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第16章 親子

エリカは廊下を駆けていた。ライアンの言う”兵器の主”を探すために。

廊下を奥へと進むにつれ、無残に転がっていた遺体の数は減っていき、ただオレンジの暗い光だけが闇に吸い込まれるような雰囲気を形作っていた。

突き当り。暗い廊下の奥に、明るく光る赤い警告灯が見えた。

(たぶん、あそこだ)

根拠は無かった。はやる気持ちを抑え込み、慎重に、だが早足に近づく。閉ざされた扉の前に立ち、ふっと横を見やると、赤い光に照らされた看板には紙の切れ端が張られており、つたない文字で『エリカのおへや』と書かれていた。

「私の……部屋?」

存在しない記憶。私は、ここに居たことなど無い。

一瞬、想定外の状況に思考を奪われたが、すぐに振り払い、一人残してきたライアンのことを思い出す。

「敵を見つけないと」

閉ざされた目の前の扉を見つめ、一息だけ深く呼吸する。ゆっくりとノブに手をかけ、押し込むと、扉は静かに口を開けた。

「やっぱり、開いてる……」

室内は、廊下の非常灯とはまた違う、薄暗い灰色の明りが灯っていた。

その中心に、スポットライトのよう照らされ、一人の見知った男が佇んでいた。

ヴァルデス。

黒い外套を纏い、咥えたタバコに火をつけた男は、一息、煙を吐くと、一切の感情の動きも感じさせずにエリカを横目で見る。

「誰の差し金だ?」

低く、重たい圧力を感じさせる声。エリカはその声音から、ノクスの拠点で会った時とは明確に違う”敵意”を感じた。だが、それよりも

「……知らないの?」

ここへはサラの提案で調査に来ている。サラもヴァルデスと同じ”ノクス”のメンバーのはずだが、そのサラの行動を、ヴァルデスは知らない、ということになる。

不信感を覚えつつも、隠す必要性は感じず、エリカはそのまま素直に答えた。

「サラ。彼女から協力の申し出があったの。アカツキ教団を倒すために手を組もう、って」

「サラ……余計なことを」

タバコの火が灰になって落ちる。ヴァルデスの視線はなおもこちらを射抜くように据えられていたが、その声にはわずかな苛立ちと、深い嘆息が混じっていた。

「エリカ、お前はここでなにを見た?」

「両親の名前と研究内容。それから……貴方の名前」

「そうか」

ヴァルデスは淡々としていた。わずかな静寂が二人の間に流れる。緊張が空気を包む中、ヴァルデスの声がその沈黙を割って響く。

「立ち去れ」

「……え?」

「立ち去れと言っている」

「私を、()()()っていうの?」

「そうだ」

”お前には関係ない”そう言いたげなヴァルデスの声色に、エリカは少しだけ寂しそうな顔をして、呟いた。

「そう……。でも、私は見逃せない」

きっぱりと自分の意志を告げる。たったそれだけのことも、この暗い空間では息が詰まるくらい緊張してしまう。それでも、エリカは続けて問いただした。

「教えて。あなたは、私の両親は、何をしていたの……?」

「お前が知る必要はない」

ヴァルデスは答えなかった。

それでもエリカは、諦めることも退くこともこともしない。ヴァルデスの横顔をキッとにらみ続けた。

沈黙の中、ライターを弾く金属音だけが薄暗い部屋に響く。

「あの頃のエリカは、もうここにはいない……か」

やがて、ヴァルデスは口から立ち上るタバコの煙を眺め、過去に思いを馳せるように、そう呟いた。

「……いいだろう。エリカ。教えてやる、お前が何者なのかを」

エリカとヴァルデスの邂逅、その同時刻。サラは街の路地を疾走していた。

「……早まらないで」

吐く息が熱い。胸の奥が冷たい。嫌な予感が、心臓を爪でひっかくように続いている。

間に合わなければ――彼は、もう戻ってこない。

ラゼルが単独で、管理局支部への殴り込みに向かったという連絡を受けたのは数分前。

しかもそこには、彼の仲間たちを葬った特殊鎮圧部隊の数名が駐屯していると、情報を渡したのは――ほかでもない、サラ自身だった。

(違う……そんなつもりじゃ……。復讐は今じゃない……!)

