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~The Tears of Sirius~少女成長戦闘記 白い花のエリカ  作者: クジャク公爵
第2編 暴走

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~追憶の章~ アカツキ教団設立秘話

始まりは「興奮すると掌が淡く光る」という件で病院に来た親子だった。

少年が恐る恐る差し出した掌には、確かに淡い光が宿っていた。

それが後に人類史を変える発見になるとは、その時まだ誰も知らなかった。


シリウス・エッセンス。一部の人間だけがもっていた特異な能力を発現するための因子は、その因子を発見した医者ルーク・シリウスの名をとって、そう名付けられた。

ルークは、人類史に残るその発見により、莫大な名声と富を手にするとともに、いままでの生活からは切り離された。数多の実験に呼ばれ、講演会やスポンサーとしてあらゆる”世間”に使い倒される。だが、そんな栄光の時は、たった一つの事件によって崩れ去った。


”ファミリア事件”。のちにそう呼ばれる事件は、世間のシリウス能力者への認識を一変させた。

シリウス能力者がネットを通じて集まり、都市の大通りで市民を次々と襲撃し、警察を含む65人もの死者を出す惨事となった。

ファミリア事件では最終的に、「暴走者に対しては既存非殺傷装備では対処が不可能」と判断され、対能力者に特化した組織であるシリウス管理局の設立に至る。


だが、この事件以降、シリウス能力者への風当たりは強くなる一方だった。能力者を含む団体や、強力な能力者は社会から隔離すべきだという意見すら現れ始めていた。そして、その矛先は、シリウス能力を発見したルークへとも向かい、度重なる中傷によって、やがて、ルークは自分で自分を殺すことを選んでしまった。


ルークにはその当時、一人息子がいた。名をレム・シリウスという。

レムは父の死を間近に見ていた。父は最後まで家族のことを気にかけていた。死後に遺されたレム宛の遺書にも「シリウスの名を捨てて、幸せに生きてくれ」と書かれていた。

レムは父のことを誇りに思っていた。優等な医師でありながら、家族にも仕事にも、遊びですら真剣に取り組み、時には羽目を外しすぎて母に怒られることもあるような、そんな最高の父親だと思っていた。

だがそれ故に、遺書に遺された「シリウスの名を捨てろ」という言葉は幼いレムに、深い失望を植え付けることになった。


…お父さんは最高の父親じゃなかったの?

…お父さんはなんで死んでしまったの?

…弱かったから?

…それとも、「シリウス」って言う名を持っていたから?


レムにはどれほど考えても、もう死んでしまった父親の考えは理解することはできず、どれほど考えても自分父の「シリウス」の名を捨てる必要性を理解できなかった。 だが、理解できないからこそ、レムの中には一つの結論が形を持ち始めていた。


