聖女発覚3
ハロルド王子が18歳を迎えて、王宮でみんなでするお勉強は終わりになった。学友はそれぞれの場所で職務経験を積むことになる。ジョンは近衛第一連隊の少尉に、トマスは父親である外務大臣の秘書に、フィンは王子の秘書になりワイアットは国務官僚兼王子の秘書になった。
メルトは最後の授業が終わった後に呟いた。「僕はどうするんだろう?森に帰るってことかな。」
壁ドン!
「ちょっと何を言っているのかわからないな。私のために何でもすると言ったのは嘘だったのかな?」と王子。
「いや、でも、僕の本来の職場はですね・・・。」王子の圧がすごくて思わず視線をそらす。
王子がメルトの顎を人差し指で持ち上げた。「おかしなことを言うのはこの口か?うん?この口か?」
「ひぃぃぃ。ごめんなさい。」
メルトに与えられた肩書は特命魔法官。軍の階級は少将。いくら何でも入隊資格のない子供が、初任官でこれはないわ。ジョンが少尉で僕が少将って、本当に困る。仕事の内容は今までと特に変わらず王子の出席する公式行事にリンクコーデをして護衛として参加すること。なので、毎日王宮に行く必要はなくなった。
ある日の国王の執務室にて
「陛下、こちらは聖水で作ったお酒です。聖水は異界から湧いて出るものでございますから、飲めば、この世ならざる力を取り込むことができます。」
祭司が銀の水差しで銀の杯にとぽとぽと琥珀色の液体を注ぐと、国王は一息に飲み干した。
「陛下、ハロルド王子殿下はご立派にご成長なされました。そろそろ殿下に真の試練をお与えになるべき頃合いだと思います。」王位に就くには、それにふさわしい実績がいる。
「うむ。」国王は頷いた。
メルトは、数日後に行われる奉献祭の導線確認のために王宮に来た。奉献祭は夏至と秋分の中間点で行われる太陽神に捧げる祭りだ。打ち合わせのために、まずは王子の執務室へ行って、次にジョンのお父さんグラハム少将のところに行く予定だ。
エントランスで祭司に呼び止められた。
「あっ、祭司様。お久しぶりです。」なるべく自然な笑顔を作った。
「リリー少将は、今日は何をしにいらしたのかな?」茶目っ気たっぷりに言った。
「少将はやめてください。便宜上そうなっているだけですから。今日は奉献祭の王子の導線確認です。祭司様の執り行う儀式を拝見することを楽しみにしています。」
「今年の奉献祭はいつも以上に盛大にしたいと陛下が仰せになっておりました。儀式もそうですが、その後の武技競技会も楽しみですね。君は何かの競技に出場しないのですか。」
「剣の模擬戦に出ます。」
「それは楽しみです。君はそのうち、うちのブレナン王子の護衛もしてくれるようになるのだろうね。」にこやかに微笑んだ。
言葉に詰まって、辛うじて「王子のご誕生おめでとうございます。」と答えた。
後ろから左肩を掴まれた。王子だ。「これはこれは、ミカエル祭司。私のメルトに手を出さないでください。いくぞ、メルト!」笑顔の仮面が剥げかけている。
「ふふっ、まるで恋人みたいな物言いですね。まだ殿下のものだとは、決まったわけではありませんよ。」
「決まっている。陛下が黙認しているということはそういうことだ!」そう言うと、メルトの手首を掴んで引いていく。
メルトが、祭司の方を振り返ると、「メルト君。一度、ブレナン王子に会いに侯爵邸にいらしてください。あなたの仕える主になるかもしれませんから。」と手を振った。
王子はずっと機嫌が悪かった。フィンとワイアットから奉献祭の式次第について説明を受けた際に、何故今年の奉献祭は盛大になるのか質問をしたが、二人は王子の様子を伺ってから首を横に振った。今は言えないらしい。
奉献祭の日、メルトは手首、襟、裾に銀糸で刺繍を施した白い半袖上衣に儀礼用の英雄帯をし、白いパンツ、茶色い編み上げブーツを履いた。
「メルティ、頑張ってね。お姉様も後で応援に行きますからね。」とマリアが言った。
「今日は一般公開だから姉さまは来なくていいよ。人も多いし、危ないからお邸にいて。」
「一般公開するから行くんじゃない。」普段は見たくても見られない。
「ダメ絶対。僕が、お仕事に集中できなくなる。来たらホント怒るからね。」きつく言うとマリアは少し寂しそうな顔をした。胸が痛まないわけではない。でも、時魔法のバレる可能性が高まる場所には来て欲しくない。なんなら永遠にこの公爵邸の中だけにいて欲しいくらいだ。
