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第12章 白い花

「さあ、ノヴァァ……死ねよ……!!」

赤く燃えさかる劫火の中に、エリカとカブトは立っていた。

崩れ落ちた天井から抜ける熱気が、黒く染まった病室に爆炎と黒煙の渦を形作る。

「ああアあアああああアッ!!」

カブトの全身に赤黒い文様が浮かび上がる。火傷の跡がひび割れ、皮膚を焼き裂いていた。その異形の力に呼応するかの如く、生み出された爆炎は床を這い、壁を焦がしてエリカへと伸びてくる。

(まさか……!意図的な……暴走!?)

とっさに防御の構えを取るが、大蛇の如く伸びた爆炎はすでに常人が真正面から受け止められる領域を超えており、エリカは部屋の隅にまで弾き飛ばされた。

煤にまみれた壁にエリカの華奢な肉体がたたきつけられる。肺のに残る空気はすべて吐き出され、打ち付けられた胸骨が悲鳴を上げる。盾にした左腕は、もうそこにある感覚すら残っていない。

(威力が……桁違いに、上がっている……)

聞こえる音が遠くなっていく。見える視界が狭まっていく。周りの炎の熱も感じなくなっていく。

赤黒く燃え上がる光に包まれた”暴走体”は、そんなエリカの状態など知らぬがごとく、咆哮を続け、爆炎を吐き続ける。暴走をする前から度重なる爆発に飲まれ続けたエリカの体は既に限界を超えていたのか、いつの間にか足のつま先を動かす命令すら聞いてくれなくなっていた。

(立たなきゃ……)

朦朧とする意識の中に、かろうじて残る自分の"正義"という"芯"が、心を奮い立てる。だが、感覚も、鼓動も、肉体そのものが、それに応じてはくれていなかった。

(ああ、ここまでなのか……)


(――ヴァルデス……たすけて……)

赤と黒の炎に飲み込まれる視界の中、エリカの意識は白い世界の海に沈んでいった。


四階から爆音が響き続ける中、アズは息を切らして五階の廊下を駆けていた。

「ライアン君……はぁ……どこ……?」

叫び続けていた声も枯れ、荒くなった呼吸が逆巻く熱気と共に肺を焼く。

五階の病室はあらかた回り切ったが、この階には暴徒も患者も、誰一人いなかった。いや、それどころか、ライアンの病室にあったような惨劇の痕跡もなく、まるでこのテロが起こる前から誰もいなかったように気配が感じられなかった。

(これは……おかしいやろ)

思い返してみれば四階にも、突入したときに人の気配はなかった。そのことから、アズは一つの可能性にたどり着く。

(ライアン君が全員避難させた?ありえへん。それならライアン君だけが襲われるはずがないやん。てことはつまり……テロリスト側が避難させたってこと?……いや、今はライアン君を探すことが優先やな)

五階の捜索を終えたアズは余計な考えを振り払い、最後の階段を駆け上がる。

屋上へとつながる鉄扉は開いていた。火災の熱気で歪み、今にも剥がれ落ちそうになっている扉の取っ手部分には、誰のものかわからない血が、べっとりとついていた。

(なんやこれ……)

扉を抜けて屋上に出ると、中で熱を帯びていた空気が冷たい外気と混ざり合った。アズの来た入り口からは血痕が奥へと続いており、闇に浮かぶ屋上の中央には大きな血だまりがあるように見えた。

アズはその血だまりの中に影を見つける。

「ライアン君!」

駆け寄ると、それは血にまみれ、意識を失ったライアンだった。アズは素早く生命の確認を行う。

「脈は……微かやけどある。この環境やと呼吸は危険やね。あとは……出血が多すぎる」

ボロボロになったライアンの容態は悲惨なものだった。全身の皮膚は火傷でただれ、いたるところから出血している。外からは見えないが、内臓も相当なダメージを受けているだろう。

確認を行いつつ、腰の装備ポーチから対応する処置具を取り出し、すぐに処置を開始した。

呼吸補助用のマスクをつけ、出血箇所を止血し、全身にやけど治療用の軟膏を塗る。現場でできる応急処置としてはできる限りのことをした。

(できることはした、でもこのままやとじきに病院そのものが崩れる……!)

