第18章 黒い
ライアンは、痛む身体をゆっくりと起こした。意識を取り戻した瞬間、耳を突くような轟音が周囲を揺らした。建物全体が微かに振動し、天井からは細かい砂塵が降り注ぐ。目を開けると、灰色の光の中で、天井の一部が崩れかかっているのが見えた。地下に立つこの空間は、まるで生き物のようにうめき、裂け、崩れの前兆を告げていた。
体中の節々に痛みが走る。自律駆動兵器との戦闘で打たれた箇所はまだ腫れ、ひりつく感覚が残っていた。それでも、ライアンはゆっくりと深呼吸し、冷静さを取り戻そうと努める。目の前の惨状を冷静に分析しなければ、生き延びることも、仲間に近づくこともできない。
「まずは……エリカのところへ……」
そう考えるが、その思考はすぐにまた響いた轟音にかき消された。
ドォン!
また響いた轟音はさっきよりも大きく、そしてさっきよりも威圧的だった。
エリカが戦闘している……?
そう考え、ライアンは先を急ぐ。痛む身体をを押してエリカの進んだ方向、その奥の部屋へ。
廊下の突き当り。エリカの入っていったであろう部屋の扉は大きくひしゃげていた。
破壊も気にせず、爆弾でこじ開けたような。そんな形に歪んでいる。
そっと通り抜けると、踏み入れた足は、水たまりを踏んだようなぴちゃり、という足音を立てた。
赤い非常灯から目が慣れはじめ、薄暗い灰色の明かりに照らされた、広い空間がぼんやりと見えてくる。
その部屋の中には――地獄が広がっていた。
人形のようにあたりに散らばった死体。赤く染まった服の切れ端から、彼らがライアンやエリカと同じ、管理局の警邏部隊員であることがわかる。
まだ廊下の非常灯に照らされていた足元をよく見ると、さっき足を踏み入れたそこは血だまりだった。
見回すまでもなく、視界に死体が幾度となく飛び込む。
あっけにとられていたライアンだったが、その光景から、一つの最悪の状況を思い至り、顔から血の気が引く。
エリカは……!
部屋の奥へかけ込み、すぐに見回す。
薄灰色で見えにくいが、幸い、見える限りに女性の死体は無いようだった。
すると、部屋の奥から一つ、カツン……という音が聞こえた。
その音は一音では止まず、カツン……カツン……とだんだんとライアンへ近づいてくる。
音の方向を見やると、暗い影から、何かが現れた。
「ライアン・ダンパーか」
薄暗い明りでは、顔までは見えなかったが、何かを抱えるようなシルエットをしていた。
陰に潜んでいた何者かは、ライアンへ語りかけてくる。
「お前が、あの兵器に勝利するとはな。私の想定よりは強かったようだ」
低く威圧的な声は、歩を止めることなく部屋の中央へと移動する。
陰から現れた男の姿を見た瞬間、全身の毛が逆立った。
ヴァルデス・アストラ。管理局で指名手配されている敵対組織「ノクス」のトップと目される男。そして、かつて管理局の治安維持能力をその男の力一つで示したとされる”伝説の男”。
だが、それよりも、ライアンの眼にとまったのはその抱えているものだった。
「エリカッ!」
エリカはぐったりとした状態でヴァルデスに抱えられていた。体に目立った傷はないようだが、意識を失っているようだった。
ライアンはエリカを見た瞬間すぐに駆け寄り助けるつもりだった。それは目の前にした今でも変わらない。
だが、脚が、動かない。生物的な本能とでも言うべきか、理性よりももっと深くの場所から、この男へと近づくという命令が拒否される。
「ライアン。お前ではエリカを守ることはできない」
威圧的とも呼べる、低く重厚な声が響く。
その声はライアンの返答を待つこともなく続ける。
「呪うのであれば、お前自身の力の無さを呪うがいい」
そう一言残すと、まるで示し合わせたかのようのに部屋の壁が爆ぜ、部屋全体が大きく揺れた。
大小無数の瓦礫が降り注ぐ中、ヴァルデスは動じることもなく首をクイッと少し動かすと、ヴァルデスの足元を黒い渦が包んだ。
「待てッ!」
ライアンが全速を持って駆け出し、ヴァルデスに迫る。
そして、エリカに手が届く寸前――――
黒い渦に飲まれて、ヴァルデスとエリカは消え去った。
「クソッ」
虚空をつかんだ手が拳となって地面にたたきつけられる。
意味はないとわかっていても、何かに当たらずにはいられなかった。
