魔物の歓迎
「それでは私はここら辺で失礼させていただきます」
レーディアル伯爵領につくと、運転手さんはそう言って近くの宿らしきとこに向かった。
どうやらすぐ帰るわけではないらしい。
辺りを見回す。
そこは完全なる田舎の景色だった。
村、それが1番しっくりくる表現だ。
貴族だし結構人がいるのかと思ったがそうではないらしい。
考えてみればここはかなりの辺境。
王都から最北東の街に行き、そこからさらに馬車を使って行かなければならない。
かなり交通の便が悪い。
いくら伯爵領とはいえこんな辺境だとあまり住みたくないのだろう。
「それで……あの人は行っちゃったけどお前はどうすんだ? 宿取るのか?」
「いや、取らないぞ。俺は爺ちゃん家に泊まる」
「ほーん。じゃあこいつ連れてってくれないか? 財布忘れてんだわ」
「はぁ? 財布を忘れた!? バカじゃねぇの」
「う、うるさいよ! ……あれ、ユメはどうするの?」
「俺は宿に泊まるぞ。いきなりついてきて家に上げさせろなんてことは流石に言わないさ」
本当なら主人もそうさせるつもりだったんだがな。
ってかこのこと主人にも説明したはずなんだけど。
さては忘れてるなことことも。
俺はそんなことを思いながら主人のことをじっと見ていた。
するとリックから声がかかる。
「いや、もうここまで来たんだからお前もこいよ。今更遠慮すんなって」
「だがその爺さんに迷惑じゃねぇか?」
お邪魔するのは爺さんの家だし。
そもそも俺らがいることすら知らないはずだ。
「いいって。別に具体的な日にちがあるわけじゃないんだ。このくらいの時期になったら来るって言う曖昧な約束だからな。準備なんて出来っこない。それに爺さん家は無駄にでかいからな、1人2人増えたところでさほど変わんねぇよ」
「そ、そんな大雑把なものなのか……手紙とかで日にちとかやりとりしてると思ってたんだが」
爺さんに会いにいくって言って気合いも入れてたし入念に準備してると思ってた。
「あー、前は一応送ったりしてたんだがな……爺さん手紙とか全く受け取らなくてな」
「ここまで手紙が届いてないとかはないの? ここって王都から結構遠いから」
「いや、ねぇな。団長がレーディアル伯爵に手紙とか出してたし」
「へぇ団長が手紙出してたんだ」
あの人マジで過労死するんじゃなかろうか。
にしてもなんで手紙を?
あんまラディア騎士団と関係なさそうだけどな。
リックと主人の会話を聞きながら俺はそんなことを考えていた。
「ともかく。毎年行ってたらだいたいこの時期ってのが決まってきたんだよ。ほら、いくぞ」
リックは急かすように俺らを呼んだ。
やっぱり会うのが待ちきれないんだろう。
……と、思っていたのだが。
「リック……なんで震えてんだ?」
「ん? い、いや? 震えてなんか、ないと思うが?いいから早くいくぞ」
リックはバレバレな嘘をつきながら先を急ぐ。
「一体どうしたんだろうね」
隣を歩いていた主人がそっと俺に耳打ちする。
「さぁな。今の所特に問題はないと思うけど……むぐっ」
俺がそこまで言ったところでリックが急に俺の口を塞ぐ。
「ちょっと、急に何すんだ……ん? っ!?」
文句を言いながらリックの顔を見上げるとリックは俺には目もくれず先を見つめていた。
一体何がと思い俺もそちらへ目を移すと
「……待て待て嘘だろ?」
「これって魔物?」
「……これが今回の出迎えかよ」
目の前に広がるのは魔物の波。
どんどんとこちらに近づいている。
リックが実に嫌そうに顔を歪める。
どうやら心当たりがあるらしい。
「なぁ、出迎えって?」
「爺さんはな、毎回爺さん家までの道中に何かしらを用意するんだよ」
「何かしらって例えば?」
「今まであったのは一般人が通ったら100%死ぬ大量のトラップとかめっちゃくちゃ深い洞窟に落とされたりとか? 無論ちゃんとそこには魔物とかいるぞ」
「えぇ……?」
話を聞いて主人が明らかに引いている。
俺も結構引いている。
やばすぎだろ爺さん!