アズは冷静に判断を下す。ライアンを背負って、非常階段で脱出する。それが今、自分にできる最善。

「ほな、行こ。しっかり捕まっててな――」

彼女が肩を差し出し、慎重に体重を移し替えようとした、そのとき。

ゴゴゴ……という低音の振動が、屋上の床下から響いた。

「――えっ……?」

金属がきしむような音。床板がたわみ、瓦礫が小さく跳ねる。そして。

床が、爆ぜた。

「――っ!!」

咄嗟に距離を取ったアズの目の前で、屋上の一部がごっそりと抜け落ちた。瓦礫と煙が巻き上がり、足元の空間が爆炎でまるごとえぐられる。その隙間から、下の階にあった病室が覗いた。燃えさかる火炎と破壊の黒煙に彩られたそこには――

「……誰や……あれ……?」

――銀髪の白い花が咲いていた。

エリカは白い海にいた。


真っ白なその世界は現実で起こるすべてのことを洗い流し、天国へと連れてってくれるような、そんな優しい気配がした。

ただその中に、全身を打ち付けられボロボロになったはずのエリカは立っていた。

痛みは全くなかった。さっきまでなかった左腕の感覚もある。

ただ、なにかが心の中心から抜け落ちたような虚無感がエリカをそこに漂わせていた。

「もう、どうでもいい」

そんな囁きが、心のどこかで聞こえた。エリカの口から直接漏れたわけではない。だが、紛れもない自分の声が、無限の空間に木霊する。

「わたしなんかに、できるわけない。止められるわけない……。無理なんだよ、こんな化け物……」

「"わたし”も化け物なのに?」

真っ白い空間に真っ白い影が現れた。その影は、笑うでもなく、泣くでもなく、ただ無表情に問いかける。その声も、その表情も、その姿も、何もかもがエリカ(じぶんじしん)と同じものだった。

「化け物にはもうならない。自分を制御できない力なんて、意味ないよ」

「でも、今はその力が必要でしょ?」

もう一人のエリカは甘い言葉をささやくようにしっとりと問いかけた。それは悪魔の誘惑なのかもしれない。だが、そんなことは関係ない。わたしは、もう死にゆくだけの命なのだから。

「もう、できることはしたの。それでも、届かなかった。それだけ」

「だから、あきらめて死のう……って?」

その声は自分のはずが、自分じゃないように聞こえた。今すぐにでもわたしの胸にナイフを突き立てるような、そんな冷徹な威圧感を帯びた声だった。

「ちがう……。死にたいんじゃない……」

白い影は一歩、ふわりと近づいてくる。

「じゃあ、どうしたい?」

本当はわかっていた。目の前にいるエリカも、ここにいるエリカも、この空間すべてがエリカであることに。死の間際ですべての皮がはがれた自分でないとその答えを口にできない自分に怒りが煮え立つ。

「……ただ、無力さに絶望しただけ。自分が他人を傷つけるのが怖くて、事故を起こした責任から逃げたくて、世間の"正しさ"を言い訳にする。そんな自分が厭だった……。だから……」

今、はっきりと自分の過去に向き直る。


「強くなりたい……!」


強く願い、顔を上げたエリカの眼前が、ひび割れた。割れた空間の隙間から、濁った赤い色と冷たい熱気が真っ白な空間に流れ込む。

赤黒い結晶が見えた。妖しく光る結晶は、流した血の色にも見える。

――呼んでいる。

そう、エリカには感じられた。

「手を伸ばせば届くかもしれない。でも、戻れないかもしれない」

白い影はいつの間にか消えていて、どこからか声が響く。エリカはその声に、初めて自分の口で答えた。

「……覚悟はできてる」

もう、エリカにはわかっていた。これが選択だと。過去の自分が犯した罪から、逃げて死ぬのか、戦って死ぬのか。

迷いはあった。それでも

――これが私の"正義"だから……!

エリカが紅い結晶に手をふれた時、白い世界は――赤黒く染まった。

「ああ……ああああぁっ!!」

心の中にドス黒い何かが流れ込んでくる。その感情の奔流に声を抑えることもできず、肺の奥から嗚咽が漏れ続けた。言い知れぬ感情に心が染まる。怒りとも、憎しみとも、悲しみとも取れぬその心の奔流が、エリカ自身の意志を奪い、強制的に激情を促した。

流れ込んできたそれは、記憶だった。

あの時――エリカが暴走した時の記憶。服を剥がれ、地面に伏せたあの時の記憶だった。

ただ一点、違ったのは視点だった。目の前で私が唸り、光る。

目の前の私が光った次の瞬間、全身に激痛が駆け抜けた。脚の骨が軋み、背中が砕ける感覚。全身を駆けるその痛みが、鋭く叫びをあげた。

「が……ああああああああッッ!!!!」

目の前が真っ暗になった。視界を奪われたことで、全身を覆っていた激痛がさらに牙を突き立てる。

痛い、痛い、いたい、いたい、いたい……!!

