第21章 正義を探す者たち~中編~
長い階段を上り、やがてその頂上に、重厚な鉄の扉が見えてきた。
「やっとか」
ライアンがさらに支えられながらも息を吐く。
「まずは病院ね。その傷を治さないと……」
「いや、一刻も早くエリカを……」
ライアンはサラの発言を遮るが、無理が祟ったのか途中で力が抜ける。
二人は重い扉を開けて地上に出た。扉を抜けたそこは、商業ビルの裏手のようだった。人の気配も無く、ごみが溜まっているだけのような空間。そんな場所に出た。
サラは安全を確認すると、ちらりとライアンの様子を見る。ライアンは強がり、サラを睨むように見てはいるが、その顔色は今にも死んでしまいそうなほどに悪かった。
サラはライアンのその様子を見て、ポケットから端末を取り出す。
「何をしてる……」
ライアンが閉じた扉にもたれかかり、サラを睨む。
「連絡。その怪我、治さないといけないでしょ」
「どこにだ。お前らノクスの息がかかった医療機関には行かないぞ」
「そんなことしないよぉ、命の恩人だもん。シリウス管理局に匿名で救援頼んどいたからしばらくしたら助けが来るよ」
「……お前はどうする」
「さあね。とりあえずヴァルデスのとこ行ってみるつもり」
「目星はついているのか」
「ついてない。でもハッキングなりなんなりで、やりようはあるよ」
「……俺も行く」
「はあ……ライアンはヴァルデスと戦ってエリカちゃんを助けるつもりでしょ?敵ってわかってるのに連れてけって?無理だよ」
サラはライアンとの会話を楽しんでいるようだった。いつの間にか、地下で会った最初の時のような悲しげで自棄になったような様子はなくなり、いつもの調子を取り戻し始めていた。
「俺は、ヴァルデスに勝てなかった。多分もう一度会っても殺されるだけだろう」
「なのに、会いたいの?」
「……これが俺の最後のプライドなんだ」
「プライド?」
サラがそう問いかけると、ライアンはうつむき加減に語り始めた。
「俺は何の苦労もなく管理局に入った。そりゃ訓練だなんだでしごかれてはいたさ。でも、それ以外に苦労するようなことはなかった。親も普通で、特別、暴走者に対する憎しみもない。ただ、正義に一番近い、要は”かっこいい”というそれだけの理由で管理局員になったんだ」
「ふぅん」
サラは興味無さそうに相槌を打つ。一応聞いてはくれるらしい。
「そんな生活をしている俺の前に、突然、エリカは現れた。学校時代に事件を起こしたエリート様。それでいて裏切り者ヴァルデスの関係者。管理局内でも話題の尽きない厄介者であったが、それがいきなり俺の後輩になったんだ」
「厄介者を押し付けられたんだ」
「そうだな。自覚は無かったが、もしかしたら俺も厄介な存在だったのかもな」
ライアンは自嘲した。
「だが、エリカと一緒にいるうちに、気づかされたんだ。彼女が抱えている闇の深さに。そして、俺の持っていた『正義』がいかに薄っぺらいものかにも」
ライアンは壁にもたれかかったまま、顔を覆い隠すように俯いた。肩の傷が脈打つ。
「俺は、エリカの相棒だと、勝手に思い込んでいた。どんな時も彼女の隣に立ち、彼女を守る……それが、俺の新しい『正義』だと思っていた。だが、結果はこれだ。ヴァルデスには手も足も出ない。そして、今回は、お前に助けられた」
ライアンは顔を上げ、自らの掌を握りしめた。その拳は悔しさで震えている。
「情けない……!俺は、結局、自分の力では何も成せない。エリカの重荷にしかならないんじゃないか?『相棒』として、俺はふさわしくない」
「ふさわしいかどうか、なんて、誰かが決めることじゃないでしょ」
サラはライアンから目をそらし、鉄扉に寄りかかった。彼女の視線は、どこというわけもなく、虚空を眺めていた。
「あんたがそう思ってても、エリカちゃんがあんたの傍を離れないなら、それが答えだよ」
