ヒーロー6
ジョンの家は、王都の中心街から少し外れたところで集合住宅を所有していて、且つ自分たちもそこに住んでいた。軍人は給料より名誉に価値のある職業なので大佐であってもそれほど実入りは多くない。そのためマンションの一部を貸し出して家計の足しにしていた。当然公爵家とは比べるべくもないが、十分立派だ。
メアリが真鍮製のドアノッカーをゆっくり叩いた。馬車のとまる音が聞こえていたらしくジョンが扉を開けた。
玄関ホールの横の部屋が応接間になっていて、なんと軍服を着ていないグレン副連隊長がいた。副隊長は休暇をとって帰宅する途中で、連隊長夫人に挨拶をするために立ち寄っていた。グラハム夫人は日頃から隊士の家族を気にかけている。多くの隊士は次男以下の独身者なので問題はないが、グレンは妻子持ちなのでグレンが家を空けている間は、何かにつけて家族の様子を見に行っている。
「そうか、久しぶりにお子さんに会えるんですね。」副隊長にはメルトと同じ年齢の子供がいる。
「そうさ、どれくらい大きくなったか楽しみだ。君とどちらが大きいか確認してこよう。」にこにこと言った。
「名前はなんていうの?」
「上の子がアーロンで下の子がロイ。もしかしたら近々戦があるかもしれない。そうなったらしばらく家には帰れないから、たくさん相手をしてやろうと思って。」聞き流せないことを聞き流しそうなほどさらりと言った。
「戦?」
「噂だ。じゃぁ、そろそろ私はお暇いたします。」立ち上がってグラハム夫人に礼をした。
副隊長は玄関扉の前で、「そんなに深刻になりなさんな。お前さんが行くわけじゃなし。」とメルトの頭をワシワシして出ていった。
その後、ジョンは副隊長の人となりを褒めるだけで戦については何も言わなかった。戦について聞く相手はジョンではないということだ。
気を取り直して、剣を持って応接間の椅子に座る。
「見て、これがあの異界の剣だよ。僕、これをジョンに持っていて欲しいんだ。」そう言って剣を差し出した。
ジョンはその威容に気後れする。「この世に二つと無いものを手にする資格が俺にあるとは思えない。」
「僕はジョンを信頼している。君は、そのまっすぐな性格と弛まぬ努力で将来素晴らしい剣士になるに違いないんだ。母さまがそう太鼓判を押したんだから資格はあるよ。」
ジョンは少しためらってからメルトの目を見据えて言った。「俺は以前、妹の前で、お前は負けそうになると勝手に氷の盾がでるんだって話をしたことがある。正直、剣術では俺の方が断然上なのに狡いって思っていた。もちろん今は思っていない。あれだけの魔法の使い手に俺が勝てないのは当然だ。でも、そんなことを思った俺がこの剣を手にしていいのか?お前も、お前の母ちゃんも裏切ることになるんじゃないかな。」
やっぱりジョンはいい奴だ。僕の価値のほとんどは魔法だ。初めて励ましではない褒め言葉をもらった気がする。
「魔法が狡いと思うのは普通のことだよ。この国の魔法使いの扱いを見てもわかるだろう。それでも君は僕を認めてくれた。やっぱり僕は君に持っていて欲しい。
魔法は人を惑わす。きっとこの剣も人を惑わす。だからどうかこの剣を、君の守るべきもののためだけに使って欲しい。」
ジョンは真剣な面持ちで頷き、剣を掬い上げるように両手を伸ばした。
「もし使い方を誤ったら、僕はこの剣ごと君を潰す。覚悟しなよ。」これは僕の母さまへの誓いだ。
真顔のメルトを見てジョンはしみじみと言った。「なんかお前、兄ちゃんと姉ちゃんにそっくりだな。」
「は!?全然似てない!それより返事は?」
「ハハハ。やっぱり母ちゃんにも似ているな。
私ジョンブラウン・グラハムは、この異界の剣を正しく使うことを誓います。」
よーし。メルトはジョンに異界の剣を手渡した。
戦争について、子供の僕を相手にある程度正確な話をしてくれるのは誰かと考えると、それはセオドアだ。ジョンのところへ行ったその足で、公爵家のタウンハウスに足を延ばした。
「陛下は隣国アストラガスとの長きにわたる国境紛争に決着をつけ、港を広げて経済的優位性を持ちたいとお考えだ。しかし戦費捻出のための課税を議会は承認しない。陛下は、職業組合、商人団体、特定の自治都市に献上金の上納をお求めになった。」