呪うのであれば、お前自身の力の無さを呪うがいい
ヴァルデスの言葉が胸に刺さる。動けなかった。周りに転がる惨状を見て、勝てないと思ってしまった。
これじゃ、”正義”なんて貫けるはずがない。
ライアンは瓦礫の雨の中、自分の無力を呪っていた。
「ヴァルデス……いる?」
そんな時、後ろから声がした。この地下研究室にも降り注ぐ瓦礫にも似合わない、軽い女の子の声。
ひしゃげた部屋の入り口を見やると赤く照らされた廊下から、高校生くらいの金髪の少女が覗いていた。
顔は良く見えないが、背格好と声から、ライアンにはそれが誰だかわかった。
「サラ・エヴァンス……?」
*
遠くから爆発音が轟く。
曇る視界と冷たくなる全身。体が全く動かない。誰かが叫び続ける声と救急のサイレンの音が、くぐもった耳にこだまする。
確実に近づく死の気配の中、目を開けると、彼女の視界いっぱいには緑の制服が映っていた。
「だ……れ……」
声が出ない。でもほんの少し目を開けただけで、目の前の人間は泣きながら話しかけてくる。
「―大丈―――す―に―――けるから―――」
なにか叫んでいるが聞き取れない。
だが、しばらく夢のはざまのような感覚に揺蕩っていると、突然、迫っていた死の気配とは裏腹に、意識が鮮明になっていった。
――――
曇った視界が開けると、そこは真っ白な天井だった。
研究室で何度も見た。調整されるときの景色。
そこへ、真っ赤に目を腫らした黒髪の女性が横から視界へ映り込む。
「目え覚ましたん!?よかっ……た……!でも、まだ絶対に動かんでくださいね」
突然映り込んだ女性は、全く知らない人だった。それでも自分のために目を腫らし、安堵しているのだと確信できるほど、彼女の顔は雄弁だった。
「お前は……誰だ……私は……」
「すんまへん、勝手に……。私はアザレア・ファマー。シリウス管理局の救護部隊所属です」
彼女は、ほんのすこしだけふんわりと笑うと、ぴしりと姿勢を正して自己紹介をした。
そうではない。私は状況の確認がしたかったのだ。私の状況は?仲間たちの生存は?任務は?
そんな考えを口にする間もなく、アザレアと名乗った女性は一方的に話しかけてくる。
「自分の名前……わかります?怪我の直前にあったこととか……思い出せますか?」
「ソフィア……クレイン……」
ソフィアは、少し迷ったが答えた。自分の名前と所属は管理局員に対してであれば伏せられていない。
絞るように声を出すたびに、腹と胸に鈍痛が走るが、この程度の痛みは無いものとして動けるような訓練はされている。ただ腹部に大きな傷を負った以上、人体構造的に声を出しにくくはなっているようだ。
「よかった……!あっ!すんまへん、まだ安静にしてへんとダメでしたよね。でもどうしても意識が戻ったら確認せんといけんかったので……。焦ってしまいました……」
こちらが全く話さず、身じろぎもしないのを見てか、女性は勝手に弁明を始めた。
正直、そんな問答などまったくもってどうでもいい。私にとって重要なことは、任務と責務だけだ。
リーダーにも報告を行わなければ。そう思いついたときには、ソフィアはすでに体を起こし始めていた。
「ああっ!ダメですよぉ、まだ動いたら!」
上体が起き上がる途中で、アザレアに押さえられる。
「ソフィアさんが生きているの、奇跡なくらいなんですから……」
そう話したアザレアの顔は、目を背けたい事実を語るように暗く沈んでいた。
「ほかの隊員……は……」
「助かったのは、ソフィアさんだけです。ほかの人たちは……もう……」
生き残ったのは私だけ……?意識を失う直前に見た、青い"鬼"が脳裏によみがえる。
私は腹を貫かれた。みぞおちの下あたり。おそらく、あの”鬼”は、殺すつもりだったが、数ミリずれたことで致命傷となる大動脈を逸れたのだろう。
ソフィアは生き残った理由を冷静に分析するが、今生きていることに喜びを感じるわけではなかった。
「報告……しなければ」
「ダメです。許しまへん。事件後の状況ならすでに上部に報告済みですんで、心配しないでください。まずは体を治すことが先決です」
軋む身体を起こそうとすると、アザレアがすぐに押さえつける。普段なら押さえ込まれる訳もない程度の力だが、どこに力をいれても体が拒否するこの状態で抗えるほどの力ではなかった。
