12話 黒煙の街と消えた記憶
翌朝、俺たちは次の目的地──エスクタスの旧都、ラーデルへ向かった。 かつて栄えた都市は今、≠NULLの侵食により廃墟と化し、灰と黒煙に包まれているという。
「ここ……人の気配がない」 ノーラが呟いた。
「でも、足跡はあるな」 カイルが廃屋の一角にしゃがみ込み、靴跡を指差す。「しかも、子どもの足だ」
「……罠か、逃げ遅れか」 俺がそう言うと、ルゼがぼそりと口にする。
「“引かれてる”匂いがする。コードが……外から」
その言葉に、俺の《虚数再構築》が反応した。
《非公開領域:副次コードスフィアへの遷移を検出》 《ラーデル市区:コード領域ごと分離中》
──これは、≠NULLによる“街ごとの改造”だ。
「誰かが、まだこの中に囚われてる……」
俺はそう確信し、迷いなく足を踏み出した。
向かったのは、街の中心に位置する古びた教会跡。
重く傾いた扉を押し開くと、埃の中に、微かな気配が残っていた。
そこにいたのは、ひとりの少年──10歳前後に見えるが、服は擦り切れ、目は虚ろ。
「……誰?」と、か細い声が漏れる。
少年の傍らには、廃材と機械部品で組み上げられた異形の存在が立っていた。
白銀の翼、冷たい光を放つ瞳、全身を覆う魔導装甲。
──機械仕掛けの“天使”。
ルゼが一歩前に出る。「……コードが、逆流してる。この子、改造されてる」
ノーラの手が魔導書にかかる。「人為的に、≠NULLの“副次フィールド”と接続された……?」
少年は震えながら口を開いた。
「……名前、わかんない。でも、この子が、僕を守ってるって……夢で言ってた」
俺の視界に、システムウィンドウが展開された。
《未知コード生命体:エンジェリオン・タイプS(通称:セラ)》
《護衛プロトコル:対象・記憶欠損児》
《状態:干渉型守護リンク中/分離不能》
これは明らかに≠NULLの実験体。けれど、ただの兵器とは違う。
「……救えるかもしれない。まだ、感情がある」
そのとき、空間が再び歪んだ。
崩れた教会の天井から、黒いコードの触手が降りてくる。
──≠NULLの追撃部隊。
この少年と“天使”もろとも、処理しに来た。
「全員、構えろ。今回は時間との勝負だ」
俺たちは、セラと名乗った機械天使を守るため、再び闇へと剣を向ける。