父は、世界と戦うことをやめた。

だから死んだのだ。

レムはそう理解した。

父は、”弱かった”と。


シリウスという名を捨てろと書いたのも、きっと同じ理由だ。

戦うことをやめて、名前の所為にして逃げることを選んだ――弱い人間の選択。

憧れだった父はいつの間にか、レムの中で”弱さの象徴”へと変わっていた。


ファミリア事件以降、能力者は恐れられ、隔離され、管理される存在となった。

人々は能力者を怪物と呼び、国家はそれを「管理」する組織を作った。

社会は能力者を理解することよりも、封じ込めることを選んだ。

その象徴が――


シリウス管理局だった。


能力者を守るためでも、共存のためでもない。

あれは、能力者を飼い慣らすための檻だ。

大学では父と同じく医学を学び、やがて研究の道へ進んだ。

表向きの理由は、父の遺した研究を継ぐため。

だが本当は違った。

父が見つけた「シリウス・エッセンス」が何なのか。

それが人間に何をもたらすのか。

その本当の意味を、この世界はまだ理解していない。


レムが大学へ進学した頃には、「シリウス」という名はすでに社会の中で特別な意味を持っていた。

ファミリア事件以降、能力者への恐怖は急速に広がり、能力者に関する研究そのものが疑いの目で見られるようになっていた。

その中心にいたのが、ルーク・シリウスという名だった。

人類史に残る発見者。

同時に、能力者という問題の「始まり」を作った男。

世間の評価は二つに割れていた。


人類の未来を切り開いた偉人。

あるいは、世界に災厄をもたらした張本人。


だが、その議論の中で、レムの名前が語られることはほとんどなかった。

大学生活は、表向きは驚くほど平穏だった。

教授たちは彼を優秀な学生として扱い、研究室の門戸も早い段階で開かれた。

奨学金の申請は問題なく通り、研究資料へのアクセスも比較的自由だった。

誰も彼に暴言を吐かなかった。

誰も彼を露骨に避けなかった。

だが、その平穏はどこか歪んでいた。

レムが研究室に入ると、会話が一瞬止まることがあった。

廊下を歩くと、ささやく声が聞こえることもあった。

「……あの人だよ」

「ルーク・シリウスの……」

「能力者騒動の……」

その言葉は、レムの耳に届く寸前で消える。

誰も、はっきりとは言わない。

誰も、正面から向き合おうとはしない。

それでもレムは気づいていた。

この世界は、自分を特別扱いしている。

それは敬意でも同情でもない。

問題そのものに触れないことで、すべてをなかったことにしようとする距離だった。

ある日、研究室の先輩が酒の席でぽつりと漏らした。

「お前さ……本当は、苦労してるだろ」

レムはグラスを持ったまま首を傾げた。

「何の話ですか」

先輩は困ったように笑い、それ以上何も言わなかった。

レムはその沈黙の意味を理解していた。


この世界は、父を評価することも、否定することもできずにいる。

英雄とも、罪人とも言い切れない。

だからこそ、触れない。

議論しない。

見ないふりをする。

それが、この社会の出した答えだった。

レムは、そのことを静かに受け入れていた。

怒りはなかった。

悲しみも、もうほとんど残っていなかった。

ただ、一つだけ確かな思いがあった。


この世界は、弱い。


能力者という存在が現れただけで、社会は混乱し、人を追い詰め、そして何も決められないまま立ち止まる。

父は、その弱い世界の中で死んだ。

もし世界がもっと強ければ。

もし能力者という存在に対して、明確な答えを出せる社会だったなら。

父は死ななかったかもしれない。

大学を卒業する頃には、レムはすでに研究者として一定の評価を得ていた。

特にシリウス因子の基礎構造に関する論文は高く評価され、いくつかの研究機関から声がかかっていた。

その中で、最も早く彼を招いたのが――

シリウス管理局だった。

能力者を管理し、暴走者を鎮圧し、因子の研究を行う国家機関。

皮肉なことに、父の発見が生んだ問題を解決するために作られた組織だった。


採用面接の席で、ひとりの幹部がレムに尋ねた。

「君は……なぜこの研究を続けようと思った?」

その問いに、レムは少しだけ考えた。

嘘をつく必要はなかった。

「能力者という存在が、この社会を混乱させているからです」

「……それで?」

「混乱の原因を理解しなければ、問題は解決できません」

幹部はしばらく沈黙し、そして小さく頷いた。

「君の父も、同じことを言っていた」