「じゃぁ、行ってきますのハグをしたら許してあげる。」マリアが不貞腐れて言った。
ハグなんて小さい頃から何度もしている。
「もう、仕方がないな。」ぎゅう。
背が伸びてマリアとほとんど同じ身長になり目線が合うようになった。それは少し照れるかな。お互いに。「行ってきます。」「気を付けてね。」マリアが小さく手を振った。
奉献祭は太陽神に捧げる祭りなので、太陽の下で行われる。会場は、普段、軍が騎馬の訓練に使っている平原で、一般民衆も観覧でき、その後の武術大会に参加することもできた。一般民衆と距離が近いので王族の警備に気を遣う。王子付のメルトとフィンだけでなくジョンも警護に加わった。王子は若き太陽に相応しく、深緑の上衣に金糸の刺繍、太陽を模した大きな金色のブローチでマントを留めて、あとはメルトと同じ格好をしている。金髪の王子と銀髪のメルトが並ぶと、太陽と月のようで儀式映えした。
奉献祭の前半はミカエル祭司が取り仕切る儀式で、各地方領主が、今年の初刈りの麦穂を太陽神の代理人である王に献上し、王はその代わりに祝福を与えた。その後武術大会となり、今日の一番のお楽しみが始まる。剣舞から始まり、やり投げ、競馬、模擬戦、魔法部隊の演技が行われる。模擬戦には王子もジョンもメルトも参加する。祭祀の一環なので、木刀3本勝負と決められていた。一般参加者はあらかじめ予選で一定の水準ある者に絞られている。勝ち抜き戦の準決勝、決勝以外は一度に何組も試合が行われ、それぞれの試合場に観客が集まった。メルトにもmilk tea&chocolate の会員が応援に付いている。
「「「「メルティ、頑張って♡」」」」
手を振れば「「「「キャー!」」」」と騒がしい。
「坊主、そんな華奢な体で剣なんて振れるのか?」鍛冶屋のムキムキなお兄さんが言った。
メルトは絶賛成長期でひょろりとして見える。しかし剣の英才教育を受けて来たと言っていい。「こう見えて僕は強いんだぞ。」頬を膨らませた。
「始め!」
メルトは早々に地面を蹴った。頭を狙うと見せかけて胴。
「1本!」
「速いな、坊主!」お兄さんが脇腹をさすりながら言った。
「不戦敗にした方がいいんじゃない?」不適に笑って見せた。
「あんま、調子に乗んなよ。」そう言うと今度は向こうから攻めて来た。
大きく振りかぶって左肩目掛けて振り下ろす。メルトは右に避ける。相手が勢い余って体勢を崩した。そこで首筋に優しく1本入れた。チョロすぎ。
剣を嗜む貴族になるとこれほど楽にはいかないが、順調に勝ち上がる。そして王子とぶつかった。
「君の応援団はすごいな。」
「僕のは姉さまのお友達ですよ。殿下の方が余程ガチですね。」
「ハル様、頑張って♡」近衛隊が試合場を取り囲み野太い声で声援を飛ばす。「クソ餓鬼に近衛の神髄を見せてやってください。」「ファイト、ファイト!」なんか、私怨も混じってそうな気がする。
「ほら、よそ見するなよ。行くぞ。」王子が先手を取った。
王子の剣は速くて重い。まともに受けては次の手が遅れる。連打速攻あるのみ。喉元目掛けて飛んでくる剣を上から押さえ、右下から切り上げられる剣を受けながら退き、空いた肩を狙う。弾かれるのは想定内でそのまま胴へ、一歩退いた王子に肩を攻められると、避けきれず相手の軌道に割り込む。王子の蹴りが飛んできた。流石実戦剣法。もう一度、喉、肩、肩。攻撃されて肩、喉、胴、と見せかけて肩だ。
パリン!避けきれず、メルトの代わりに氷が飛び散った。
「反則!ハロルド王子1本。」
メルトは2本目も同じように反則負けをした。メルトは剣よりも魔法を使う方が自然なので、王子に剣で負けるのは仕方がない。
「随分上達したじゃないか。もしよかったら、また近衛に練習においで。今は隊の雰囲気も随分変わったんだ。」変わったのは近衛隊だけではない。王子の言葉に気遣いが滲んでいる。
「ありがとうございます。考えておきます。」近衛はグレン副連隊長との思い出がありすぎる。メルトは苦しそうに笑った。
ジョンの準決勝戦が始まる。準決勝戦は皆が観覧席に戻って観戦する。先に準決勝戦で勝ち抜いた王子と一緒にジョンに声援を送る。「ジョン、頑張れ!」フレフレ、ジョン。フレフレ、ジョン!
