第5章 死んだはずの裏切り者
ラゼルの左目――義眼が赤く光ったかと思うと、次の瞬間、その右腕に青白い光が集束した。
「来ます!」
エリカの警告とほぼ同時に、義手から放たれた光の矢が空気を裂く。
鋭く、真っ直ぐに。殺意を纏ってライアンを狙い撃つ。
ライアンは咄嗟にエネルギーシールドを展開し、間一髪で受け止める。だが衝撃のあまり、膝を地に着いた。
「くっ……っ、今の一撃……!」
「この程度で驚くな。これは“挨拶”にすぎない」
ラゼルの声には抑揚がなく、冷たさも激情も感じられない。ただ淡々と響く。
エリカはその隙を逃さず、ライアンの脇をすり抜けて素早く側面へと回り込む。
だが――義手が唸りを上げた。金属音とともに風を裂き、拳が空間を砕くように迫る。
「っ……やっぱり、反応してくる!」
シリウスの力で強化した両腕で義手を受け止めたエリカ。衝撃が腕に響き、痺れが走る。
ただの硬い腕ではない。破壊力と精密さを兼ね備えた、戦士の腕だった。
「……俺はな、もとはこんな体じゃなかった」
ラゼルの口から言葉がこぼれる。だが、攻撃の手は止まらない。
「管理局の特殊部隊だった。ヴァルデスとは、その頃からの腐れ縁だ」
――ヴァルデス――その言葉にエリカの瞳がわずかに揺れる。それでも彼女は足を止めず、ラゼルの懐へと飛び込もうとする。
「だが、ある任務で俺たちは知った。…………"あいつら"が何をしようとしているのかを」
過去を憐れむような、それでいて怒りが込められた口調。それでも、その拳や光は迷いなく突き出され続ける。
「俺たちは、逃げることしかできなかった。戦う理由がどこにあるのか、わからなくなってな……」
その悲しむような口調とは裏腹に、ラゼルの義手は鋭くねじれ、拳が常人にはありえない角度からエリカへと迫る。
「だが、追ってきたのは……味方だった」
防御は間に合わなかった。エリカの体を貫くような衝撃が駆け抜け、喉からは声にならない嗚咽が漏れる。
「エリカ!」
間髪を入れず、ライアンはラゼルの懐に飛び込もうとするが、ライアンが踏み込むはずの足はいつの間にか複数の光の矢に貫かれていた。
義手と光の矢の連携。距離と速度、緩急を巧みに使い分ける、熟達された動き。それら全てが、エリカたちとの圧倒的な"差"を物語っていた。
「シリウス管理局の……”特殊鎮圧部隊”って知っているか?」
ラゼルは、ギラギラと攻め手を模索するエリカたちを横目に、赤い左目を輝かせ話を続ける。
「真っ黒い制服に豊富な武装、なによりいかれた倫理観と戦闘力。そんな奴らが追ってきたんだよ」
今が戦闘中であることも知らぬかのように、ラゼルは大きく工場の天を仰ぎ…………やがて、大きく息を吐いて機械の左腕を見つめた。
「ああ……戦ったさ。俺も……。でもな……何も守れなかったんだ。」
その言葉はおそらくエリカたちに向けたものではないのだろう。
「この眼と腕を失っても、仲間が何人も目の前で殺された」
戦闘の高揚か、もはや怒りとも悲しみとも憎悪とも感じきれない感情の波が、赤い左目からほとばしる。
「だから、俺は、許さない!」
決心の言葉なのか、その一言とともに、ラゼルの腕の矛先はエリカへと向けられた。
腹を貫くが如く放たれたその一撃。エリカはぎりぎりで身を捻るが、制服の裾が裂け、わき腹に血がにじむ。
「お前たちの“正義”のために、俺はすべてを失ったんだ!」
その叫びには、怒りと痛みが入り混じっていた。
「都合のいい正義を振りかざして……何が“管理”だ。何が“正義”だッ!」
ラゼルの左眼が赤く光る。標的すら見失ったような青い光の矢が散弾のように広がって無数に放たれる。
「……っ! ライアン、伏せて!」
粉塵が舞い、視界が遮られる中でエリカが叫ぶ。だがその声には、わずかに迷いが混じっていた。
(ラゼルさんの言葉……シリウス管理局の裏切り.....?)