その言葉を聞いたとき、レムの表情はわずかに動いた。

ほんの一瞬だけ視線を伏せ、すぐに元の表情へ戻る。

だが、それだけだった。

「……そうですか」

レムはそれ以上、何も言わなかった。

こうして、レム・シリウスはシリウス管理局の研究員となる。


管理局の研究棟は思った以上に静かだった。

白い壁、磨かれた床、規則正しく並ぶ研究室。

だがその静けさは、学問のための落ち着きというより――どこか、息を潜めたような沈黙だった。

レムはその廊下を歩きながら、違和感を覚えていた。

ここは、世界最大のシリウス研究機関。

能力の解明、制御、そして社会利用――そのすべてを担う場所だ。

だが、研究者たちの視線はどこか硬い。

会話は小声で、足音さえ控えめだった。

まるでこの建物そのものが、何かに聞き耳を立てられているかのように。

それでも、当時のレムはまだ楽観的だった。

研究とは本来、未知に挑むものだ。

多少の秘密や緊張は、むしろ当然のことだろう。

そう思っていた。

転機は、ある提案書だった。

シリウス能力の暴走。

それは長らく研究者たちを悩ませてきた問題だった。

能力者の中には、制御を失い、膨大なエネルギーを放出する個体が存在する。

その力は都市すら破壊しかねない。

だが――

もしその力を制御できるとしたら。

もし自我を保ったまま、暴走状態の出力を扱える存在を作れたなら。

それは兵器としても、防衛手段としても、計り知れない価値を持つ。


レムは、その理論をまとめた。

暴走のメカニズム。

精神とエネルギーの同期。

極限状態における能力の安定化。

そして、提案書の最後にこう書いた。


「幼少期からの適応訓練が必要である」


提出したとき、レムはそれを純粋な研究仮説だと思っていた。

だが数日後、上層部から呼び出しがかかった。

重い扉の向こう。

会議室には、見慣れない顔の男たちが座っていた。

彼らはレムの論文を机の上に置き、静かに言った。

「興味深い」

「非常に興味深い」


それから数週間の後。

研究所の一角に、立ち入り制限区域が設けられた。

研究者の中でも、ごく一部しか近づけない場所。

その計画の名前を、レムはそこで初めて聞いた。


虎児計画。


「虎の子を育てるように――

 最強の戦力を育成する」


そう説明された。

だがその計画には、奇妙な点があった。

主任が存在しない。

公式の責任者も、研究代表者もいない。

書類上の管理者は、すべて空白だった。

レムが疑問を口にすると、男は笑った。

「責任者を置けば、責任が生まれる」

「この研究に、それは不要だ」

その言葉の意味を、レムはすぐには理解できなかった。

だがやがて――


研究棟の奥で見た光景が、すべてを変えた。

防音扉の向こう。

無機質な白い部屋。

そこにいたのは、研究者ではなかった。

子供たちだった。

年齢は様々。

十歳にも満たない子もいる。

彼らは皆、同じ色の服を着ていた。

そして――

どこか、同じ目をしていた。

感情の薄い、空洞のような目。

その光景を見た瞬間、レムの背筋に冷たいものが走った。

「……彼らは」

思わず問いかけると、隣にいた研究員が小さく答えた。

「身寄りのない子供たちです」

それ以上の説明はなかった。

何が行われているのか。

どんな処置が施されているのか。

具体的なことは、誰も言わない。

だが、廊下を歩くだけで分かった。

夜中まで続く検査。

運び出される医療機器。

そして、時折聞こえる子供の悲鳴。

最初にそれを聞いたとき、レムは足を止めた。


だが、胸に浮かんだのは嫌悪でも憐れみでもなかった。

ただ、静かな興味だけだった。

廊下の奥にある厚い防音扉の向こうから、短く、途切れるように響いてくるその声は、すぐに機械の駆動音にかき消された。研究員たちはそれを特別気にする様子もなく、それぞれの仕事へ戻っていく。


レムはその場に立ったまま、しばらく耳を澄ませていた。

やがて再び聞こえてくる短い叫び声。恐怖なのか痛みなのか、それともその両方なのかは分からない。ただ、それが大人の声ではないことだけは確かだった。

隣にいた研究員が、どこか言い訳めいた口調で言った。

「……適応訓練です」

それ以上の説明はなかった。

だがレムには、ある程度の想像はついていた。

研究員の話によれば、彼らは身寄りのない子供たちだという。戸籍の整理も曖昧で、社会の制度からこぼれ落ちた存在。そうした子供たちが保護という名目でここに集められ、訓練と検査を受けているらしい。


