あの技
窓に掛かったカーテンの隙間から太陽の光が部屋にさす。
時計を見て焦り慌てて家を飛び出して学校に向かう、そんな日常が思い浮かぶがそれはもう遠い世界の話だ。
ベットの直ぐ横にある鏡で見えたぴょんとアンテナのように生えたクセ毛を無視しながら部屋の扉を開ける。
「ふわぁ……ねむ……二度寝してー」
そんなことを言いながら俺は2階の廊下を歩く。
ふと下を向くとダイニングに何人かの姿が見えた。
廊下の横が吹き抜けになっているためよく見えるのだ。
「あ、ユメ起きた? 朝ごはんだから早くきて!」
「はいはい、今行く」
下から聞こえる主人の催促に適当に返事をしながら階段を降りる。
主人よ、よく学校もないのにそんな早く起きれるな。
俺なんか昼まで寝てる自信あるぞ。
そんなことを寝起きの頭で考えながら自分の椅子に座る。
「おはようございます……」
あくびまじりに挨拶をすると待ってましたとばかりに声がかかる。
「おはよう! ねぇねぇユメ、後でうちの部屋来てちょうだい! 話聞かせてよ!」
目覚めたての人にそんな大声で話しかけないでくれ。
頭が痛くなる。
「話……? あぁ、地元の話するとか言ってたっけ」
「そうそう、それそれ! あにめ?とかいうやつ!」
「わかった、わかったから」
「約束だからね!!」
俺が約束を取り付けると彼女は嬉しそうに自身の椅子に戻っていく。
落ち着かないのかそわそわしている。
彼女の名前はシノ、アニメに興味津々な女の子である。
「おっす、ユメ。相変わらず朝弱いなお前」
シノとの会話が終わった後、青髪の男が話しかけてきた。
「うるさいぞ、リック。お前だって俺と同じくらいに起きてるだろ」
俺とほぼ同タイミングで部屋から出てきてたしな。
俺のことを言う筋合いはないはずだ。
「俺はお前ほど目覚めは悪くねぇよ」
その言葉の真偽を確かめるため、俺はリックの顔を見る。
……確かに今にも再び夢に彷徨いそうな俺と違いハッキリと目が覚めているようだ。
「……チッ」
「おいおい舌打ちは酷くねぇか?」
「うるさい」
俺は誤魔化すように朝食にがっつく。
あっ、これうまいな。
毎朝これが食べられるとか最高かな?
っと、だんだんとだが目が覚めてきた。
これで眠気に負けて朝食に顔面をぶつけるってことは起きないな。
「相変わらず2人は仲がいいわね」
俺が呑気なことを考えていると、手にカップを持った紫髪の女性がいた。
多分コーヒーかな
「そう?」
「えぇ、だって毎朝こんな感じだもの」
「それって仲良いって言えるの?」
別に喧嘩をしているわけではないが仲良くしていると言うわけでもないと思うのだが。
「少なくとも私からはそう見えるわよ?」
「マジか……」
「なんだ? そんなに俺は嫌なのか?」
「嫌っていうか……逆に聞くが毎朝必ず自分を揶揄ってくるやつのことを好ましく思えるか?」
俺の言葉にリックは思考を巡らせる。
これで揶揄うのをやめてくれると非常にありがたいのだが……
「なんか面白そうだからいいんじゃね?」
「はっ、だよな。お前はそういうやつだよ、うん」
期待するだけ無駄だった。
「おいおい、勝手に失望するなって。キャスティーもなんか言ってくれよ。ってなんだその顔」
「別に? 仲良しだなって思っただけよ?」
「お前ほんとマイペースだよな」
リックが呆れた顔で呟く。
面子の個性強いなとサラダを口に頬張りながら食べていると隣に座っているシノが席を立つ。
「じゃあ、ユメ! 私部屋にいるから直ぐきてね! あにめの必殺技を再現するんだ!」
「オーケー、わかった。後で行くから待っててくれ」
「うん! 待ってる!」
シノはそういうと食器をキッチンに置き、自分の部屋へと駆け込んでいく。
「さて、俺も食い終わった。ユメ、訓練の時にな。シノとの技の開発にかまけて遅れんなよ?」
「おう」
「じゃあ私もいくわね。リアちゃんとユメちゃん、講義の時に」
「わかった」
「わかった! ってことでユメ、早く食べて。私早くキャンティーさんのとこ行かなきゃいけないから」
「もう食い終わってるよ。ほい」
俺は急かす主人に食器を渡す。
「まさかこんな生活が始まるなんてね」
「まぁな」
こんな生活が始まってからはや数ヶ月。
俺たちはラディア騎士団の団員が住んでいるシェアハウスに住んでいる。
「団長曰く、仲間との友好関係も訓練も身近にいれば自然と出来る、だったか? いくらなんでも強引すぎるだろ」
「まぁうまくいってるからいいじゃん」
「それはそうなんだがもう少し団長には常識というものを身につけて欲しいな」
「あの人が常識を口にするところが想像できる?」
団長が常識を……早く寝なさい!とか?
いや、似合わなすぎるだろ!