サラの声には、軽薄さが消え、静かな重みが滲んでいた。
「私の相棒もね、自分の信じた『正義』のために、散っていったばかりなんだ」
サラは、ふと遠い目をし、その光景を思い出したのか、口元が微かに震える。ラゼルとの別れから、まだ一時間と経っていない。その血の匂いは、いまだ彼女の記憶にこびりついている。
「私たちは、正しいことをしているって信じてた。ヴァルデスもラゼルも、私にとっては親みたいなものだったから……彼らが正しいと言えば、正しいんだろうって」
ライアンはサラの言葉の端々に、深く切り裂かれた痛みが隠されているのを感じた。
「でも、その『正しい』行動のせいで、ラゼルは……いなくなった。ラゼルが最後に残したものは、あまりにも血生臭かったの。私、あの光景を思い出すと、息が詰まるんだ」
サラは両手で顔を覆い、しゃくり上げるような微かな呼吸を飲み込んだ。強がって明るく振舞おうとしているが、その心は悲しみと疑念で、ぐちゃぐちゃだった。
「ヴァルデスは、まだラゼルが死んだことを知らないはずなのに……こんな事件を起こした。エリカちゃんを連れ去るなんて、まるで、自分の大事なものを全部壊してしまう前の、最期の暴走みたいじゃない」
サラは顔を上げ、涙を拭いもせずにライアンを見つめた。
「ヴァルデスは、エリカちゃんと親子同然の関係だった。ヴァルデスには、そんな悲しいことしないで、エリカちゃんと話し合って……仲直りしてほしい。こんな強引な方法じゃなくて……それが、彼を止められる唯一の方法なんじゃないかって、私にはそう思えるんだ」
ライアンは、サラの瞳の奥に、ノクスの思想ではなく、ただ純粋に大切な人の幸福を願う少女の、切実な祈りを見た。彼女は、瓦解しつつある自分の居場所と、親のように慕う二人の結末を、エリカに託そうとしている。
「あんたは、自分の力不足に憤ってるんだろうけど、私から見たら、あんたはまだ、自分の『正義』を諦めていない。私には、もう、自分の『正義』がどこにあるのかすら分からないんだ」
サラは、ライアンの怪我を負った肩に、そっと手を置いた。その手は、冷たい鉄扉の温度とは違って、微かに熱を帯びていた。
「だから、あんたがエリカちゃんの相棒としてふさわしいかどうかを決めるのは、ヴァルデスを止めることと、エリカちゃんを守ること、その二つを成し遂げてからでもいいんじゃない?そのために、私を利用しなよ」
ライアンは、サラの強く、しかしどこか縋るような視線を受け止めた。彼は、自分の『正義』が、この少女の『願い』と重なることで、薄っぺらな「かっこよさ」から、逃げられない「使命」へと変わったのを感じた。
「……わかった」
ライアンは深く頷いた。
「お前の『願い』のために、俺を利用する。俺の『正義』のために、お前の知恵を借りる」
二人の協力関係は、明確に定まった。それは、傷ついた二人が、瓦礫の中で見つけた、危うい『共犯関係』だった。
サラは、再び端末を取り出すと、医療機関への連絡を始めた。
「じゃあ、作戦変更。私はすぐにでもヴァルデスを追いたいから、あんたを先に安全な場所に送り届けるのは時間の無駄。でも、その怪我じゃすぐに足手まといになる」
「待て、俺は足手まといになんか――」
「黙って。今は大人しく治療を受けて、エリカちゃん助けるんでしょ」
サラはライアンの言葉を遮り、鋭い視線を向けた。
「私、ハッキングとか情報を集めるのは得意だけど、戦闘は専門外。ヴァルデスがどこにいるかわかっても、あんたのその戦闘技術が必要になるかもしれない。だから、まずはその怪我を治す」
「……どうするつもりだ。信頼できる医療機関でなければ、俺は行かないぞ」
ライアンの声には、揺るぎない確信がこもっていた。ノクス側の人間が手配する場所など、信じられるはずがない。
「はぁ?」
サラは心底うんざりした顔をした。
