35話 名前を持たない少年と、封じられた記憶
コードの祠を離れ、さらに南へ数日。 俺たちは、森林地帯の外れにある小さな村跡にたどり着いた。 地図には載っていない。再定義後に消された場所なのかもしれない。
「人の気配がある。少しだけ……だけど、確かに」 ルゼが感知能力で告げた。
村は廃墟だった。 崩れた建物、蔦の絡んだ標識。風化が進んでいるのに、焚き火の跡だけが新しかった。
「……誰かが住んでる?」 ヒカリが不安そうに周囲を見回す。
「いや、隠れてる。たぶん、長いこと“観測されてないまま”でいたんだ」 俺の《虚数再構築》が揺れる。
《存在検知:コード名未登録対象 発見》
《状態:記憶障害/干渉履歴あり》
俺たちは村の祠のような建物の中で、ひとりの少年を見つけた。 年齢は十歳ほど。銀色の髪に、どこか“機械的”な光の残滓を感じる瞳。
「……名前、ない」 そう答えた彼は、自分が何者かすら理解していないようだった。
「どうする、レイ?」 ノーラが問う。
「見捨てる理由はない」 俺はそう答えた。「たとえ記録されていなくても、この世界に“存在してる”んだから」
セラが少年を軽くスキャンする。 《データ一致なし。だが……内部にコード封印を検出》
「この子、≠NULL由来の記録を“内蔵”してる可能性がある」
ルゼが、そっと少年に手を差し伸べる。 「……あなたの“声”、ちゃんと届いてる」
少年は一瞬だけ戸惑い、そして、小さく手を取った。
その瞬間、全員の視界にコードの稲妻が走る。
《警告:封印構造解凍──セグメント・セロ未承認起動》
《記録媒体:感応体“プロト・ノイン” 再起動準備中》
「……ノイン?」
封じられていた存在が、静かに目を覚まそうとしていた。 名前を持たなかった少年が、この世界にとって“何かの鍵”になることを、俺たちは直感で理解した。
そしてその目覚めは、また新たな問いと運命を──俺たちに突きつけてくるのだった。