「……ぷっ! 想像したが笑っちまうくらい似合わなすぎるな」
「でしょ。で、引き留めた私が言うのも何だけどシノとの約束はいいの?」
「やべ、急がなきゃ拗ねちまう」
「急いで行ってきなよ」
「悪い、ありがとう」
返事をしながら俺は慌てて階段を駆け上がる。
そしてシノの部屋に飛び込む。
「悪い、遅くなった!」
部屋に突入後開幕謝罪をしたが
「むーー」
……ダメだったか。
もうちょい急げばよかった。
「こ、今度俺のデザートあげるからさ」
「デザート!? うん。それならいいよ。許してあげる」
「ありがとう」
やっぱり女子は甘いもの好きなんだな。
俺の偏見かもしれんが。
「それでなんだけど、あのあにめの技やりたい!」
「あの技?」
「そう! この前言ってたしゅんかんいどう? ってやつ!」
シノは笑顔で額に指を当てる。
「あぁ、なるほどね」
我が国日本が世界に誇る大人気アニメである。
俺の子供の頃に見てたなぁ。
リアタイじゃなくてサブスクだけど。
「これって一瞬で移動できるんでしょ? すごい! 空間転移なんてそうそうできることじゃないのに!」
「空間転移……マジでそんなものもあるんだ」
あるあるだと言ってしまえばそうだが実在するとなると少しはテンションが上がる。
瞬間移動でバッと現れて味方を庇う、そんなかっこいいやつが実在するということだからな。
「これって一体どういう原理なんだろう……」
「原理……魔力に似たものを感知してそこに飛ぶっていう感じらしいぞ。俺も詳しくは知らないからそれが正しいかはわからないが」
「魔力を感知……? あー! 魔力も人それぞれだからね!」
「魔力は人それぞれ? みんな同じじゃないのか?」
ラノベとかだと空気中の魔力を……とかそんな感じだったが。
この世界では違うのだろうか。
「違うよ! 魔力はみんな違うの!」
「何が違うんだ?」
「え? えーと……」
俺の問いにシノは頭を悩ませる。
魔力は違うとわかってはいてもその原理はわかっていないようだ。
「と、とにかく! 魔力は人それぞれだから区別がつくってこと!」
「な、なるほど。それで技はできそうか?」
「うーん、わかんない。そもそも空間魔法を使えるのは一部の人だけだもん!」
「あー、確か一般的に一つの属性の魔法しか使えないんだっけ」
シャアハウスでの生活の中で学んだことがある。
まずはこの世界の特徴である魔法。
魔法は様々な属性がある。
基本属性と呼ばれる炎、水、風、土、雷の5属性。
希少な空間、光、闇の3属性。
そして最後にこのどれにも当てはまらない個人だけの特別な魔法である固有魔法。
そしてたいていの人は基本魔法の中から誰か一つのみ適性がある。
適正……つまりその魔法しかうまく扱うことができないということだ。
だが、人類とは不思議なものだ。
そんな一般からはみ出たものが少なからず存在する。
そう、複数の属性に適性を持つもの、もしくは固有魔法を持つものである。
「私は水と土の2属性を使えるんだよ!? すごいでしょ!」
「あぁ、すごいよ本当に」
他でもないこのシノがその1人だ。
「でもお前は空間魔法を使えないんだろ? だったらなんで瞬間移動について聞いたんだ?」
「かっこいいからでしょ!」
「それはそうだな」
空間魔法はかっこいい。
というかそれ以上に便利だ。
一瞬で別のところにいけるのだ、これほど便利な魔法はなかなかないだろう。
「俺も空間魔法欲しかったなー」
「ユメって確か雷魔法だっけ」
「そう。まぁ、雷魔法が別に嫌いってわけじゃないけどな」
これがあったからこそ奴隷商どもを倒すことができたわけだしな。
「とはいえ瞬間移動は厳しそうだ。どうするよ」
「うーん。じゃあ魔力で人を見つけることの練習をする?」
「魔力感知か。とは言っても俺は別に問題ない気がするが……」
「そう? 結構難しいよ? 私魔力の違い全然わからないもん。頑張って頑張ってやっとちょっと違うかも……ってなるくらいだし」
「だったら俺はそれが得意なのかもな。結構ハッキリとわかるし」
「えぇ!? すごい!」
シノは心底驚いた様子だ。
うん、なんかごめん、罪悪感が。
俺が得意……というかほぼ間違いなく転生能力にやるものだ。
俺の転生能力は魔力を持った対象に対しての解析。
生き物だろうが物だろうが魔力を持っていればそれは俺の能力対象だ。
だがそれだけかはわからない。
ライの言葉を信じるのならば俺の転生能力はそれだけでは終わらないらしい。
ライの言葉は
「君の力は現時点で魔力を持った対象に対しての解析だ」
というもの。
あの時は能力の内容に夢中で気づかなかったが現時点でと言っていた。
つまりこの後何かが変わるかもしれないということだ、全く一体何が変わるのか訳がわからない。
自分の能力についてハッキリとわかっていない。
今後どうなるのかは注意しないといけないな。
とはいえ、解析の能力は優秀だ。
ばんばん活用させてもらおう。
「ユメには魔力を見分ける力があるんだね! すごいや!」
「ありがとよ」
「私も頑張る! だからユメも頑張って!」
「おうよ。っと、そろそろリックとの時間か。ってことはリアと一緒か」
「んー? リックのとこに行くの? 頑張ってね!」
「あぁ、頑張るよ」
シノの応援を受けながら俺はシノの部屋を後にする。




