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ヒーロー8


 メルトは久しぶりに近衛の訓練場に戻った。中隊の副指揮官や下級士官たちが隊士の1挙手1投足にまで厳しく口出しをしていることに気づいた。以前はもっとのびのびとしていたはずだ。

「ねぇ、殿下。何かあるのでしょうか?」

「さぁ。私の口からは、そのうちわかるとしか言えないな。」意味深に微笑んだ。

いつも優しいグレン副連隊長もなんだか近寄りがたい。

メルトは公爵に聞いてみた。公爵は何も心配はいらないと言うだけだった。

訓練場以外の様子は普段と変わらないように見える。ただの隊の紀律統制だろうか。それにしてはピリピリとした緊張感は日に日に高まっていっているような気がする。

 ある夏の日、稽古が終わった後の人が疎らになった頃に、グレン副連隊長が珍しく訓練場に残っていた。グレン副連隊長は人気のない観覧席に移動し、革製の胸当ての中から手紙を取り出して読み始めた。

「何かいいことが書いてあるのですか?」メルトは帰りの挨拶をするつもりで話しかけた。

「そう見えるかい?」

「笑っておられるようでしたから。」

「妻から手紙が来たんだよ。内容は取るに足らない近況報告なんだけど。最後の行、ほら見てくれ、アーロンが自分で書いたんだよ。」顔をほころばせて、手紙を見せた。

たどたどしい文字で、「お父さんお仕事がんばってね。」と書いてある。

「今年から学校に通い始めたばかりだというのに、もうこんなに書けるなんてあの子は天才かもしれない。」

「少なくとも、父さまを喜ばせる天才だと思います。」

「ハハハ父さまか。そんな上等なものじゃないけどな。たったこれだけの文字で無限に頑張れるような気がするんだ。本当に天才だよ。」

とてもやさしい顔をしている。今なら何か聞いてもいいかもしれない。

「そんなに大切な手紙なら、わざわざこんな所に持ってこずに士官舎で読めばいいのに。」

「そんな雰囲気じゃなくてな。」真顔になった。

「何かあるのですか?」

「機密だ。何も言えない。」

みんな何も教えてくれない。「僕は第1連隊の隊士見習じゃないの?」メルトは口を尖らせた。

「まだまだ。副連隊長くらいにならないと機密情報は降りてこないぞ。君なら初任官でそれということもあり得るな。だから今は余計な心配をせず、よく食べてよく寝て大きくなれ。」

グレン副連隊長は立ち上がると、メルトの頭をぽんぽんと叩いて行ってしまった。

 秋、突如として事の全貌は明らかになった。

偶然か采配か、メルトの王城でのお勉強が始まる時間に、隣国アストラガス王国との国境にある要塞から伝令が来た。

「要塞が敵軍の攻撃を受けている。至急援軍を派遣されたし!」

流れるような速さで事は進み、あっという間に王城前の広場に近衛連隊のうちの第1連隊から第3連隊までと、魔法連隊2連隊が整列した。軍服を纏った王が姿を現す。メルトたちはマニサ侯爵の計らいで城郭の上から出陣式を見た。王国旗がたなびいていて、時折馬の鼻嵐が聞こえてくる。メルトは初めて魔法連隊を目にした。鎧はなく、みな背丈ほどの杖を携えている。どのような魔法を使うのか見てみたくなった。

ミカエル祭司が祈りの言葉を唱えた。

「太陽神ルーよ、我らの手にあなたの技を宿らせたまえ。

我らに調和を与え、我らの敵に混乱を与えたまえ。

我らはあなたの技の器なり。

風が我らの背を押し、火が我らの心を燃やし、我らはあなたの照らす道をあなたとともに進みます。

かくあらんことを。」

リミン教会の聖職者が兵士一人一人に聖なる井戸から汲んだ聖水の祝福を与えた。

総司令官であり王の叔父であるオーラタム伯が兵士に向かって士気を鼓舞する。

「ルーは必ずや我らを勝利にお導きくださる。王と王国のため、つわものたちよ、戦え!」

「「「「カサブランカ王国、万歳!」」」」

兵士たちは勇ましく戦場に向かった。


同日、王は緊急事態宣言を出し議会を停止した。その後戦費調達のため強制公債の発行を命じる。強制公債とは臣民に対して強制的に公債を引き受けさせるもので、実質課税である。


