第19章 美女と野獣
薄暗く灰色に照らされた部屋の中、ライアンが振り向くと、入り口のひしゃげたドアから、金髪の少女が覗いていた。
「サラ・エヴァンス……?」
エリカとライアンをここに来るように仕向けた張本人。その顔を見つけると、ライアンは痛む身体も気にせずにずかずかと詰め寄り、苦痛とも悲哀とも取れない表情を浮かべ声を上げた。
「嵌めやがったな!ここには、"アカツキ教団"なんていなかった!」
「ちが……」
ライアンはサラの微かな抗議の声も聞くことなく続ける。
「お前のせいで……お前のせいでエリカは!」
ヴァルデスの腕の中でぐったりとしたエリカの姿が脳裏に浮かぶ。
エリカを助けることができたのは、自分だけだったのかもしれない。ただの八つ当たりだったとしても、今は誰かを責めずにはいられなかった。
サラは、何か思うように目を逸らしたあと、躊躇いながら口を開いた。
「違う……そんな、つもりじゃなかった……」
言い訳をするようなその言葉が、ライアンは許せなかった。
激情に任せ、ライアンは少女の胸倉へ手を伸ばし、勢いよく掴み上げた。このまま殴り飛ばそうかと拳を振り上げた時、覚悟したかのように目をつむるだけの少女を見て、何かが胸に引っかかる。
……こんなことをして何になる?
拳を下ろす代わりに、ライアンは歯を噛みしめた。
「ここで足踏みしている時間はない。脱出が優先だ」
迫る拳がなくなっても、サラはただ、俯いてうなだれているだけだった。
ライアンはそんなサラを今はただ、一人の少女と認めて話しかける。
「俺はここから逃げるが、サラ、お前も一緒に来てもらうぞ」
「……なんで?」
「俺たちを嵌めた理由を話してもらう。それまで死なれては困る」
その言葉に、サラは顔を上げて目の奥に小さな光を戻した。静かに頷く。
が、その余韻も残らぬうちに天井を突くような轟音が響く。
「まずい!ここは崩れる!」
ライアンがサラの手を引き部屋の外へと連れだした。
直後、轟音とともに瓦礫がなだれ込み、さっきまでいた場所に鉄骨が突き刺さる。振り返った視界の隅、粉塵の爆炎に照らされる室内に、一瞬――子供用の遊具が瓦礫に飲まれていく姿が見えた。
廊下に転がる瓦礫を踏み越え、ライアンは乱暴に息を吐いた。
「とにかく出るぞ。入り口に戻れば――」
「多分、無理だと思う」
背後のサラが短く言い切った。
ライアンは振り返り、苛立ちを隠さずに睨みつける。
「何だと?」
「……ヴァルデスなら、正面は潰してる。追っ手を逃がすわけない」
確かに、普通ならそうするだろう――頭では理解している。だが認めてしまえば、エリカを追うどころか自分たちすら閉じ込められる。焦りと苛立ちを押し殺すように、低く呟いた。
「俺たちは実際に通ってきたんだ。戻れば……出られるはずだ」
言い捨て、ライアンは足を速める。サラも黙ってついてきた。
やがて、通路の先に出入口を示す非常灯が見えた。
だが――。
「……っ!」
瓦礫が山のように積み重なり、入口は完全に塞がれていた。折れ曲がった鉄骨と崩落したコンクリートが絡み合い、どこからも抜けられそうにない。
ライアンは歯噛みした。拳で壁を殴りつけても、鉄骨はびくともしない。
「くそっ……!」
背後から、か細い声が届く。
「だから言ったでしょ。別のルートを探さないと」
振り返ると、サラの瞳には皮肉も勝ち誇りもなく、ただ静かな覚悟だけがあった。
焦げた鉄骨とコンクリート片が絡み合い、まるで巨大な壁のように立ちはだかっている。崩落の衝撃で天井の蛍光灯も砕け、残るのは土煙と火の匂いだけだった。
ライアンはしばらく黙ってその壁を見つめていた。肩で息をつき左腕を押さえている。その手の下には乾きかけた血が滲んでいた。
「……しょうがない、正面突破だ」
かすれた声でそう呟き、彼は左腕を前に突き出す。シールドを展開しようとした瞬間、膝がわずかに揺らいだ。
それでもライアンは歯を食いしばり、力を込める。
サラは彼の横顔を冷ややかに見つめ、溜め息をついた。
「馬鹿じゃないの?そんな体で、できるわけないでしょ」
