道中
『………覚……しな……い』
「……うる……さい」
頭がぼーっとする。
そのせいか妙に声が頭に響く。
『……きて……え……さい』
なんなんだこの声は……
リック、いや違う。
主人でもないな、もっと大人の女性の声だ。
ノイズがかかったように聞き取りにくい。
だが聞こえるたびにだんだんとクリアになっていく。
『備えなさい』
「!?」
声がはっきりと聞こえたとき、俺は目を覚ました。
視界に映るのはリックと主人。
「お、起きたか。そろそろ着くぞ」
「ユメがうたた寝なんて珍しいね。いつもは私がうたた寝するんだけど」
「だよなぁ。またリアが寝てるのかと思って見たらユメだったから驚いた……って痛っ! ちょ、お前なんで蹴るんだよ!」
「なんとなく……」
「はぁ!? んなもんで人のこと蹴るんじゃねぇよ!」
目の前で2人がいつも通り言い争ってる中、俺はさっきの出来事について考える。
なんなんだ、さっきのは。
夢……なのか?
だとしたらもっと楽しいものにしてほしいが……
なんて言っていた?
『備えなさい』だと?
一体何に。
あぁもうわけわからんことばっかだ。
「あれ、ユメどうしたの? 早く馬車探さないと!」
「ん? あ、あぁ。悪い」
主人に急かされて俺たちは魔導列車から降り、レーディアル伯爵領行きの馬車を探す。
馬車がたくさん止まっている広場的なところを歩きながら俺は気づく。
「つか俺まともに馬車乗ったことないじゃん」
転生場所から王都まではドルネスの魔法でひとっ飛びだったからな。
移動も雷速覚えてからはずっとそれだし。
そもそもそれ以前にあまり外に出なかったからな。
学園に行ったら一般常識がズレてるとか言われないようにしないと。
これからはちゃんと街とか歩くようにしよう。
「あっ」
そこまで考えた時、看板に「レーディアル伯爵領行き」と書かれた馬車を見つけた。
「馬車はこれでいいはず……2人はどこ行ったんだ?」
俺は近くを歩きながら2人を探す。
パッと見た感じではいないっぽいがーー
「あ、これおいしい! ちょ、ちょっと待ってて! ユメ呼んでくる!」
「……はぁ」
後ろからものすごく聞き覚えのある声がする。
そう、他でもない俺の主人だ。
「……どうしたんだ主人。俺に何か用か?」
嫌な予感が頭によぎりつつも主人に質問する。
「さっき向こうでお菓子の試食があってさ、すごく美味しかったんだよ!」
「へぇ、そりゃよかったな。買わないのか?」
そんなに気に入ったら買えばいい。
けどそこまでいうほどなのか。
ちょっと興味あるな。
「どれ、俺もちょっと食べてみるか」
「いいじゃん。こっちだよ」
俺は主人に案内されてここの伝統らしいお菓子を売っている商人の元へ行く。
「おっ、さっきの嬢ちゃんじゃないか。そっちの嬢ちゃんは……」
「嬢ちゃん?」
俺は商人の言葉を不思議に思い、周囲を見渡す。
だが近くにはそれらしき人物はいない。
「おいおい人を揶揄うのはよくないぞ? 嬢ちゃん」
「いや揶揄ってなんか……おい待て、嬢ちゃんって俺?」
俺の言葉に商人は頷く。
「……俺は男です。女じゃないです」
「え、マジか」
商人は心から驚いたように俺をまじまじと見ながらそう呟いた。
「はぁ……まぁややこしい姿、声をしているとは思ってるがマジで勘違いされるほどか……」
男物の服を着てるはずなんだがな。
それでも無理なのか。
「ユメは可愛いもんね」
「うるさい。んで話を戻すがここにこいつがうまいっていう菓子があるらしくてですね」
「おうよ。大人気でね、こっちも忙しいのなんのって」
商人は嬉しそうな顔をしながらそそくさと奥にしまっている菓子を取り出した。
「こいつがそうだ」
「へぇ、これが。ちょっと貰います」
俺は試食用の菓子を手に取り口に運ぶ。
おぉ、こりゃうまい。
主人が絶賛するわけだ。
「うまいなこれ。買ってきます、いくらですか?」
「思い切りがいいな兄ちゃん。そういうやつは嫌いじゃないぜ」
「ちょ、ちょっと待って。俺はこの一箱しか買ってないですよ?」
「こいつはおまけだ。さっき失礼なことをしちまったからな。その礼だ、遠慮なく受け取ってくれ」
商人は笑顔でそう言いながら二箱菓子を俺に手渡す。
「なるほど、それじゃありがたく受け取らせてもらいます」
ラッキー。
こうなると性別間違われるものいいもんか?