アザレアは続けて話す。
「事件後の状況なら私から説明します」
アザレアはピンと姿勢を正すと、手元の端末に目をやった。
「昨日夕方17時ごろ、シリウス管理局警備詰所 ソウキョウ第178支部より、暴走能力者襲来との連絡がありました。現地のメンバーのみで対応する予定でしたが、支部の担当者と連絡がつかなくなり、特派員を派遣」
アザレアは軽く息を整え、「ソフィアさんはこちらの特派部隊に所属でしたね」と加えるとつづけた。
「特派部隊を派遣してから40分後に支部敷地内にて謎の爆発。特派全員の反応が消失したとの状態でした」
ソフィアにとってそこは重要ではなかった。すでに知りえた情報。知りたいのはその後。
少しだけ目を細めると、それを感じたのか、アザレアはすぐに話をつづけた。
「その後、私たち救護班が派遣され、惨殺された隊員たちの遺体を見つけることになります。生存者は一名。ソフィアさんだけです。また、爆発があったと思しき場所では、複数の遺体が見つかっているもののそれぞれ損傷が激しく、まだ身元が特定できていません」
一通り話を終えると、アザレアは「ふうっ」と一息ついてそばの椅子に腰かけた。
爆発があったのであれば、おそらくそれはシリウス能力によるものだろう。つまり、身元不明の遺体の中に”鬼”のラゼル・カーソンがいたはずだ。特殊鎮圧部隊はノクスを含む、シリウス管理局の反乱勢力を殲滅、抑制するための部隊。その中で大きな戦力の一つであるラゼルを排除できたことは我々としては誇りに思うべきことなのだろう。
だが、なぜか、その"喜ばしい知らせ"を聞いても、体の中心には暗いものが渦巻くだけだった。
「そりゃあ、辛いですよねぇ……」
ソフィアのその顔を察してなのか、アザレアは目を逸らして申し訳なさそうに話しかけてきた。
「辛いことなど……」
「強がらんでもいいんですよ?人が死ぬのは、つらい事です」
強がりのつもりはなかった。ソフィアにとって、死ぬことも殺すことも、変わらない日常だ。
それは今でも変わらない。仲間と呼ばれるものが死に、自分が人を殺す。
それは正しい事だと信じているし、疑う必要もなかった。
なのに、目の前の女性は死を”つらい事”と言う。ソフィアにとってはそれは、理解できない感情だった。
「何を……」
「暴走したひとっていうのがどこまで自我を持っているもんなんかわかりませんが、どんな理由があっても、人を殺すっていうのは間違うてるんです」
”人殺しは間違っている”。ソフィアに聞かせるつもりがあったのかわからないそのぽつりといった一言は、いつの間にか、ソフィアの胸に氷の針のように突き刺さって抜けなくなっていた。
固まった表情を浮かべるソフィアを知ってか知らずか、アザレアは時計を確認してはっとした表情を浮かべた。
「話しすぎましたね。ではソフィアさんは目を覚ましたということで報告してきます。あ、まだ動いたらあかんからね」
薄暗い病室の雰囲気をやわらげるつもりなのか、最後にぷくっと頬を膨らませて捨て台詞を残すと、アザレアは病室のドアから出て行った。
ソフィアはそれを確認するとすぐに体を起こし、軋む身体をおして病室を出て行った。
その心にはアザレアの残した氷の針を残して。
どうも、クジャク公爵です。
18章です。遅れましたね。
弁明しますと、今回から執筆方法を変えております。なので各ペースが落ちてしまったというわけですね。
具体的に言いますと、AIの活用です。いままで、AIに内容について相談していたんですね。
どのような構成がいいか、セリフ回しや説明台詞の分量などですね。
でも最近ですね、そのAI君の感性と自分の感性が合わなくて、AIの添削案や修正を聞いても納得できなくなってしまったのでですねぇ……と、まあこの先は別にいいか。
とりあえずは、遅れてすみませんでしたとだけ。。。
ここからの話も引き続き楽しんでくれると嬉しいです!
今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。
評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。
良ければ、また次回、お会いしましょう。