「公爵様は止めなかったの?」王の決定は王の頭脳が執行するのだから当然公爵も関わっている。
「献上金を提供したり、徴収業務を担った貴族や御用商人には、見返りに貿易特権や独占契約がもらえるんだ。お父様一人頑張ったって止められない。戦争に勝とうが負けようがうちにとってはロクなことにならないだろう。」
戦争をするためには、まずはお金、その次に人を集める。戦争の気配は確かにあった。
とあるメルトの王宮でのお勉強の日の午後、突然王妃がやってきた。真珠を絡ませた金髪の編み込みを一つにまとめた髪が清楚で可憐な印象を与えている。
「世の子供たちは皆室内に閉じこもって退屈な思いをしているのではないかしら。そこでね、子供たちによる子供たちのための仮面劇の会を開くことにしたわ。」天真爛漫に微笑んだ。
なんだそれは?王都在住の貴族の子供を仮面をつけて行う劇に招待し、演者はメルトたちという話だ。
「演目は『四季の舞踏』です。夏の精はハロルドで春の精はヘレンだから、秋と冬の精をみんなにしてもらおうと思って。」にこっ。
王妃は配役を身長で割り振った。秋は、セオドア、トマス、ジョンブラウン、リリス。冬はフィン、メルト、ヴィヴィ。
劇といえば、前世の吹奏楽部でしたコンサートの合間の寸劇を思い出す。一から手作りで大変だったけど、当日友達や親から褒められると全てが報われた気がしたものだ。懐かしい。
が、王宮の仮面劇は思っていたものとは随分違った。セリフはプロの歌手が、演奏はプロのオーケストラが、衣装は王宮の衣装係が担当する。なんだ、演じるだけなら余裕じゃないかと思ったかもしれないがその考えは甘い。演技にもプロ並が求められた。午後のお勉強の時間は観劇会まですべて劇の練習に変わった。もちろんメルトも全日強制参加だ。熱血振付師がダメ出しを繰り返し、たまに来る王妃が「やっぱりそこはこうした方がいいと思うの。」と無邪気に言って、今までの努力を台無しにした。さらに、大人の仮面劇では劇のあとは舞踏会が行われるのが通常で、やはり王妃は子供の仮面劇にも本物を求めた。そのためダンスの練習も完璧を目指して行われた。通常舞踏会は十八曲から二十四曲演奏される。何も全部が全部大人と一緒にする必要はないと思うのだが、王妃は、「社会勉強なのだから一緒にしなければ意味がないわ。」にこっと笑った。よってそれに耐えうる体力が求められ、それはそれは過酷な練習の日々が続いた。
夕食の時間は、公爵夫人が劇や舞踏会についてのあれこれをメルトに話して聞かせた。子供限定なのでそれほど煩く言う必要はないのに、女性というものはこういった一時の夢のようなものが大好きなので熱が籠る。メルトは眠くて時折目を擦った。
「ダンスはね、男の子から誘うものよ。その時だけはその子だけの王子様になったつもりで、できるだけスマートに誘いなさい。ただし、初対面の女の子を誘うときは共通のお友達を介さないといけません。フェリクス(公爵)が私を初めてダンスに誘った時はそれはそれは素敵で、もちろん今も素敵だけれども、ウンタラカンタラ」ひとしきりロマンチックな昔話をした。
「じゃぁ、僕は姉さまと王女殿下とヴィヴィとリリスと踊っておこう。」メルトが気楽に誘える女の子のすべて。
「十八曲以上あるのですよ。だいたい演者にはダンスの申し込みが殺到するに決まっています。」速攻で苦言を呈した。
「じゃぁ、姉さまとだけ踊っておきます。」不貞腐れて言った。眠くて大分バカになっている。
「こら、壁の花にでもなるつもりですか。あなたも演者なのだから多くの子があなたと踊りたいはずです。そのような狭量ではいけません。公爵家たるものウンタラカンタラ」
マリア、SOS!
「お母様。最初に私がメルティと踊って、次の子を紹介すればいいのだわ。そうすれば上手く繋がっていくはずだから大丈夫、心配なさらないで。」マリアはうまく夫人の話を終わらせた。
ありがとう姉さま。さすが貴族の鏡。
誤解を与えそうなので、グレン副連隊長は貴族ではありませんが中産階級出身です。貧民ではありません。