 東の隣国アストラガス王国とカサブランカ王国の国境沿いにはリタ川が流れている。この川が途中でアストラガス領内に入り海に注ぐのだが、カサブランカ王国は川と今の国境の間の土地は本来自国領だと主張している。もしこれが認められるなら、アストラガス王国は国土の4分の1を失うことになり、到底認められない。

 アストラガス軍とカサブランカ軍はアストラガス領内の緩やかな丘陵地帯で対峙した。アストラガス軍の兵力はおおよそ8万5千。カサブランカ軍の兵力はおおよそ7万3千。この辺りは湖や池沼の多い湿地帯でもあった。そのためアストラガス軍はいち早く高地に陣取り、自然、カサブランカは低地で湿地に陣取る形になった。高地のアストラガス軍からはカサブランカ軍の様子が手に取るようにわかった。高地ではアストラガスの王旗が揺れている。これに対し、カサブランカ軍の兵力はほとんどが傭兵でその他に国境警備兵、近衛兵、軍役を果たす貴族で構成されており王は不在である。しかしカサブランカ軍の士気は高い。カサブランカ軍の戦略は王が自ら授けており、この一見不利に見える布陣も戦略のうちである。カサブランカは領有権を主張するだけあり、リタ川西の風土を把握している。将官と上級士官は王の戦略をいかにして実行するか検討を重ねてきた。カサブランカ軍は兵士が帰りたがっているという噂をアストラガス軍に流し、勝利の条件が揃うのをひたすら待った。ある明け方、濃い霧があたりに立ち込めた。待ち望んだ条件が揃った。カサブランカ軍は高地を囲むように鶴翼の陣を敷き、わざと右翼を手薄にし、中央を厚くした。陣形が整うと、魔法連隊の魔法陣が次々と霧に浮かび、高地に向けて光線が放たれた。アストラガス軍は開戦を知った。霧は下に溜まることもあり、高地から下を見るのは下から上を見るよりはよく見えた。アストラガス軍は右翼が手薄で中央が膨らんでいるカサブランカ軍を見て、戦意の低い敵軍が濃霧で不手際を起こしていると判断し右翼に切り込みをかけた。同時にサブランカ軍の近衛連隊が魔法連隊を従え高地に切り込む。アストラガスはカサブランカの右翼にばかり気を取られ、中央部分の切り込み隊に気づかなかった。霧が晴れ、太陽が顔を出した瞬間、近衛連隊は高地を制圧した。

「王は我らの手に!」グレン副連隊長の声が戦場に響いた。


戦況はアウステルリッツの戦いを参考にしております。(ちなみに突撃隊の人数は2万3千といわれていて、ここに近衛兵は含まれていません。また王はこの高地にはいませんでした。)劇的な勝利ということで参考にしました。ホント凄いですよね。足場が悪い湿地帯だからこそ高地を取りに行くという発想はなかなかできないと思います。ベルティエ元帥は天才です。ベルティエはナポレオンの孔明です。

 はっ、それよりルーでは?ラーじゃないよルーだよ。アイルランド神話に登場する戦・詩・魔法・技術すべてに通じる万能の英雄神です。キリスト教の出陣式の構成要素を別の宗教の構成要素に置き換えています。こういう文化の継ぎ接ぎはあまり褒められたことではないので名前は出したくなかったのですが、春の女神の名前は伏せてますし、でもこの文脈で名前を出さないのもしっくりこないので出しました。そこまで考えて読んでいる人はいないとは思うのですが、そもそも読んでくれる人も少ないですし。いつも感謝しています。あなたのおかげで頑張れます。

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