「惑わされるな、エリカ!」
ライアンの声が鋭く割り込む。
「あいつが何を知っていようと、今は敵だ!」
「分かってます!でも……あの憎しみは……おそらく本物です」
ラゼルが落ち着いたように再び構える。だが赤い義眼は先ほどよりもギラギラと燃えるように煌めき、獲物の動きを逃すまいとしている猛獣のように変わっていた。
「ノクス……ヴァルデスは、俺に“義手”と“義眼”を与えてくれた。復讐のための"武器"をな」
いまだ薄っすらと舞う粉塵の中、ラゼルの影は溶けるように消えた。
瞬間、背後から殺気が走る。
「背後!? いつの間に……っ」
「跳べ、エリカ!」
金属の剛腕で地面が砕け、土煙が舞う中、エリカは間一髪で跳躍。致命打を逃れる。
奇襲の一撃を躱されたラゼルは再び粉塵の中に溶けるように消えていった。またどこから仕掛けてくるかわからない。
「……このままじゃ、一人ずつ潰される」
ライアンが唇を噛み、低く呟く。
「義手の力だけじゃない。あの義眼……この視界の悪い中でも関係なく見えてるみたいだな。しかも戦闘経験まで豊富なように見える」
エリカは無言で頷く。
(どんな相手でも勝てる可能性はあるはず。その可能性に気づかないと……勝てない)
そのとき――
「お前らは何も知らないのかもしれない。でもな……お前らしか行き場がないんだよ、この感情には」
廃工場に響く低く静かな声。けれど、その奥に沈む……確かに残る感情が、エリカの胸を締めつける。
「これが俺の戦う理由だ」
決意のこもった声とともに、舞っていた粉塵が次第に晴れてゆく。だが、姿を見せたラゼルの右手にはすでに次の青い光が無数に携えられていた。
ラゼルが右手を大きく向けると、光の矢が次々に放たれる。先ほどまでとは違い、今度はライアンとエリカを正確に撃ち抜くように狙われていた。
「っエリカ!」
ライアンがエネルギーシールドを大きく展開し、前に出る。ヒト2人がすっぽりと入る大きさで展開されているが、この大きさではシールドのバッテリーも長くはもたないだろう。
(この人は、止まれない。多分、自分の意志でも)
「あなたのその痛み、見過ごすことはできません」
エリカが低く呟いた。その瞳に宿るのは、確かな覚悟。
「でも、やるしかありません、今は……!」
ライアンがエリカを横目に頷く。大きく展開されたシールドは無数の光の矢を受け、今にも消えそうに点滅していた。
――ブゥン…………!