いや、流石にそれはないか。
そこまで考えた時、気づく。
主人が俺の服をちょくちょく引っ張っている。
「ん? なんだ?」
俺がそう聞くと主人は申し訳なさそうな顔をしながら小さな声で話し出した。
「えっと……その……ひ、一箱貰えたりしないかなって……」
「ん? なんでだ。一箱はキャスティーさんとか団長に土産とかであげるから無理だぞ」
「もう一箱は?」
「俺が食う。つかなんでそんなこと聞くんだ? そんなに欲しけりゃ買えばいいだろ」
そもそも俺を呼ぶ必要ないし。
金は払えば解決できる。
「いや、そうしたいんだけど……そうも行かなくて……」
「なんなんだよ。ハッキリ言ってくれ」
俺がため息を吐きつつ言うと、主人は決心したような顔つきで俺に向き直る。
「じ、実は……」
「うん、実は?」
「財布を忘れちゃいました! お金貸してください」
「……はぁ?」
財布を忘れた?
え、いや、これ一応修行目的ではあるが旅行要素も入ってるぞ?
つか旅行じゃなくても財布は持ってくもんだし……
「忘れた? マジで?」
「うん、マジ」
「魔導列車のチケットとバックだけ持ってきたってこと?」
「あとは剣」
「……マジか。出発前に確認しなかったのか?」
「魔導列車で頭いっぱいで確認なんて全くしてなかった」
「何やってんだよ……」
俺は額を抑えながらため息をつく。
だが今考えてみれば主人にとってこれはおそらく初めての旅行。
そういったミスをするのも仕方がないか。
まぁ最初だからこそしっかりと確認とかするものだとは思いはするが。
「しゃーないな」
俺の言葉に主人の表情が明るくなる。
どうやら俺が金を貸してくれると思ったらしい。
「お前に金は貸さんぞ」
「え」
「今回は諦めるんだな」
「え、いやいや。いいじゃん、ユメお金持ってるじゃん! お金持ちでしょ!?」
「何言ってんだ。俺らの稼ぎなんかほとんどないぞ。シェアハウスでの生活にほぼ回されているからな。俺らががまともに外に出ないから買うものも必然的に少なくなる。それで金を使う機会がないから多少は溜まっているってだけだ」
「そんな……」
「ま、今回はいい勉強になったってことで諦めるんだな。すみません、店前で騒いじゃって」
「別にいい。今は他のお客さんはいねぇからな」
「ほんとすみません。おし、馬車見つけたから早くいくぞ」
「へぇ、旅行か?」
「まぁ似たようなもんですね」
俺は文句を言う主人を掴みながらそう返事をする。
「ちなみにどこへ?」
「レーディアル伯爵領です。それじゃあ」
「あぁ、またあったらそん時も買ってってくれよ」
「気に入ったものがあったら買いますよ」
俺はそう言い、主人を引きずりながら馬車の元に行く。
そこにはリックがいた。
どうやら俺らが一悶着起こしているうちに見つけたみたいだ。
「お、お前ら。あったぞ、馬車……ってなんだよその状況」
「いろいろあってな」
「いろいろ? と、そろそろ時間だ。後で聞かせてくれ」
「わかった。ほら、行くぞ」
「わかったって……」
俺たちはレーディアル伯爵領行きの馬車に乗る。
少し時間が経つと馬車が動き始める。
「俺ら以外いないんだな」
俺は馬車を見渡しながらそう呟く。
レーディアル伯爵領行きの馬車に乗っているのは俺たちだけだった。
他の乗客はいない。
「おかしいな。前は結構人がいたんだが」
「そうなのか? この状態からは想像できないが」
「ああ、満員とは行かないが結構混雑してたんだ」
「それがここまで減るのか。何かあったのか?」
俺がそうリックに聞くと、馬車こ運転手から返事が返ってきた。
「レーディアル伯爵領では最近魔物が多く出てるんですよ」
「魔物が?」
「えぇ、その情報が出てしばらく経つとめっきり人が来なくなりましてね。人がいないから馬車を出さないってこともしばしばあったんですよ」
「魔物……そこまで急に現れるってことあるのか?」
「滅多にないな。魔物の出現には魔力量が関わっている。魔力量が急に増えるなんてことはありえない」
「ってことは何かあるのか、レーディアル伯爵領に」
「そういったものも含めて今レーディアル伯爵領は危険だと噂で広まりましてね。客が来なくなったんですよ。正直お客さんたちを見た時は驚きましたよ」
「ってそうだとすると運転手さんも危なくない? 今危険地帯に向かってるってことだよ? 私たちと違って危ないって知ってるわけでしょ?」
「まぁそうですね。でも実は私そこまで危険だって思ってないんですよ」
「え?」
「レーディアル伯爵領には伯爵様がいますからね。あの方がいるだけで安心できます」
その言葉は心の底からの本心のようだった。
その口ぶりから伯爵は尊敬していることがよくわかる。
「そうだとしても道中はどうするんだ? 移動中は流石に伯爵も守ってはくれないだろ?」
「えぇ。ですが大丈夫です。私こう見えて結構強いですから」
運転手は俺たちの方に振り向いてそう言った。
「あっ、見えてきましたよ」
その言葉を聞き、主人は窓代わりになっている馬車の布を押し除けて外を見る。
俺も隙間から外を覗く。
「あれが……」
「相変わらず変わってないな」
俺がレーディアル伯爵領を眺めていると横からリックが懐かしいそうな声色でそう呟いた。
「さて、あと20分ほどでつきます。しばしお待ちを」
そんな運転手の言葉に聞きながら俺は遠くに見えるレーディアル伯爵領を眺めるのだった。