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第14章 痕跡

市街地の地下に残された旧流通路――そのさらに奥、地図にも載らぬ廃道の終端に、冷たく閉ざされた鋼鉄の扉が現れた。

「ここですね……第17分室」

エリカの声が、鉄とカビの匂いが入り混じる静寂に滲んだ。埃を吸い込むたび、肺の奥がざらつく。

「確かにここだが……あまりにも無警戒が過ぎないか……」

ライアンは端末の地図を見やりながら、壁際の影へ視線を滑らせた。無機質なコンクリートが湿気で鈍く光る。監視カメラもセンサーも見当たらない。あるはずの電子ロックは既に解除され、扉のインジケーターが緑に点灯している。

「サラの手助けでしょうか……?」

エリカは言いながら、手袋越しに扉へと触れた。金属は冷たく、異様なまでに静かだった。誰かが先に開けた痕跡はないが、それが逆に気味が悪い。

「……っ」

顔をしかめながらも、一歩踏み込む。と、廊下のセンサーが反応し、オレンジ色の非常灯が一斉に点灯した。ぴし、と床を走る蛍光管の光。次の瞬間、光に照らされた“それ”が、エリカの視界に飛び込んだ。

非常灯に照らされた廊下の奥、床に転がるいくつもの白衣。

それぞれが赤黒い液体に染まり、あちこちが焼け爛れていた。

一見して人の原型を保っていないそれらは、爆発――あるいは高温の熱線――によって一瞬で殺されたことを物語っていた。

「……焼かれてる。しかも、ピンポイントで頭部と胸部だけを」

エリカはしゃがみ込み、焼け焦げた肉片の中に小さく残る傷跡を睨む。

「爆発じゃありませんね。照射兵器、か何かみたいです。ドローン……?」

ライアンは背後を振り返りながら、拳銃のセーフティを外す。

「……ああ、”人を殺すための兵器”の使い方だ。これは」

「誰かが……襲撃した?」

「可能性が高いな。警戒するぞ」

二人は薄暗い廊下を背を合わせて進み、やがて「資料保管室」とプレートの掲げられた部屋に踏み込んだ。

「ここも酷い有様ですね……」

資料室内はそこら中にある棚のすべてに熱線による焼け跡が走っており、机の上のパソコンは元の形すら残らぬように念入りに破壊されている。

それらの残骸全てが、ここに侵入したものの目的を暗に示していた。

「……情報の抹消だな。」

ライアンは一つの結論を導き出すと同時に、手前の机に残された焼け残った文書に目が留まる。

そこには一つだけ、明確に読み取れる文字列があった。

――主任:ノヴァ博士

「エリカ、ここを知っているか……?」

「………? いえ、まったく知りませんでした」

「そうか、これを見てくれ」

そう言ってエリカに文書を手渡す。ところどころ焦げていたり、抜け落ちて読めない箇所はあったが、奇跡的に内容が判別できる状態だった。

「これは……お父さんとお母さんの研究資料……?」

そこに書かれていたのは、

――――「プロキオン計画:能力付与実験記録 記録者:アリサ・ノヴァ」

《11/23 17:27 投■■ら■日。被検者■号1■番「ラゼ■・■■ソン」の経過は良好。■■目までに見られた拒■■応がなくなり、検体Sが定着した■■■れる。診断結果については後記する■■■中濃度に所■――》

エリカの手が、小さく震えていた。

ページの焦げ跡から覗くわずかな文字列が、脳裏に焼きついて離れない。

――アリサ・ノヴァ。

母の名前。間違いようがない。

「……これ、まさか……」

声がかすれ、空気に吸い込まれた。

(母が、ここで……? じゃあ、この実験は――)