ライアンの手にするエネルギーシールドが完全に力尽きた。無数の矢が消えかけのシールドを貫き、ライアンをかすめる。
――が飛び出していたのはエリカだった。大きく突き出した色白な右手にはいくつもの痣が浮かび、白い制服は粉塵で茶色く汚れ、足やわき腹に決して少なくない量の血がにじんでいる。にも関わらず、彼女の眼は敵を捉え、反撃の意志を鉛のように輝かせていた。そして、それに応えるかの如く、彼女に右手には激しい白い光がギラギラと輝いていた。
無数の矢の中を、右手を盾に飛び出したエリカの動きはわずかに変わっていた。
いままでの回避と防御を中心とし致命傷を避ける動きから、明確に一つの攻撃を狙う動きに。
(あの義手も義眼も……万能じゃない。必ず、綻びがある。一撃さえ決まれば……)
ラゼルの右手から放たれる光の矢は、突撃するエリカの肩を、頬を、胸を、わき腹をいくつも掠める。だが、なぜか先ほどよりもその正確さはなくなっており、大きく突き出し盾にした光り輝く右手にも、矢が当たっていないのか、シリウスの力の相殺はあまり起こっていなかった。
「くっ、無謀に一人で突っ込むとは!」
エリカがあと一歩踏み込めば届く距離まで近づいた時、ラゼルの義手が再び唸りを上げる。だがその軌道は、先ほどまでの正確な軌道とは程遠く、エリカを捉えてはいなかった。
エリカはそのわずかな変化を見逃さない。重心をずらし、義手の打撃をぎりぎりでかわすと、ラゼルの左側面に素早く回り込む。
「義眼の調光補正を逆手に!?」
「……考えがあったわけじゃありません。ただ、感じたんです」
低く呟きながら、エリカの右拳が純白の光を帯びて放たれる。
「っ……!」
ラゼルが即座に身を引くが、エリカの拳が左肩の義手との接合部を直撃する。衝撃が金属部に走り、ラゼルの動きが一瞬止まった。
その一瞬の隙を逃さず、発砲音が3発。ライアンが放った銃弾が鮮血と共にラゼルの右腕と両足を彩る。
「今だ、エリカ!」
ライアンの叫びに応じて、エリカはさらに踏み込み――もう一撃、渾身の拳をラゼルの顔面に叩き込む。
ラゼルの体が弾かれ、鉄骨の柱に叩きつけられる。柱か骨か、何かが軋む音がこだまし、義眼が鋭く何度も明滅した。
「……やるな」
光を失った義眼とともに顔をゆっくりと上げながら、ラゼルが苦笑する。だがその瞳には、完全な敗北の色が宿っていた。
「俺の義眼、まだ完全には順応しきれていなかったか……」
「あなたは強かった。でも、あなた自身が……あなたの"時"はあの時で止まっていたんです」
エリカは静かにそう言った。
ラゼルはわずかに目を見開き、そしてふっと目を伏せる。
「止まっていた、か。……その通りかもしれん。あの夜のまま、俺の時間は止まってた」
光の矢はもう放たれず、左の義手も動く気配はない。
ライアンが近づき、警戒を解かずに尋ねた。
「“あの夜”ってのは……管理局の特殊部隊に襲われたときのことか」
「その日……何があったのか、教えてください」
エリカは静かに低く告げた。その質問で深黒へと踏み込む。
その覚悟を知ってか知らずか、エリカたちへと一瞥もくれることなく、ラゼルは語り始める。
「……ああ。あの日、俺たちは任務に向かったんだ。いつも通りの、暴走者の鎮圧任務だった」
「だが、現場に向かうと、そこには、なにもなかった。……………!」
その言葉に、エリカは小さく眉をひそめた。
「違う!そんなことはない!なにもなかったんだ!」
「何を言っているのかわかりません。落ち着いてください。」
「分かってる。分かってるさ。だって、俺は、見たんだからな…」
ラゼルが遮るように言う。声には、かつての鋭さはなく、焦りと苦しみが覗いていた。
「……お前らは、この街の治安に疑問を感じたことはないか?」
落ち着きを取り戻したように、ラゼルが再び話し出すが、その内容は話の核心とは程遠いものだった。
「話をすり替えないでください。あの日、何を見たんですか」
エリカの問いに、ラゼルは答えず、一人で話を続ける。
「この街ではシリウス能力者の暴走が後を絶たない。一日一件なんてもんじゃない。だからこそ、シリウス管理局はここに本部を構え、暴走に即座に対処できるようにしている」
「そのくらい、知っていますが…」
「じゃあ、なんでこの街では暴走者の発生が止まらない?」
「それは………そもそもの人口に対する能力者の割合が高いから……」
教科書に明記された確実な答えを持たないその問は、エリカに対して無言の疑惑を抱かせる。
「なら、なぜ能力者の割合が高いんだ?」
「シリウス管理局の本部があって、その職員が多いから、必然的に能力者が増える……?」
自分で放った二つの答え矛盾が、暗にラゼルの言いたいことを物語る。
(それじゃあ……シリウス管理局本部ってなんのために……?)