「やってみないとわかんないだろ」
そう答えたライアンの息は上ずり、説得力を欠いていた。
サラは一瞬言葉を飲み込み、それから視線を伏せる。胸の奥にざらついた不安が広がり、舌先に苦い味が残る。
「……私なら、別の脱出ルートを知ってる」
ライアンの眉が動いた。疲労と疑念の入り混じった目が彼女に向けられる。
「何だって?」
「非常機材搬出用のエレベーターホール。エレベーターはさすがにもう止まってるだろうけど……階段を使えば、地上までは出れる」
言いながらも、サラ自身、その道が本当に安全かどうか分かってはいなかった。けれどボロボロの人間が瓦礫を突破するよりはまだ可能性がある。
ライアンは短く息を吐き、瓦礫から視線を外す。
「……信じるぞ」
その声音には決意よりも、諦めに近い響きが混じっていた。選択肢が他にないことを悟った者の声だった。
二人は互いに距離を取ったまま、崩れた廊下を進み始める。
天井のパネルは何枚も落下し、床には破片が散らばっていた。踏みしめるたびに、ガラス片が小さく音を立てる。
ライアンは片腕を抑え、無理をしているのは明らかだったが、それでも足を止めることはなかった。
サラはそんな彼の背中を見て、自分の胸の奥に小さなざわめきが起こるのを感じていた。
(この人……こんな無茶してでもエリカちゃんを助けたかったんだ)
その姿が、爆炎に消えたラゼルの影に重なる。思い出した時に込み上げる痛みに、思わず唇を噛む。これ以上は考えるだけで震えてしまいそうで、今はただ歩を合わせるしかなかった。
「……ここ」
サラが短く発すると、何度か角を曲がった廊下の突き当たりに、大きな扉が現れた。
壁一面に埋め込まれた金属製の扉。上部には「ELEVATOR HALL」と消えかけた文字。
だが、灯りはすべて落ちていて、そこから先は深い闇が口を開けているようだった。
「……灯りはついてないか」
ライアンの声は低く、警戒を含んでいた。
サラは頷き、手元の端末を取り出してドア横のパネルにかざした。
無反応。やはりすでに電源が落とされている。
「動いてないな」
「予想通りね。エレベーターは使えないけど、ホールの奥に階段がある。そこを登れば……地上まで行けるはず」
「はず、か」
ライアンは皮肉めいた言葉を返したが、それ以上は何も言わず、闇を進む。
サラの持つ端末の明かりだけを頼りに進むと、奥から「EXIT」と書かれた鉄の扉が現れた。
肩を入れて押し開けると、軋む金属音が響き、埃と冷気が一気に吹き出してくる。
中もホールと変わらぬ闇だった。非常灯さえ落ち、遠くで水滴の落ちる音だけが反響している。
コンクリートと鉄の匂い。そこに、焦げたような異臭が微かに混じっていた。
「……行くしかないな」
二人が足を踏み入れた瞬間、空気の冷たさが一段と強くなり、ぞっと背筋を撫でた気がした。
階段の手前まで来たところで、サラが足を止める。
暗闇の奥から、かすかな機械音が響いていた。
低く、規則的なモーターの唸り。金属がわずかに擦れ合う気配。
「……ライアン」
サラは小声で彼の袖を引いた。
「誰か、いる?」
ライアンは耳を澄まし、すぐに頷いた。
「いや……“誰か”じゃないな」
足音ではない。もっと無機質で、冷たい気配がそこにいるのを感じる。
制限時間が迫る中、死の緊張が場を満たし、二人を覆った。
どうも、クジャク公爵です。
19章ですね。
えー。主人公が出てきません。大丈夫でしょうか。
ちなみにしばらくこのライアンとサラのパートが続きます。エリカの出番は。。。
次章はこの続きからになります。闇に潜むものは何なのでしょうか。
引き続きライアンとサラのギスギス脱出劇をお楽しみに。
今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。
評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。
良ければ、また次回、お会いしましょう。