その話を聞いたとき、レムは特に驚かなかった。

国家が能力者という問題を扱う以上、こうした方法に行き着く可能性は最初から想像できたからだ。

むしろ彼が感じたのは、別の種類の違和感だった。

国家は、能力者を危険な存在として扱っている。社会の安全を守るために管理が必要だと主張し、そのための組織としてシリウス管理局が作られた。

だがその一方で、裏では能力者の力を利用しようとしている。

しかもその方法は、決して表に出せるようなものではない。


倫理を掲げながら、その倫理を守ることができない。

その矛盾は、レムにとって非常に分かりやすいものだった。

能力者を恐れる社会が、その能力を制御しようとする。だが恐怖を前提にした統治は、必ず歪む。恐れているものを正しく扱うことはできないからだ。

レムは廊下の窓から外の街を見下ろした。

無数の人間が暮らしている都市。その大半はシリウス能力を持たない普通の人間であり、能力者という存在を理解することもできなければ、受け入れることもできない。

その結果として生まれたのが、現在の社会の姿だった。

能力者は恐れられ、隔離され、管理される存在となる。だが同時に、その力は国家にとって無視できない価値を持っている。

だから表では抑圧し、裏では利用する。

そのやり方は、あまりにも中途半端だった。

能力というものを本当に扱うのであれば、もっと明確な立場が必要になる。恐れるか、受け入れるか。そのどちらかを選ばなければならない。

だがこの社会は、そのどちらも選ぶことができずにいる。

レムはそのことを、静かに理解していた。

この世界は、能力という存在に対する答えを持っていない。だから管理という形で問題を先送りにしているだけだ。


父もまた、その世界の中で死んだ。

能力者という問題を生み出した人物として責任を追及され、社会の批判にさらされ、そして最後には自ら命を絶った。


だがレムにとって、それは世界の残酷さを示す出来事ではなかった。

むしろそれは、世界の残酷さというよりも、この社会の弱さを示す出来事だった。


能力という未知の存在が現れたとき、この社会はそれを理解することも、受け入れることもできなかった。恐怖に振り回され、責任を誰かに押し付けることでしか秩序を保てなかった。

父は、その弱い世界の中で敗れたのだ。

そのことを、レムはよく理解していた。

そして同時に、ひとつの結論にもたどり着いていた。


能力という力は、国家や社会のような曖昧な存在が扱えるものではない。

それを扱うことができるのは、その力の本質を理解している者だけだ。


シリウス・エッセンスは、人間の可能性を拡張する因子である。暴走という危険性を伴うとはいえ、その力は明らかに従来の人間の枠組みを超えている。

それは単なる特殊能力ではない。

人類の在り方そのものを変える可能性を持った力だった。

だとすれば、その力を管理するのは国家である必要はない。

むしろ国家という枠組みそのものが、その力の発展を妨げている可能性すらある。


レムはその考えに至ったとき、初めて小さく笑った。

父は遺書の中で「シリウスの名を捨てて生きろ」と書いていた。

だが、その言葉の意味をレムは別の形で理解していた。


名前を捨てるとは、単に家名を変えることではない。

それは既存の秩序から離れ、国家や社会といった枠組みに属さない立場に立つという意味でもあった。


そのとき、レムの中で一つの構想が形を持ち始めていた。

国家の外に存在する組織。

能力者という存在を恐れるのではなく、むしろそれを肯定する思想。

そして、その思想を実現するための新しい秩序。

やがてその組織は、「アカツキ教団」と呼ばれることになる。


それは宗教ではなかった。救済を掲げる団体でもない。

ただ一つの思想を持つ集団だった。

シリウスの力によって世界を変革するという思想。


そしてその中心に立つのは、国家でも政府でもない。

レム・シリウス自身だった。

どうも、クジャク公爵です。


まずは、投稿が遅れましたことをお詫び申し上げます。

…といいたいところですが、マイペースなのはご承知ください。すみません。

アカツキ教団の過去編です。

というか、教祖の過去編です。

結構なボリュームあると思うんですが、これを一話分でまとめたのも、投稿が遅れた一端でもあると思います。言い訳ですね。

また次回もマイペースに投稿しますので、気長に待ってくれると幸いです


今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。

評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。

良ければ、また次回、お会いしましょう。

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