その思考を、ライアンの声が遮った。

「“プロキオン計画”。聞いたことは?」

「……ないです」

即答したが、胸の奥で答えを探そうとする脳がざわつく。

彼は資料を指先でなぞりながら、低く呟いた。

「この断片じゃ全部は読めないが……“能力付与実験”とある。被検者、定着、拒絶反応……」

人体実験。その可能性に、ライアンの視線がわずかに鋭くなる。

「……お前の両親、管理局の公式記録じゃ“基礎理論研究班”だったはずだよな?」

エリカは言葉を失った。

知っていた。両親は管理局の研究者だった。

だが、こんな実験を行っているなんて、そんな話――聞いたことがない。

喉の奥が焼けるように乾き、吐息が荒くなる。

「どうして……どうして、お母さんが……」

エリカの指先が震える。焦げ跡の紙の端を握る手に、力が入っていく。

ライアンは彼女をちらと見やりながら、焼け跡に残された資料の下へ手を伸ばした。

何かが引っかかるように、硬くなった紙の束の中から、さらに小さなメモ片が滑り落ちる。

それは、赤インクで殴り書きされたメモだった。

――《虎ノ児計画、プロキオン計画、ともに進捗報告提出済。実地検証についてヴァルデス・アストラ次長へ承認を依頼》

「……ヴァルデス・アストラ」

飛び込んだ文字が不意に口を滑らせる。

はっとしてエリカの方を見るが、すでに遅かった。

「……ヴァルデス……?」

エリカの張りつめた声は、空気の温度を一瞬で凍らせる。

だが、その瞬間、部屋の隅に設置された天井の換気孔から、「カチ」と乾いた金属音が響かせた。

ライアンが素早く顔を上げ、拳銃を構える。エリカも本能から直感的に身構えた。

「何か来るぞ。動きを止めるな」

次の瞬間――

「ギィィッ」

甲高い軋み音と共に、換気孔を突き破って現れたのは、全身を黒い装甲で包んだ、蜘蛛のような異形の自律駆動兵器だった。

八本の脚が低い音を立て、天井を掴み、削るように移動する。艶消しの黒い外殻は蛍光灯の明かりを鈍く反射し、異様な存在感を放っていた。

「……こいつ、何だ?」

ライアンが銃口を向けた瞬間、蜘蛛型ユニットの頭部にある照準センサーがライアンの額を捉え、赤く点滅した。

攻撃――!

「伏せろ!」

ライアンが叫ぶと同時に、兵器の頭部から直線的な熱光線が発射された。床が一瞬で灼け焦げ、肩をかすめた空気が、溶けるように歪む。

「くっ……!」

エリカは咄嗟に机の陰に体を滑り込ませ、蜘蛛型兵器の死角へと潜った。

「やっぱり、この施設……おかしいですね……!」

「ああ、研究者の抹殺と資料の隠滅。それに加えて侵入者の排除までとは……徹底してるな」

ライアンは、短く息を吐くと、対電子駆動兵装用のテーザーガンに持ち替えた。

照準から熱線発射までは0.5秒ほど。その猶予を考慮し、机から一瞬だけ体を乗り出した。

テーザーを構え、撃つ。頭部のセンサーは赤く光り、再びライアンの額に狙いを定めるが、それよりも早く、脚部に撃ち込まれた電極が閃光を走らせた。

バチッ……ォン……。

頭部のセンサーが光を失い、蜘蛛の姿を模した兵器はその一瞬で動作を停止する。

――かと思われた、が、

キィィィン……!

頭部に再び赤い光が灯り、すぐにライアンを捉えた。

0.5秒。戦闘の最中、その一瞬の安堵は、明確に生死を分ける。

「ライアンッ!!」

全てを焦がす熱線は、放たれた。

どうも、クジャク公爵です。


第2編の2章目です。

短いほうが読みやすいかもしれないとおもい、短めです。

ええ、半分嘘です。

正直に言うと、この先の執筆が進んでいないのですが、このまま投稿の期間が空いてしまうのもよくないと思い、展開の途中で投稿になっています。

+短いほうが1話が読みやすいかな?の実験です。ぜひ感想で意見をお寄せください。

この続きも展開の構想自体はできているので、心配せずにお待ち下さい。


今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。

評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。

良ければ、また次回、お会いしましょう。

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