「しかも上から早く出てこいとかあと3時間で出てこなかったら夕飯抜き、とかな。難易度自体は大したことはないんだが精神的にキツすぎるんだよ! あぁクソッ! やってやるよ! さっさとかかってこいやぁっ!」
リックはヤケクソ気味に魔物に突撃していく。
「乱雑に武器振り回してるわけじゃないのがすげぇよな」
「ね、ちゃんと必要最低限の動きで殺してる」
そんなことを話しているとこちらに気づいた魔物がどんどんと近づいているのが見える。
「さぁてと、俺もやるとしますかね」
俺は茂みから立ち上がり軽くストレッチをする。
少し時間がかかりそうだから、ちゃんと準備しておくのだ。
「だね。あ、せっかくだし勝負しない?」
一体どれくらいいるんだろうか、と考えていると主人がそう提案する。
「勝負?」
「そう、どっちが多くの魔物を狩れるか。数には困らないでしょ?」
「ま、そうだな。ワンチャン千体くらいいそう」
「うへぇ、だるー。めんどくさくなってきた」
「お前から言い出したんだぞ?」
「わかってるって。じゃ、始めるよ?」
主人はそう言いながら剣を構える。
「おうよ、主人」
そう返しながら短剣を構える。
「スタート!」
その言葉と共に俺らは飛びかかってきた魔物の首を刎ねた。
パッと見た感じ魔物の大半がゴブリンやコボルトといった弱い魔物っぽいな。
まぁ全員がバカ強い魔物だったらたまったもんじゃないが。
「にしてもなんか妙だな」
こちらに向かってきてはいるが何というか焦りを感じる。
自分から進んで殺そうとしているのではなく仕方なく殺そうとしてる感じだ。
「何かから逃げているのか?」
奥からどんどんと迫ってきている。
前には魔物を蹴散らしているリックが見える。
一体何が起きているのか気になるが……
ともかくこいつらを街の方へ行かすわけにはいかないな。
「大勢だったらやっぱ魔法だろ! 雷撃弾!」
放たれた雷撃により俺の周囲一体の魔物を一掃される。
うん、雷は通じるな。
なんならもうちょっと威力を落としてもやれそうだ。
纏う雷の量を少し増やせば移動しながらもいけるか?
俺は普段よりも多く魔力を注ぎ込む。
「雷速っ!」
より多くの雷を纏った俺は前に向けて突進する。
それにより過剰に注ぎ込まれた魔力により俺から放電している雷が移動中の周囲の魔物に直撃する。
多く魔力を注ぎ込んだ結果よりスピードも増しているため一気にリックに追いつく。
「よっと!」
「なんかやべぇのきたと思ったらお前か」
横に並ぶとリックに魔物を切りながらそんなことを言われる。
「なんだよやべぇのってもっと他になかったのか?」
「悪いが他には思いつかなかったよっ!」
「ひっど!」
「うるせぇな。お前そんなの気にするタイプじゃないだろ? そんな叫ぶなよ」
呆れたようにそういう。
そこまで叫んだかな俺。
「叫んではないだろ、まぁ気にするかどうかだったら全く気にしないけど」
「じゃあ別にいいだろ」
「にしても毎回こんなのやってんのか?」
魔物を処理しつつそう質問する。
毎年こんなのやってたら来たくなくなりそうだが。
今回のだけでだいぶめんどいし。
「そうだな。今回は前よりもちょっとばかしきついかな。ま、今回はお前らもいるから少しはマシだが」
リックはいつのまにか近くにいた主人と俺を交互に見ながらそういう。
「じゃあ私たち来てよかったね」
「……まぁ結果的にはそうだな」
「んで、どうするよ。ここでずっと斬り合っててもキリないぞ」
体感かなりの数を削ったと思っていたがそれでもかなりの量が残っていた。
まだまだ1割しか削れてないとかだったら泣くぞ。
「そうだな……俺が突っ込むから残った奴らぶち殺してもらっていいか」
「えー、それつまんなくない?」
「駄駄こなんじゃねぇ……って言いたいところだが精神的にきついわな」
さっきから同じことの繰り返し。
疲れているかどうかで言えばそこまでではあるが精神にくるものがある。
ずっと同じことを繰り返して飽きないわけがない。
「じゃあ2人には今度前でとことん暴れてもらうか」
「マジで?」
「やった! それじゃ先手必勝! 行ってくる!」
どぴゅーん、といった効果音がつきそうなくらいに凄い勢いで主人は目の前の魔物の山に突っ込んでいった。
「……思うんだが」
「どうした」
「あいつちょっと元気すぎないか」
「まぁそこまで疲れないからな」
「いや、そういう話じゃなくてさ」
「ん?」
どうやら体力的な話とはちょっと違うらしい。
「俺さ、この前あいつと一緒に貴族区いっただろ?」
「あぁ、いってたな」
「そこでなんかめちゃくちゃ店回ってさ。ほぼずっと走ってる感じで」
「……あぁ、そういう……」
俺はリックの心情を察する。
わかる、わかるぞリック。
「俺の勝手な偏見だが女子は買い物中だけ人間辞めてると思う」
「それはそう。俺も前に連れ出されたな……」
かつて姉の買い物に強制的に行かされて地獄を見た。
そのことをふと思い出す。
「お前もあるのか……よくあんな回れるよな。たぶんあの時は女子体力無限だぞ」
「だよなぁ。疲れるってことはないけど精神的にくるものがある」
「だったらこれと同じじゃねぇか」
「女子の買い物ってそんな訓練になるレベルだったのか……」
「やばすぎるだろ、ははは!」
「いやもうなんかそう感じてきたわ」
「まぁ否定はしない」
「んじゃショッピングの続きやりますかね」
俺はそういい気合を入れ直す。
「おう、荷物持ちは任せておけ」
「できるだけ荷物は少なくするさ」
そういって俺はその場を飛び出した。