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第17章 真実

「端的に言おう。……エリカ、お前は――」

ヴァルデスの声は低く、重く、暗い廊下に響いた。普段の冷静さの奥に、わずかに押し込めた慟哭の気配が混じる。エリカは息を止め、視線をぐっと固定した。

一瞬の逡巡。ヴァルデスの瞳が揺れ、瞬間だけ迷いが走った。

「――ノヴァ夫妻の実験体だ」

言葉が空気を切り裂き、エリカの胸を鋭く打った。心臓が跳ね、血の気が引く。手のひらの震えに気づき、彼女は慌てて握りこぶしに変えた。

(実験体……?私が?)

エリカの中の現実が変わる。今まで見ていた世界が色あせてゆく。自分が人間ではない。それを示唆する言葉は、かつて暴走の事故によって”化物”と呼ばれた過去を持つ胸を、深く鋭く貫いた。

その心を知ってか知らずか、低い声はそれでも続ける。

「お前の両親は、管理局の研究者だった。……表向きは善良な科学者。だが裏では、人体実験を含む任務を担わされていた」

言葉が胸に落ちるたび、エリカの頭の中で両親の笑顔や温もりが揺らぐ。現実と記憶が絡まり、吐き気がこみ上げた。話を聞く前に据えていた”覚悟”なんて、もはや意味を為さない。

「……嘘……お父さんとお母さんが、そんな……」

声はかすれ、息が震える。目の前のヴァルデスは、感情を押し殺したまま、しかし眼底に深い痛みを宿している。

「信じたくないのは分かる。だが、お前がその証拠なんだ」

その言葉に、エリカの体がグッと強張る。

「……私?」

「最後の実験体が、お前だ。ノヴァ夫妻の研究していた、能力制御実験体の成功例……唯一のな」

言葉が重く、廃墟の空間に落ちる。エリカは手で胸を押さえ、視界がかすむ。自分の存在が、両親の罪と管理局の闇の核心だと理解しかけた。

「な、何を……言ってるの……?」

声が震え、唇は微かに震える。足元の床が揺れるように見え、膝に力が入らない。

「エリカ、お前は能力者で唯一、”シリウスの涙”の力を借りることで、暴走したまま自我を保つことができる。その能力は活用次第で他者のシリウス・エッセンスすら従える……それが普通の人間だとでも?」

言葉の重みが空気を振るわせる。エリカの体から力が抜け、膝をつきそうになるのを踏ん張った。

「やめて……やめてよ!」

涙が頬を伝い、声は嗚咽に変わる。拳を握りしめ、目の前のヴァルデスをにらみつける。

「……私が、ただの研究材料だったっていうの……? そんなこと絶対、嘘……!」

胸の奥で、怒りと悲しみが渦巻き、震える声が空間を震わせた。

「ヴァルデスも……本当は、私のことをただの実験体だって……そう思ってたんだ!」

一歩、二歩、ヴァルデスに近づく。声に怒りが乗り、震える足取りにも力強さがある。指先がヴァルデスの胸元を突きそうな距離まで迫る。

「エリカ……落ち着け」

ヴァルデスは低く制するように言う。しかし、その声には以前のような強さはなく、どこか苦しげな響きが含まれていた。目が、痛みを抱えたように揺れる。

「本当は、私を保護したのも、利用価値があったから保護しただけだったんでしょ!」

声は叫びに近く、震えが全身に走る。拳を握る手の爪が白くなり、指先の力が骨に食い込むほどだ。

「……私は、”家族”だと思ってたのに……」

声にならないほどか細い声が響く。迷った瞳が暗く虚空を捉えていた。

ヴァルデスは沈黙したまま、目を逸らさずに見つめ返す。口を開くと、低く、しかし冷静に、断片的に語った。

「お前の両親は、最後までお前を守ろうとした。それだけは……間違いない」

ヴァルデスは自分のことを弁明しなかった。エリカにとっては唯一”否定してほしかったこと”だったのに。

「……殺したのは俺の仲間だ。駆けつけた俺は……止められなかった。目の前で血に沈む二人を見て、俺は……」

ヴァルデスの拳がかすかに固くなる。目線はエリカから逸れ、虚空を見つめる。

少しだけ姿勢を整える動作をすると、ヴァルデスは続けた。

「……私が背負うべき罪だと思った。だからこそ……お前を引き取った」

沈黙が続く。エリカはただ唇を噛み、涙を拭う手も止まる。

「私を……守るために?」

震える声。問いかける唇の端には、まだ幼い信頼と怒りが混じる。

「そうだ。この手で、ただ普通の子として育てるつもりだった。……闇に巻き込むつもりはなかったんだ」

あの時、まだ16歳だったエリカには、理解できていなかった。他人の子を引き取るということの意味に。彼に重たくのしかかっていたその責任と感情に。

いや今でも、完全には理解できていないだろう。それでも、その心を、家族を、理解しようとはしていた。

「だから……3年前のあの時、突然いなくなったの……?」

3年前、ある日からヴァルデスは家に帰ってこなくなった。後日、管理局から告げられたのは”任務中の事故による行方不明”。2度目の家族の喪失に、私は泣くことしかできなかったのを覚えている。

ヴァルデスは冷たい沈黙の後、「すまない」と前置き話した。

「ただ、あの闇にお前を巻き込みたくなかった。……だが、もう隠す必要すらなくなったようだな」

暗く虚空を見つめていた眼が、鋭く細められて天井に向けられている。

耳を澄ますと、どこかから、コツコツとした音がまばらに聞こえてくるようだった。

(隠す必要がなくなった……?)

直後、エリカの背後のドアが―――爆ぜた。

爆発でひしゃげた扉から、ぞろぞろと人影が現れる。

「ヴァルデス・アストラ!正義の名の下、死んでもらう!」

人影のひとつが大きく声を上げた。暗がりの中目を凝らすと、それらは管理局の制服を着た局員だった。

「そして……ノヴァ隊員。ノクスの調査、ご苦労だった」

全く心当たりがない。

エリカが状況を飲み込み切れず硬直している中、ヴァルデスだけがすべての状況を察したように動き始めた。

「こんなところで、見せたくはなかったのだがな」

そう言うと、ヴァルデスはポケットからきらりと光る”かけら”を取り出し、砕いた。

轟音と共に視界が消えゆく中、エリカが最後にかろうじて見たものは、黒い影が、全てを飲み込み研究所が炎に飲まれる姿だった。


――――――


次にエリカが目を覚ましたのは、自分の家だった。


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