28話 観測者の記録と、転写の残骸
記録者は俺たちの目の前に、そっと巻物を差し出した。
「これは、≠NULLが消える直前に残した“観測ログ”だ。君たちが上書きした世界の裏で、どれだけの分岐が発生し、どれだけの消去が行われたか……」
巻物はただの古文書ではなかった。開いた瞬間、光の糸が溢れ出し、空間に文字と映像が重なる。
《観測データ:副次世界数=31》
《削除確定構造:18》
《移行/再定義中:7》
《独立自走化の兆候:2》
「……この中に、“別の俺たち”がいたのか?」 俺の問いに、記録者は頷いた。
「その通り。“観測されなかった未来”とは、存在しなかったことと等しい。だが、いくつかの構造は──君たちと同様、観測に抗った」
ルゼがわずかに目を伏せた。 「“消されたのに、まだ残ってる”……そんな矛盾、コードが許すの?」
「許すも拒むもない。ただ、“記録され続けている”という事実が、存在を引き戻すのだ」
ヒカリが巻物に手を伸ばし、うっすらと浮かんだ光の一文を読み上げた。
「……『No.017-E:転写失敗体──再構築中』……?」
その瞬間、俺の《虚数再構築》が激しく反応した。
《警告:存在重複情報を検出》
《構造警戒レベル:高》
「俺……と似た構造体が、まだどこかに?」
記録者は巻物を巻き戻し、静かに言う。
「君の“影”だ、相澤レイ。 上書きされた定義の、そのわずかな余白に、旧構造がしがみついている。 それは君に似て非なる、選ばれなかった“もうひとつの解”だ」
ノーラが言う。「放っておくと、何かが起きる?」
「起きるとも。記録が曖昧なままでは、構造が不安定になる。 いずれ現実の裂け目となり、世界を侵食する」
「じゃあ……」 カイルが拳を握る。「そいつを探して、ぶっ飛ばすだけだ」
俺は頷いた。
「“消えなかった影”──それを見つけて、終わらせる」
記録者はゆっくりと身を翻し、消えゆく光の中に言葉を残す。
「気をつけろ。その影は、おそらく……君と同じように“選び直したい”と願っている」




