなスキルウィンドウが浮かぶ。
《スキル派生オプション開放》 《選択可能スキル:対構造封印型コード〈リジェクト・ルート〉》
「レイ、それ……」 ノーラがこちらを見る。
「うん。ノインの中にある“初期化の鍵”を封じるための手段だ。 ただし……」
「代償があるのね」 セラが冷静に補足する。
「封印すれば、ノインの中にある記憶は永久に失われる。 でも、その分“この世界の最初の真実”は知れなくなる」
みんなの視線が、俺に集まる。 ノインは、ただ静かに俺を見つめていた。
俺は焚き火の火を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。
「……選ぶのは、ノイン自身だ」
そう言ったとき、ノインはそっと目を閉じた。
「……だったら僕は、“ここにいる”ことを選ぶ。 記憶より、今の声の方が……あたたかいから」
その瞬間、スキルウィンドウが展開された。
《封印開始:構造コード“セロ・オリジン”》 《スキル発動:〈リジェクト・ルート〉》
コードの光がノインの中で優しくほどけていく。 初期化は、選ばれなかった。
選んだのは“今ここにいる”ということだった──。




