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蝕5


「守り人が、何故そのような些末なことに心を砕いているのですか?力は用いてこそ力でしょうに。」

ミカエル祭司は王の従伯父マニサ侯爵の子で「知っている人」なのだ。目が合うと祭司は続けて言った「話の通じない相手には早めに力の差をわからせたほうがいい。そうでなければ、その者の悔いる機会を永遠に奪うことになりかねません。」整った顔で穏やかに微笑を湛えている。

言っていることの全部は理解できなかったけれど、言葉と表情がちぐはぐな気がして不安な気持ちになる。聖職者は、博愛とか人の道を説くものじゃないの?

「祭司様は、なんだか聖職者らしくないですね。」

「ふふふ、そうでしょうか?力が力だということは、自然の一つの真理ではありませんか。」

・・・それはそうだけど。

 「あ、祭司様がいらっしゃいます。そこで何をなさっているのですか?」王女の声とともに数人の足音がした。メルトは慌てて祭司にぴったりくっついていないふりをした。祭司がクスクスと笑っている。当然コートは膨らんでいるし、コートの裾から小さな足がのぞいている。

「この足は・・・「「「メルティ!」」」

観念してモゾっと顔をだすと王妃と女の子たちが立っている。誰も来ないと思っていたけれど、今日は運の悪いことに、温室で祭司の教話を聞くお茶会が開かれていた。

 ミカエル祭司はメルトの教科書の修理を請け負い、急ぎであれば帰りに教会に寄るように言って立ち去った。

 祭司を見送ると、王妃はメルトを見て明るく言った。「あらあら可哀そうに、寒いわね。温めてあげますから一緒にいらっしゃい。」

「ありがとうございます。でも、僕は寒いわけではありません。」

「ふふ、じゃぁきっと心が寒いのね。」

お見通しだ。

 王妃の後をみんなと一緒について行く。

「メルティ、あんな場所で何をしていたの?」「ちょっと一人になりたくて。」

「どうしちゃったの、メルティ!?」「いいの!こういう時もあるの!」

「まぁ。メルティが私たちに言えない悩みだそうよ。」「あら。それはもしかして恋のお悩みではなくて?」「キャー!いつまでも天使だとばかり思っておりましたのに。」「お相手は誰かしら。」「もしかしたら、私たちのうちの誰かかもしれませんわよ。」「「「キャー!!」」」

「「「で、誰?」」」

「えっと・・・秘密。」困って俯いた。

「「「キャー!!」」」

やかましいよ。

 図書室に入り、さらに奥へ進んで、誰も来ないような薄暗い一角につくと侍女が本棚の影になる壁に鍵を挿して回した。一見ただの壁は扉になっていて、押すと、せいぜい10人くらいしか入れない広さの隠し部屋が現れた。壁はブラックウォールナットの板張りで、鈴蘭の花のようなかわいい壁面照明と、クリーム色に花柄のカーペットが敷かれている。温かみがありながらどこか厳かで、公爵家の北領の館に雰囲気が似ている。入ってきた入口と別の扉が開いて、先ほどの侍女が軽食を持って現れた。女の子たちはさっそくソファーに座ってボードゲームを始めている。王妃はここでは堅苦しいことは無しだと言ってメルトにテーブル席を勧め、侍女がワゴン上でコップに蜂蜜を入れて温かい牛乳を注いでメルトと王妃の前に置いた。

「寒い日はやっぱりこれね。」王妃は一口飲んで幸せそうな笑顔を作った。メルトもつられて飲む。温かくて幸せな味がした。王妃はその様子をにこにこと見つめている。

「あなたは、北の国境近くに広がる森から来たのでしょう?」

こくりと頷く。

「私はこの国での話はよくわからないけれど、私の生まれた国にも伝説があるの。きっとあなたには面白い話だと思うのだけど、聞きたい?」

「「「「聞きたい!」」」」

ボードゲームはどうした?女の子は耳が敏い。

 私が生まれたリコリス国は魔法使いの国です。リコリスには魔法の使えない者はほとんどおりません。魔法が使えなければ生きる権利がないと言ってもよいでしょう。遥か昔、カサブランカの地は、リコリスが魔法の使えない者を追いやった場所でした。そして竜です。天界を追われた竜が初めて現れた場所はリコリス国だったのです。もしかしたら神々は、リコリスなら何とかするだろうと考えたのかもしれませんね。しかし竜はあまりにも巨大で、リコリスでも手に余りました。リコリスは国土を荒らされるのを防ぎ、民の犠牲を最小限にするため、竜をカサブランカの地に追いやることに決めました。そしてカサブランカとリコリスの今の国境辺りで竜の再侵入を防ぎました。リコリスとしても世界を無限に守ることなどできないのですから、仕方がないといえば仕方がないことですが、カサブランカには魔法使いがいないのですから無慈悲なことです。しかし、これを見かねたリコリスの一人の将軍がおりました。将軍は志ある者だけを連れてカサブランカの地へ出て行きました。ついていった者の中には将軍の三人の子も含まれておりました。将軍と同様に強い氷雪魔法を使う長男と、時魔法を使う長女、そして何故か無能な次男だと伝わっています。私は、将軍はこの次男を愛していたのだと思います。だから将軍はカサブランカの人々を見捨てることができなかった。親は出来の悪い子ほど可愛いものですもの。

