29話 影の転写体と、選ばれなかった定義
俺たちは、“もうひとつの俺”──転写失敗体を追い、北の外縁領域へと足を踏み入れていた。
そこは地図から削除された領域。コードの再定義が間に合わず、≠NULLの残骸がまだ漂っている。
「この感じ……思考が引っ張られる」 ノーラが額を押さえる。
「コードじゃねえ。これは……感情の残滓だ」 カイルが地面を殴って、嫌悪感を吐き出す。
セラのスキャンが異常を告げる。 《環境ノイズ:感応型情報干渉レベル=高》
《構造体:相澤レイ(類似)反応波形と一致》
「やっぱり……ここにいる」 俺は剣を抜きながら前へ出る。
霧が晴れた先に──それはいた。 俺と同じ顔、同じ身体。だが、どこか壊れたような、静かな目をしていた。
「お前が……“もう一人の俺”か」
影のレイは口を開いた。
「……なぜ、“あの日”に抗った」
「理由なんかない。ただ、納得できなかった。それだけだ」
「なら……俺にも選ばせろ。 俺は、“選ばれなかった”けど、消されたくなかった」
影のレイが腕を上げる。 その手に現れたのは、壊れた剣──≠NULLの断片と混じった武装だった。
《スキル展開:転写異構・反応領域》 《擬似スキル:虚数構造・残響型》
「レイ、まずい!」 ノーラが結界を張る。
「こいつ、本気で来るぞ!」 カイルが前に出るが、影のレイは真っすぐ俺に向かって来る。
「俺だけが……“おまえの不完全さ”を証明できる」
霧の中、俺と“俺”の剣がぶつかり合った。
≠NULLではない。 でも、これはある意味で、もっと危険だ。
なぜなら、相手は── 俺という存在を“完全に理解している敵”だからだ。
「だったら、証明してやる。お前が消えなかった理由を」
この戦いは、ただの敵討ちじゃない。 “自分自身を否定しないための戦い”だ。
霧が深まり、二人のレイの戦いが始まった。




