34話 コードの祠と、沈黙する声
白地の地図に記されていなかった場所。 そこは、岩山に囲まれた谷間にぽっかりと開けた、異様な静けさを持つ空間だった。
「風が……止まってる?」 ノーラが周囲を見渡す。
鳥の声も、木々のざわめきも、なかった。 まるでこの場所だけ、世界から切り離されているような──
「中央に、祠がある」 カイルが指差す先には、苔に覆われた石の構造物。 その表面には、どこか見覚えのある文様が刻まれていた。
「これ……≠NULLのコード断片だ」 俺の《虚数再構築》が微かに反応する。
《検出:旧世界観測点 No.07》
《分類:沈黙型観測構造》
《状態:アクティブ(低位)》
セラがすぐに補足する。 「沈黙型……声なき記録媒体です。残響だけが残り、意思の持ち主はすでに消滅しています」
「つまり……残された“音声のない記憶”ってことか」 ヒカリが小声で言う。
ルゼがそっと、祠の前に進み出た。 彼女はしゃがみ込み、手のひらでそっと石の表面をなぞった。
「……聞こえる。たしかに、“声のない言葉”がある」
俺の視界に、薄く輝く文字列が浮かぶ。
《記録再生:観測者=不明》
《内容:世界断絶以前に送られた“最後の問い”》
“この世界に、終わりは必要か?”
問いかけだけが、祠に残されていた。
「ずいぶん漠然とした質問だな……」 カイルが言う。
だが、俺たちは理解していた。 これは、“かつて何かを記録していた存在”が、最後に残した遺言だったのだ。
「この祠、残しておくべきだと思う」 ノーラが言う。 「終わりを語るためじゃない。“続ける理由”を問うために」
「なら……この場所を、新しい地図に書き足そう」 俺は懐から書きかけの新地図を取り出す。
“コードの祠──記録なき記録の地”
それは、かつての世界の記憶を静かに伝える場所となる。 そしてきっと、未来の誰かがここを訪れたとき、同じ問いに出会うだろう。
“終わりは必要か?”
俺たちは、そうでないことを証明する旅を続けている。
──この世界が“終わらない物語”である限り。