痛みが止まらない。叫び、泣き、それでも消えない痛みに、怒りも憎しみも悲しみも沸いていくる。そしてそれを与えた張本人――()()()()()()()()()

(――!!)

エリカは、そこまで感じて初めて、それがカブトの記憶だと気づいた。自分への憎しみ、怒り。それら全てが、まるで自分に起きたの出来事のように感じられる。だが、それに気が付いたとしても、エリカの心の中で暴れ続ける感情の奔流は止まらない。

記憶のすべてが嫌だった。教師に交渉しても取り合ってもらえず退学を進められたことも、自分で試験に挑んだ時の面接官の憐れんだ眼も。

カブトの記憶が生み出す劣等感や怒り、憎しみの感情に、エリカ自身の罪悪感が加わる。

もはや抑えきれない感情の奔流は、今にも内側から肉体のすべてを引き裂くようだった。全身の痛みは消えない。これはあの時カブトにエリカ自身が与えた痛み。

この赤黒い空間で感じる全てが、エリカに、「力を解放しろ」「そうすれば楽になる」と叫んでくる。

痛みと激情が支配する中、中心でうずくまった心には――それでも、"正義"が宿っていた。

「うぅ……これは私が……受けるべき"咎"……」

確かに、”力を解放”すればこの痛みからも救われるのかもしれない。

「でも……それは」

再びの暴走を意味する。結局、今この痛みも、その”暴走”が発端となっている。それでは負の連鎖は終わらない。


何のために、立ち上がるのか。

「私の……!私自身の正義のために!」

赤黒かった空間が白んでゆく。全身を駆け抜けた痛みが味方になる。激情は今も心に巣くっているが、心は穏やかだった。


エリカは心に浮かんだ言葉を静かに叫ぶ。

白い花(ヴァイス・ヘルツ)満開(ブリューヘン)!!」

爆炎がうねり、崩れた天井の隙間から新たな瓦礫が落ちる。その中、ふと、病室の空気が変わった。

「……誰や……あれ……?」

アズが屋上から覗き込んだその空間、燃え盛る煙の海の中央に――

静寂の中、それは、咲いていた。

黒煙の中心。灼熱の熱風が舞い上がるその只中。

音を、気配を、すべてを遮る白が、そこに存在した。

まるで光が形を持ったような、白の影。

一歩、また一歩と、灰の海を踏みしめ、現れる。

銀に光る髪が揺れる。

煤に汚れた服が風を受けてはためく。

その姿は、まるで――咲いたばかりの白い花のようだった。

「……エリカ……ちゃん?」

アズの声が、思わず漏れる。

「嘘や……こんなん……。まるで白い花やわ……」

紅蓮に染まった空間に、ただ一輪、白が咲いていた。

「ノヴァァ……」

カブトの唸るような声が漏れた。

血のような赤い紋様が全身に浮かぶその体は、もはや人の形をかろうじて保っているだけの異形。

姿を変えたエリカを見つけた瞬間、その目の奥に再び炎が灯る。

「エリカ・ノヴァァァァアアアアッ!!」

咆哮と同時に、爆炎が地を割る。

床が吹き飛び、破片が疾風のように飛び交う中、カブトの脚が力強く地を踏みしめた。

赤黒い力の塊が、真っ直ぐにエリカへ向かってくる。

だが。

「――!」

風が吹いた。

白い光が、爆炎を弾いた。

そしてその次の瞬間には、エリカの体は前へと跳んでいた。

爆風を裂くように、銀色の髪が揺れ、白く光った腕が、カブトの赤黒い炎と交差する。

衝撃音が空間を引き裂くように鳴り響き、互いの能力が激突する。

「がああ……っ!」

赤黒い爆炎を白い拳が裂き進む。

カブトの全身が軋み、爆発を孕んだエネルギーの奔流が体中の皹から走る。だがそれを上回る密度の光が、エリカを包み、襲い来る衝撃波を無傷で受け止めていた。

「さっきまでの私なら……もう死んでいたかもね」

エリカが静かに言う。

その声は、澄み切っていた。怒りも、焦りも、もうそこにはなかった。

あるのは――覚悟だけだった。

「ノヴァァァアアアアアアアッ!!!」

再び咆哮とともに、カブトの腕が振り抜かれる。

それと同時に、けたたましい爆音が轟くが、エリカは動じない。

白い光が彼女の全身を包むたび、動きが一段速くなったように見えた。

「もう、見えてるよ……あなたの動きも、感情も、ぜんぶ」

その言葉と共に、エリカの拳が見えない速度で振るわれる。エリカと敵とをつなぐ、一筋の白い光条だけが、そこを拳がなぞったことを物語っていた。