「あんた、自分が今、どんな状況か分かってるの?管理局に行けば、あんたは英雄扱いされるかもしれないけど、私と合流することは、たぶん二度とできなくなる。それどころか、私とつながったスパイか何かだと思って尋問されるか、最悪の場合、ヴァルデスに辿り着く前に殺されるかよ」
「それは承知の上だ。だが、俺は『悪』に身を委ねてまで、力を取り戻そうとは思わない」
「ほんと頭の固い奴!」
サラは苛立ちを隠さずに端末をポケットに乱暴に突っ込んだ。
「あんたのその頭の固さが、エリカちゃんを取り戻すことを邪魔してるって、気づいてもいいと思うんだ!」
「それが俺だ!」
ライアンは言い返す。彼の体からは、怒りによって再び力が漲り始めていた。
サラは目を細め、ライアンを頭から爪先まで一瞥した。そして、一瞬の間を置いた後、ニヤリと、地下で最初に見せたような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……わかった。あんたが『管理局=正義』を貫きたいなら、そうすればいい」
サラは再び端末を取り出すと、何かを操作し始めた。
「シリウス管理局への匿名通報は嘘じゃない。ただ、通報先を少し変えるだけ」
「……どういう意味だ」
「私にはね、ノクスの人間以外にも医療関係者に知り合いがいるんだ。……まあ、半ば脅して協力させてるんだけど」
サラは悪戯っぽく笑った。
「あんたをそこに送り込む。場所は安全、腕は確か。ただし、短時間で治すから、あんたの体を少々無理させることになるよ」
「待て、俺はそんな――」
「聞いて、ライアン」
サラの瞳が鋭く光った。
「私が通報するのは、『完全に中立の闇医者』。彼らはノクスみたいな闇の人間も利用するけど、その技術力でお役所からも非公式に利用されている存在。言わば、『グレーゾーン』」
サラはライアンの目を射抜く。
「あんたの正義に泥を塗るつもりはない。だから、これは管理局の職員としてじゃなくて、”一般人が勝手にやっていること”にすればいい。今ここで倒れて、エリカちゃんを取り戻す機会を失うか、『正義のグレーゾーン』を利用して、生き残るか。選ぶのはあんただよ」
ライアンは、言葉を失った。ノクスに頼むのは絶対に嫌だ。しかし、このまま管理局に戻れば、サラの言う通り、二度とエリカを追うことは叶わないだろう。そして、目の前の少女の言う『中立の闇医者』は、ライアンの信じる正義の枠からギリギリ逸脱していない、危うい選択肢だった。
「……わかった」
ライアンは呻くように言った。
「俺の命はお前に預ける。だが、治療が終わったら、すぐにヴァルデスの居場所を探し出すぞ」
「最初からそのつもり。そしたら、私とあんたでタッグを組んで、ヴァルデスをぶっ潰してエリカちゃんを取り返しに行こうじゃないの」
サラはニヤリと笑い、治療の場所へ向かうためにライアンの体を強く引き上げた。二人は、静まり返った商業ビルの裏手を後にした。この出会いが、ライアンの『正義』と、サラの『願い』、そしてエリカの『運命』を大きく捻じ曲げることになるのを知らずに。
どうも、クジャク公爵です。
21章です。3章構成の中編です。
サラとライアンの回ですね。これから彼女たちはどうするのでしょうか。しばらくエリカちゃんが出てないですが、この3章は出ないことが決まっているのでエリカファンの方はもう少し辛抱ください。サラも感情的でかわいいでしょ?
次章はどのように展開するでしょうかね期待ください。
今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。
評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。
良ければ、また次回、お会いしましょう。