沈黙。廃工場の屋根を打つ風の音が、無情に響く。
そのときだった。
――重く、冷たい気配。
暗がりから現れた黒衣の男が、一歩、また一歩と静かに現れる。
「……来たか、ヴァルデス」
ラゼルが顔を上げる。そこに現れたのは、二年前に死んだ男――ヴァルデスだった。
「随分と、遅かったな」
「ボロボロだな、こいつらは強かったか?ラゼル」
ヴァルデスの声はその見た目に反し穏やかで、捨てられた子犬にでも語りかけるかのようだった。
「俺が未熟なだけだよ……。サラは?」
「回収済みだ。ラゼル……君も、もう十分だろ?」
ラゼルは静かに頷いた。その体は満身創痍で、義手ももはや動きそうにない。
「……さて、エリカ……いや、エリカ・ノヴァ」
ヴァルデスは、エリカの名前を今までと同じように優しく一度呼ぶと、その後、何かを察したように低く鋭くもう一度呼びなおした。
エリカがわずかに身構える。――というより全身が全く動いていなかった。心臓の鼓動だけが何度もうるさく耳に届く。
「君がここまで追ってくるとは、正直、少し驚いた。だが……今回は何も見なかったことにしてくれないか」
――何も見なかったことにしてくれないか――その言葉が、正気を失いかけたエリカにわずかな理性を呼び戻させる。死んだはずの親代わりが生きていた。ああ、生きていてくれてうれしい。でも敵なの?とにかく、もう一度話したい。……そんな自分の今の感情すら何もわからないまま、エリカは必死に平静を装い、短く答える。
「……あなたを、ここで逃すつもりはありません」
「そう言うと思った。だが、今はその時ではない」
ヴァルデスが左手を横に振ると、鉄骨にもたれていたラゼルの周りの空間が歪み、黒い渦のような門が現れ、ラゼルを音もなく飲み込んだ。
「エリカ、これ以上踏み込んでくるな。俺は死んだんだ。これはお前には関係ない事なんだよ」
そう言ったヴァルデスの声は、あの時と変わらない、優しい親代わりの声だった。そしてその声色が、ヴァルデス自身は何も変わっていないことを、現実としてエリカに突き付けてくる。
ヴァルデスは軽く左手をまた横に振り、それに呼応して今度はヴァルデスの後ろに黒い渦が現れる。
「……すべてが終わったら、また一緒に暮らそう」
エリカはその言葉に何も答えず、ただ静かに構えを解かずに見つめ返す。
ヴァルデスは沈むように門の中へと溶けてゆき、消える直前に一言
「すまない、エリカ」
それが、別れ際、彼の最後の言葉だった。
門が閉じると、静寂が戻る。
「……逃げられたな」
ライアンが言う。言葉ではそれだけだが、ライアンの表情からは、荒波立つエリカの心中を心配する色が見て取れた。
エリカはただ、小さく頷いた。さびれた廃工場を強い風が吹き抜け、鼻をつく鉄錆の匂いと共に彼女の銀の髪を揺らす。
(ラゼルたちは……何を見て、何に気が付いたのか)
胸の奥に、鈍く疼く感情。正義とは何か、正しさとは何か――それが、また揺らいでいく。
けれど、進むしかない。何も見なかったことにはできないから。
そして、歩き出す。今はまだ、答えの見えないこの道を。それが深く、黒い闇への一歩だとしても。
どうも、クジャク公爵です。
第5章、ですね。
まずは投稿が遅れまして申し訳ございません。少し流行り病にかかりまして。。。。
どんな時でも体は大事ですので、皆様もお気を付けて。
さて、本編については、戦闘シーンを中心としているので特に言うこともないのですが、ひとつ言っておきますと、今回の時点で主要な登場キャラクターは大体出そろっております。なので、あとは彼らとこの世界がどのような謎を抱えているのかを紐解いていくだけなんですが……まあ、それらは次のお楽しみに。
今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。
また次回、お会いしましょう。