直後、カブトの体が後方に吹き飛び、爆風を巻き起こす。

「っぐ……がぁあ……!」

自我を失くした"化け物"は立ち上がる。だが、その足取りは明らかに鈍っていた。

その様子を見て、エリカはゆっくりと、静かに構えを取り直す。

「私はあなたを……倒す。だけど、それは憎しみからじゃない」

「力を振るう理由……使い方を間違えたら、私もあなたと同じ、"化け物"になってしまう……」

「だからこそ、私は――私の”正義”を貫く」

その言葉とともに、白い光がさらに輝きを増す。

全身を包み込むように放たれる光は、すでに爆炎をも凌駕する勢いだった。

それは、エリカの新たな“矛”であり、そして“盾”でもある。

「ノヴァァアアッ!!」

咆哮と同時に、カブトのひび割れた皮膚から膨大なエネルギーが噴出する。

彼の両腕に浮かび上がった赤黒い紋様が、明滅を繰り返し、腕を振り抜くと同時に――爆ぜた。

「ガアア……!」

腕の軌道をなぞるように、空間が裂ける。

そこから連鎖的に、複数の爆炎が一直線に伸び、火柱となってエリカを追い詰める。

爆発の蛇が何匹も噛みつくように、周りを囲み一斉に襲い掛かる。

(この程度の炎なら……!)

白く纏われた光は、その爆炎が届く一瞬、より強く光を放ち、炎を飲み込む。エリカは、無傷でそこに立っていた。

だが、カブトの攻撃は終わらない。

「死ねエエエエエェェェ!!」

少し力を溜めたかに思えた次の瞬間、その両の掌から、直線状に圧縮された爆炎が射出された。

ビームのようなそれは、ただの火炎ではない。爆発の中心部だけを射出し続ける、極めて破壊力の高い技。

(まだこんな技があったなんて……)

高密度に圧縮された熱線は、床を焼き、瓦礫を溶かしてエリカを貫く。だが、熱線が貫いたそこには、すでにエリカの姿はなかった。

壁を蹴り、炎を縫って、エリカは既にカブトの懐に飛び込んでいた。

「お前……お前ェエエエッ!!」

怒りと焦りがカブトの中で混じり合う。

左手を掲げ、構築した爆炎をそのまま右拳へと纏わせる。

「これが、俺の……最強の一撃ダァァァッ!!」

シリウスの奔流と爆発のエネルギーが拳へ集中する。

――圧縮爆弾拳。砲撃と肉弾の融合。破壊の極致。

咆哮とともに、振るわれたそれは、空気ごと空間を裂くような、圧倒的熱量をもった一撃だった。たとえ当たらなくとも、この病棟ごとエリカは破壊されるだろう。

だが

「遅い」

エリカの声が、静かに響く。

死の一撃が迫る刹那、白い光は一閃した。

それはまるで、花びらが風に揺れるような――静謐な動き。

拳と拳が、交錯した。

爆炎が咆哮する。だが、エリカの白光はすべてを貫き、砕き、押し返した。

カブトの全身が、後方へとふっ飛ぶ。耐え切れずに病室の壁が崩れ、天井から瓦礫が散る。

右腕に込められた赤黒い爆気が霧散し、膝をついたカブトが、初めて、その顔に恐怖に似た表情を浮かべた。

「オ、俺ガ……コノ俺ガ……!」

ボロボロの身体から、さらに爆炎があふれ出す。足元には赤黒い文様が広がり、肉が裂け、骨が軋む。

「ガアあああああああああああッッ!!」

全身が光る。爆発の核が、内側から形作られている。

エリカはそれを見て――息を呑んだ。

「まさか……自爆!?」

カブトの全身が、発光を越えて燃えているようにすら見える。浮かび上がる赤の紋様は、もはや呪いのように血肉を侵食し、細胞の一つ一つを焼き尽くしていた。

「オ前ダケハ……殺ス……殺スゥゥゥウウウッ!!」

先ほどの一撃とは比べ物にならないエネルギーの波動が、カブトから発せられる。それは、盾となるはずの白い光を纏っているエリカですら、太陽が隣で燃えているのかと錯覚するほどの熱気だった。

(こんなものが解放されたら……)

全てを巻き込んで一帯が吹き飛ぶ。そう確信できるほどに、込められた熱気は胎動を強めていた。

「そんなことは……させない!!」

エリカの”正義”―――周りの人たちを守るという”覚悟”は、行動の可不可を問うことはなく、その力を実行に移していた。

エリカの周りにまとわれていた白い光が、その光を強め、爆弾と化したカブトの体を包み込む。依然として爆弾は胎動を続けていたが、それを包み込んだ白い光は、花弁のようなエネルギーの膜を形成し、ひとつの”蕾”となった。