相手はなんと女の子だ。目の下から顔半分を布を巻いて隠し、長い髪を一つに束ねている。体格はいい。が、しかしそれはあくまで女子にしてはであって、ジョンに比べたら明らかに劣る。鮮やかなピンクの髪が印象的だ。
「女だからって容赦しないからな。」とジョン
「女だからって、油断していると痛い目に遭うぞ。」と女剣士。
「始め!」
ジョンの剣は小技を好まず力に頼る傾向がある。力があるので速い。それに対して相手は速さと柔軟性があった。身軽で、しかも足技に躊躇がない。驚いたことにジョンと対等に渡り合っている。長い間双方応酬を繰り返し、ジョンは相手の剣を受けて強く弾き返した。相手はバランスを崩して仰向きに倒れた。ジョンが首筋に止めを刺そうと小さく振りかぶる。瞬間、女剣士はマスクを指で摺り下げてウィンクとキス真似をした。ジョンが一瞬戸惑う。相手の剣がジョンの脇腹を打った。
「1本!」
「狡いぞ!」野次が上がった。
「狡くないわ。使えるものは何でも使っとかないと。こっちはか弱い女の子なんだから。」
そう言ってマスクを直した。めちゃくちゃカッコイイ!
ジョンは軍の面子を守るため2本目を不戦敗にした。もし、戦っていたらどうなったろうと考えると、ジョンはああ見えて紳士だから、やっぱり勝てなかったんじゃないかなと思う。
決勝戦は、王子対女剣士に決まった。
「王子、頑張れ!」「負けるなローズ!」たくさんの声援が飛んだ。
「始め!」
女剣士の方が先手を取った。ジョンの試合の観戦が生かされており、王子は女剣士の足技にうまく対処している。踏み込んだ足には体重が乗るので、どちらの足が飛んでくるかは読みやすい。面白いことに王子も足技を多用した。相手に合わせて即興で戦法を変えられるのは流石だ。王子が相手の剣を受けて弾き返し、相手がバランスを崩して仰向きに倒れ、止めを刺そうと小さく振りかぶる。女戦士はマスクに指を掛けたが、そのまま剣は振り下ろされた。剣は首筋ギリギリに突き立てられ、マスクの布が裂けた。
「1本!」
試合は3本目まで行われ、見ごたえのある戦いの末、王子の優勝が決まった。王子が振り返って国王の方を見た。国王は軽く手を振った。喜んでいるように見えた。その様子に、メルトは何故か泣きそうになった。
最後に魔法部隊の演技を見る。メルトはこれも楽しみにしていた。15人の魔法部隊の隊員が王の観覧席を前に並んだ。3人1組で、1組だけが前列中央、残りの4組がその後ろで四角形をつくるように陣取った。前列の真ん中の魔法使いが礼をすると、その他の者も礼をする。息の合った動きに演技への期待が高まった。中央の魔法使いが手に持った槍を掲げた。太陽神の持つ槍に模しているが魔法部隊の杖だ。両隣の魔法使いが自分の持つ槍の先を中央の槍に集めた。他の4組も同じように動く。それぞれの槍の上に大きな魔法陣が現れた。以前、魔法研究所で見たものより断然大きい。魔法陣の真ん中に光の玉ができた。小さな太陽のように見え、観客席から歓声があがった。光の玉は徐々に大きくなる。それに従ってメルトの不安も大きくなる。これは雷魔法だ。この大きな雷をどうするんだ?
案の定、三本の槍はこちらに向けて倒された。「ダメだ!」
メルトは咄嗟に王子を押しのけて雪の壁を張った。雪に雷がぶつかる振動を感じ、さらに厚くしていく。間に合え、間に合え、間に合え、間に合え!
5回の衝撃を数えた。まだ攻撃は続くかと耳を研ぎ澄ませる。
悲鳴と雑踏の中、「捕えよ!」という号令を聞いた。しばらくして「確保!」という声を聞いた。
「ありがとう、メルト。私と陛下を守ってくれて。」王子に肩を揺すられ、メルトの緊張が解けた。
護衛がいた前方の観覧席が雪で潰れてしまっている。急いで雪を融かすと、逃げ遅れた兵士が姿を現した。重傷だろうが、まだ死んではいない。
捕まった15人の魔法使いたちは、メルトの姿を見つけると叫んだ。
「リリー、何故我らの邪魔をする!」
「次の戦いで、我らは捨て駒にされて終わるのだ!」
「何故私たちを助けない?何故私たちと戦わない?この裏切者!!!」
今日のマリアお姉さま。
「まるで私、夫を見送る妻みたいよ。小さい頃から仕込んでおいた私ってば偉い!天才!最高!」きゃっきゃっ。洗脳って怖い。
「キャロライン様、新しく会員になりそうな方がいらしたら、この会員規約をお渡しくださいね。」
「お任せください!私、バシバシ勧誘して参りますわ!」
「うーん、ちょっと違うけど、そうね、漏れなく捕捉することは大切ですわ。よろしくお願いします。」
雷のエネルギーは約1億ジュール、融ける雪の質量は約299kg、融ける雪の体積は約0.75立方メートル(75cm × 100cm × 100cm程度 圧雪密度400kg/m³の場合)とAIが教えてくれました。本当でしょうか。でもこれならメルティがいれば大丈夫です。