後悔が喉を塞ぎ、吐き出す息が荒くなる。スニーカーの靴底が濡れた路面を打ち、視界の端でつき始めたばかりの街灯が流れていた。

――そして。

支部が見えた瞬間、サラは息を飲んだ。

鉄製の扉は歪み、壁は爆ぜ、血の臭いが夕暮れの朱に混じって漂っている。

サラが詰所の入り口を越えた途端、足元に転がる制服姿の管理局員の死体が視界を埋めた。

誰もが血にまみれ、呻き声すらもう上げられない。

その中心に――いた。

血溜まりの中に立つ、ラゼル。

それは彼のものか、他人のものかもわからない血で全身が染まっていた。

その瞳は青く輝き、体から放たれた淡い燐光が周囲を妖しく照らす。

――“コード:亡霊(ゴースト)”。

意図的に暴走状態の力を引き出し、戦闘能力を飛躍的に高めた状態。理性を保った状態で暴走できるはずのものだが、今の彼には、おおよそ”人間的な理性”が残っているようには見えなかった。

そんな彼の掌の中には、一人の隊員の首が掴まれていた。

命を握られた隊員は目を見開き、必死に言葉を吐き出していた。

「や、やめろ……知らない……って言ってる……だ」

――グシャッ。

骨の砕ける音とともに、隊員の身体から力が抜け、人形のように垂れ下がる。

ラゼルは肉塊と化した隊員を地面の血だまりに捨てると、獲物を探す獣のように周囲を探り始めた。

血と夕暮れで赤く染まった背景に、青く光る怪物の影が、薄く、不気味に揺れる。

「ラゼル!もうやめて!」

(私は、こんな殺戮を望んでいたわけじゃない)

サラは初めて、人の”死”を目の前にしていた。今までも、”死ぬかもしれない”状況や、人を傷つけることはあった。でもこんな形で、目の前に他人”だったもの”が現れるのは初めてだった。

目を、逸らしたかった。

サラの上げた声は、血の匂いと殺意に満ちた空間に吸い込まれる。

彼は振り向かない。返事の代わりに、足元の制服を執拗に踏みつけ、拳で砕き続ける。

その時――。

「制圧対象、確認」

詰所の奥から無機質な声が響く。

同時に、黒一色の管理局制服を纏った六つの影が、音もなく姿を現した。

全員、感情の色を持たない20代前後の男女。

その中には以前会った敵――ソフィアの姿もあった。

「お前らか……」

ラゼルの口元が裂ける。

低く、愉悦を含んだ笑み。

次の瞬間、彼の身体が揺らぎ――消えた。

音が遅れて、鎮圧部隊の一人が壁に叩きつけられる。

「一人目」

低く呟き、ラゼルはさらに踏み込む。

爪先が床を砕き、もう一人の顎を跳ね上げる。

その速さは、サラの目では追えなかった。

だが、特殊鎮圧部隊は仲間への攻撃にもひるむことは無かった。

三人が一斉に距離を取り、死角からの連携攻撃を仕掛けてくる。

致命傷は避け、確実に動きを削ぐ戦い方だ。

「チッ……鬱陶しい」

ラゼルはそれぞれの攻撃を軽くいなしつつも、その動きに乱れが見え始めた。

青い光が強まり、肩で息をする。ラゼルの体がコード:亡霊(ゴースト)による負担に悲鳴を上げているようだった。

それでも止まらない。

一人の胸を貫き、もう一人の首を捻る。

――二人目、三人目。

血が飛沫を描き、サラは反射的に目を背けた。

その間にも、残った三人が同時に間合いを詰める。

ラゼルの膝が沈み、また一人、敵を削るかに見えた。

その時、動きかけたラゼルの動きが止まる。ついに来た、限界。

「……ラゼルッ!」

迷うよりも、声を発するよりも先に、サラは腰から小型筒を抜き、床に叩きつけていた。

――ボンッ!