辺りを焼き尽くす爆弾を、すべての力を使って覆ったエリカは、光を失ってその場に倒れ込む。

光の力で忘れていた痛みが、波のように襲ってきた。左腕が焼け、全身を磨り潰さんがごとく、鈍痛が繰り返される。

(逃げ……なきゃ……)

白い花弁で覆ったとはいえ、高威力の爆発が起こることに違いは無い。下にいた人たちへの直接の被害は出ないかもしれないが、至近距離にいるエリカは助からないかもしれない。

だが、度重なる爆炎を受け、過去にないほどに酷使されたエリカの体は、もうすでに限界を迎えていた。

左腕どころか、全身が、ピクリとも言うことを聞かない。

諦めたわけじゃない。ただ、肉体の限界を超えることはできなかった。

「ウガァァァァァァァァアアアアア―――――!!」

狂気の絶叫とともに、カブトの体は限界を迎え、爆炎の胎動が解放される。

「くっ……!」

そして、視界が、赤に染まる。

その瞬間だった。

「エリカッ!!」

爆発の轟音とともに、誰かの声が――重なる。


―――――――――――


―――――――――


―――――


――


自分の体が壁に叩きつけられたはずなのに、痛みがない。

爆炎に焼かれるはずの皮膚に、熱が届かない。

煙と埃が、次第に晴れていく。

その中心に、片膝をつきながら、金色の盾を展開する一人の男がいた。

「よぉ……生き……てるか……?」

ライアンだった。

火傷だらけの腕。血に濡れた瞳。何度も崩れかけた体を、それでも支え続ける脚。

その全身を酷使して、彼は――エリカを、守っていた。

「ライ……アン……」

エリカの声は、息のようにかすれた。

「俺たちは……相棒……だろ?……1人で格好……つけるなよ……」

その言葉の直後、エネルギーの壁が砕けた。

最後の防壁だったシールドが、音もなく霧散する。

霧散した壁から現れた世界は、瓦礫と灰と黒煙が支配する死の世界。だが、それでもそこはまだ、病院の4階部分だった。4階と3階を隔てる床は鉄骨がむき出しになり、5階や天井は原型すら残らないほどに崩壊している。だがそれでも、まだ病院の4階であることが、白い力でそれ以上の被害を防いだ証明にもなっていた。

焼き尽くされた空間、その奥には――既に人としての形を失った、カブトの残骸があった。

白い蕾の内部で起こった爆発の熱量と衝撃に、骨も肉もすでに原型をとどめていない。

残ったのは、ただ、誰かの生き様が焼き付いた痕跡だけだった。

エリカはそれを見た瞬間、言葉よりも気持ちよりも先に、涙がこぼれた。

「……っく」

戦いが終わった。いや、終わってしまった。

嫌いだった。カブトは敵だった。絶対に許せなかった。

でも……あれは確かに、「わたしの暴走の被害者」だった。

(本当に……これで、よかったの?)

今さらそんなことを考えても、何も変わらない。

でも、心は否応なくその問いに引き裂かれていく。

「……エリカ?」

ライアンの手が、そっと肩に触れる。

「すみません。大丈夫、で……す……」

そう言った瞬間、エリカの視界が傾いだ。

世界が、ゆっくりと、静かに、暗く沈んでいく。


薄れゆく意識の中、複数人の足音に混じってアズの声が聞こえる。

「エリ……ん!だれか……救……を!……はよ…して……」

落ちる意識の中に聞こえたその声に、安堵と、後悔と、終わりの気配を抱きながら――

エリカの意識は、そっと夜の闇に沈んでいった。

どうも、クジャク公爵です。


第12章=第1編最終章です。

いや、区切りいいか?と思った人もいるかもしれませんね。だって謎は何一つ解決してないのですから。

まあ、その通りです。何にもわかりません。むしろ深まった部分すらあります。

大丈夫です。人生なんてそんなもんですから。求めていた結果が得られるものなんて少ないですよ?

…………冗談です。

はい。今回の章まででは、主人公エリカや周りの人物たちの立場や関係を明確にすることと、ちょっと強い一般人だったエリカが、ちゃんと"主人公"として立ち上がるまでを書きました。

それぞれの組織や人たちのことをエリカを通して知り、解決していくのは次章からになります。

まあ、ほんとにちょっとしか出てないキャラとかいるし。。。

楽しみにお待ちください!


今回の作品もお楽しみいただけていれば、幸いです。

評価・感想もらえれば空を飛んで喜びます。

良ければ、また次回、お会いしましょう。

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