 ここから先のことはリコリスには伝わっておりません。ですがカサブランカに残る伝説と合わせると、どう?面白いでしょう?」

「ということは、メルティはその将軍の末裔かもしれないってこと?」「きっとそう!だって夏でも氷をたくさん作れるもの。」「ジョンの剣が当たった時に飛び散る氷の欠片、実はおいしそうだと思っているのは私だけ?」「あ、わかりますー。苺シロップをかけて食べたらおいしそうよ。」「そこはレモンでしょう。」「練乳が一番よ。」

「「「で?」」」

で?「えっと・・・僕は苺練乳で。」

「「「そう来たかぁ。」」」

話は予測不能な方向に流れて、すごく楽しい。

「ところで、リコリスが魔法使いの国ということは、王妃様も魔法の使い手なのですか?」

「ええ。私は未来が見えるのですよ。」

以前に王女が自分は断片的に未来が見えると言っていたことを思い出した。

「未来が読めたら無敵だと思います。リコリス国はどうして王妃様を手放したのでしょうか。」

「なにも未来が見えるのは私だけではありません。それに当時のリコリス王はまだ幼く陛下に攻められて国内が混乱することは避けたかったのです。また嘘の未来を創作してカサブランカを混乱に陥れようという思惑もありました。ですが何よりも自国の軍事力に強い自信があるのです。未来が見えようが見えなかろうが、魔法強国でありさえすれば何とでもなると。力は力ですから。」

王妃は儀式に参加する以外に政治に関わることは行ってこなかった。だから政治には興味がないのだと思っていた。こんなに政治色の強い答えをするなんて驚きだ。

「いくら相手が僕だからって、隠さなすぎだと思います。」

「あら、そうかしら。私はあなただから話しているのですよ。」

あなただからとは、どういう意味か計りかねる。

「では、カサブランカの未来は明るいですか。」

「未来は変わります。よい未来が見えたとしてもそれを知って慢心すれば、そうはならないし、悪い未来が見えたとしても、変える努力を続ければ変えられます。未来視に大した意味はありません。」

「だったら質問を変えることにします。王妃様はカサブランカのことを愛しておられますか。」

「もちろんです。ハロルドとヘレンのいる国ですから。」

 午後は授業をさぼって楽しい時間を過ごした。メルトは私物を女の子のお勉強部屋に置かせてもらうことにして問題を解決した気になり、気分よく近衛の稽古場に向かった。

 稽古場には更衣室がある。隊士は通常宿舎で着替えるので、更衣室を使うのはメルトやジョン、他から来た客人等その必要のある特殊な者に限られた。

着替えの最中に扉が開いて近衛の隊士が10人ほど入ってきた。珍しい。

「あれ?君一人?」部屋を見回して言った。

「そうです。」ジョンはまだ来ていない。

「ふーん、そうなんだ。」隊士が目配せをしあい、微妙な空気が流れた。

一人がメルトの肩に手をかけて言った。「君、可愛いよね。女の子みたいだ。」

近衛でそれが褒め言葉なはずがない。メルトだって、それなりに上達している。

「いいえ男です。付いてますから。」肩の手を払った。

「そんなことは一向に構わない。むしろ構う奴いる?」

「お兄さんたちが、君の知らない、いいことを教えてあげよう。大人しくしていれば酷いことはしない。剣と同じだ。手取り足取り教えてあげるよ。」男がメルトの耳元で囁くように言うと、どっと笑いが起こった。

ぞわっと怖気が立った。

「屑。」

メルトの言葉を合図に男たちは一斉に襲った。引き倒され、押さえつけられ、服を引っ張られ、ボタンが飛んだ。メルトが絶望した瞬間、悲鳴と肉を割く音が部屋中に響いた。まるでスローモーションを見ているようだ。男たちは一瞬体を反らせると口から血を吐いた。訳が分からず見ていると、氷の刃がその体を破って顔をだし、血で汚れた顔がメルトに向かって倒れてきて、男の体を床板に刺し止めた。

「ギャ―――!!」

悲鳴と衝撃音がして仮設の更衣室が揺れた。王子とジョンと一部の近衛兵が何事かと駆け付けた。酷い地獄絵図が広がっている。王子はジョンに連隊長と副連隊長を使って人払いをするよう指示し、稽古場を一時封鎖した。グラハム少将が来て、倒れている隊士は大きな氷の杭が刺さって絶命していることを確認し、下敷きになって放心しているメルトを見つけて助け出した。乱れた着衣からその身に起こったことの想像がついた。

王子はメルトを抱きしめて何度も呼んだ。「ごめん、メルト。ごめん、お願いだから戻ってきて!」

来週の週末は投稿をお休みします。だからもう1話投稿しました。

ちょっと、いろいろありすぎな一日ですね。メルティが悲しい思いをするのは私も辛いので、一日にぎゅっと詰め込みました。え?こっちの方が可哀そう?

今日の雑談。食べ物は実在する料理ばかりなので、なんのことか考えてもらうと面白いかもしれません。メルティの嫌いな内臓料理はハギスです。興味があれば検索してください。世界の広さを感じられます。

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