濃い灰色の煙が瞬く間に視界を覆う。半径30メートル級の煙幕。継続的に視界を奪うには心もとないが、戦闘の最中を切り裂くには十分だった。

サラは灰色の中に淡く残る青い光を頼りにラゼルを探す。すぐに、腕をつかんだ。

「ラゼル!動ける!?」

「あア……くソ……」

ラゼルの返答は空に呼びかけるようだった。サラは気にせず物陰へと腕を引っ張り込み地べたへと座らせた。

「ラゼル……!ラゼル!!」

ラゼルの顔が煙の中から浮かんでくる。その目は焦点も合っていないのに、目の前にいない”敵”を睨みつけるように鋭かった。

なんど呼びかけても、帰ってくるのは空返事だけ。そのすべてを失った表情を見て、来た時に見た、あの血に染まった光景が蘇る。

「やめて……。帰ろうよ、ラゼル……」

「仲間ノカたキ……コロす……!」

ラゼルの体はもう限界のはずだ。攻撃を受けていない箇所からもとめどなく血が流れ、痛みからか全身が痙攣している。この状態で戦っても、勝ち目はないだろう。時間切れだ。

そんな彼の状況を絶望が追い縋るように、煙が晴れかけた支部の中心から、感情がそぎ落とされた声が静かに響く。

「逃げないとは。非合理的判断」

気づけば、ソフィアが背後に立っていた。

見つかった。逃げられない。

そう判断する頃には既に構えられたトンファーがサラの頭上に振り下ろされていた。

ガンッ――

鈍い金属音が響く。サラの頭を打ち砕くはずだったトンファーは、その手前で止まっていた。

青い光が、視界の端に揺れる。

後ろに座っているラゼルの放った光の矢が、ソフィアの腹を貫いていた。

ソフィアの細く鍛えられた体の中心から、赤い鮮血が滲みだし、ぱたりと倒れる。

四人目。

ラゼルは普段の様子からは想像もできないような不気味な笑みで笑い、ゆらりと立ち上がった。

身体はもはや限界に近かった。

皮膚は裂け、筋肉は悲鳴を上げ、血で濡れたコートはもはや原型を留めていない。

だが、その瞳の奥で燃え盛る青い光は、衰えるどころかむしろ狂気じみた輝きを増していた。

煙の奥から現れた残りの特殊部隊員二人が銃を構え、無表情に散開する。

乾いた銃声が連続する。火花と硝煙。

しかしラゼルは弾丸の雨を浴びながら、青い光を纏った体で突っ込んでいった。

青い光が体を包むたびに、ラゼルの体は皮膚を裂き、骨が軋んでいる音が響く。

「やめてッ!」

悲鳴に似た声。サラは震える足で駆け出していた。

目の前で人が殺される現実を止めたかった。

でもそれよりも――ボロボロのラゼルの姿が、怖かった。

「もう戦わないで……!ラゼルが死ぬなんて、そんなのやだよ!」

彼女が割って入ろうとした瞬間。

ふわりと、青い光の矢の塊がサラの全身を包み込んだ。

浮遊感と共に地面から離れ、身体が宙に運ばれていく。

「ラゼル……?」


「……俺はさ、サラ、お前を守りたいんだ」

どこからか聞こえる掠れた声。ラゼルの体を銃弾が貫く。

青い輝きの向こうで、一瞬だけ、彼がほほ笑んだ気がした。


青白い輝きが彼女を天へと押し上げ、伸ばした手は届かない。

下へと遠ざかる景色。

そこには、なお戦い続けるラゼルの姿。

「ラゼル!待って!」

喉が裂けそうな叫びも、届かない。

崩れ落ちそうな身体で、なおも立ち向かうその姿は、痛々しいほどに孤独だった。

サラの頬を熱い涙が伝う。

彼の背中が、小さく、小さくなっていく。


――ドォン。


大気を震わせる轟音。

遠くの地平で、夜を裂くような青い爆炎が上がった。

サラは目を閉じ、祈った。

「ラゼル――――」

彼女の声は虚空に吸い込まれ、返事はなかった。

朱に染まる夕暮れの下、サラの嗚咽だけが響いていた。

どうも、クジャク公爵です。


16章です!!

お盆休みをもらっていた関係で少しおくれました!!!

今回は二つの「親子」がテーマです。

ラゼルは、明示されていませんが、サラのことを娘のように思ってました。

なので、今回は二つの親子が軸となっています。

さあ、ヴァルデスの語る真実とは何なのか、サラとラゼル、ソフィアのその後にも期待ください。


今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。

評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。

良ければ、また次回、お会いしましょう。

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