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ヒーロー5

 

 迎冬祭の後3日間休んで訓練場に戻った。手には包帯が巻かれており、できることは少ない。

「ヴィヴィは大丈夫だった?」

「メルティに比べたら全然平気。私ったら、変なところ見せちゃって恥ずかしいわ。お願い、忘れてくれる?」

誰しも知られたくないことはある。こくんと頷く。

「メルティも、お母様がお亡くなりになっていたのね。」

「父さまもね。」何度も同情されたくないのでまとめておく。

「そう。お父様がいる私はよっぽど恵まれているわね。」小さく笑った。

そういうつもりはなかったんだけど。「僕は十分恵まれているよ。」

「小さいのに偉いわね。」

「僕は今ここにいて、ヴィヴィとこうしておしゃべりをしている。十分幸せでしょ?」にこっ。

ヴィヴィが少し驚いたような顔をしてジト目になった。

「・・・メルティ、それ、無意識にやっているのよね。罪深いわ。あなたがもう少し大きかったら心を奪われてしまうところだったわ。」

「ええ?それじゃぁ奪えなかったってこと?残念だなぁ。」悪戯っぽく笑った。

ジョンが入ってきた。

「こいつの母ちゃん、ニアムみたいだった。いや、ニアムだと思う。」

ニアムは異界に住む妖精だ。

「肖像画でも見せてもらったの?」

「あの夜に会った。しかも軍隊も真っ青なスパルタ。完全に俺の理想。」鼻息荒くどMな発言をした。気色悪いことを言わない、母さまは僕の理想だ。

「まぁ。リリスに言いつけてやりましょ。」ヴィヴィが可愛らしく睨んだ。

「なんであいつが出て来るんだよ。俺が言いたかったのは、こいつは妖精の子だってことで、だったらこの見てくれも魔法も納得いくだろうってこと。」

「それじゃぁ異界に行ったって言っているように聞こえるけど?」

王子も加わった。

「「だから行ったんだってば!」」ジョンとメルトの声が合わさった。

ハハハ、楽しい。

 ジョンに魔除けの石を新しくした首飾りを返した。

 冬になると寒さと雪のせいで王宮の行事が減る。そのため多くの兵士は冬に休暇を申請する。訓練場にはなんとなくゆったりとした時間が流れていて、グレン副連隊長がメルトの相手をしてくれている。間合いとか、足捌きとか、剣を振る形とか、お手本を見せて、やらせてみて、矯正して、丁寧に教える。この場所は人に教える目的の場所ではないし、まったくの武術の素人がくる場所でもない。副隊長はかなり面倒見がよい。王城の外にある騎馬訓練用の丘で、馬に乗せてもらったことがあった。兵士の訓練風景を遠くでみながら、「私には、離れて暮らす君と同じ年の子がいてね。君を見るといつも思い出すよ。」と前に座るメルトの頭を大きくて優しい手で撫でた。

 近衛兵というものは、王城近くの兵舎に住んで、休暇は申請しなければもらえず、戦時ともなれば長い間自宅に帰ることができない。だから妻帯者は稀だ。子供がいるとなると更に。

「なんで、この仕事を続けているの?」メルトは振り向いて見上げた。

「なんでだろうな。剣を振るうくらいしか人並にできることがないからかな。」と苦笑しながら答えた。

若くして副隊長になるような人は、他ができないはずはないと思うが、どうなんだろう。


 異界の剣が研ぎ上がってきた。

両刃の直刀で、剣のバランスを調整する柄頭は取り外し可能。実戦向きのブロードソードだとガイアスは言った。かっこいい。

「鞘も作ってもらったわ。ジョンブラウンに渡すのなら、あまり華美にならない方がいいと思って。」

とはいうものの、木製の鞘に白革を巻き銀細工の装飾がされており十分に美しい。ちゃっかり白百合の紋が入っている。鞘から出したり入れたりしてみる。

「かっこいい!」悶絶しそう。

「渡すのやめておく?」マリアが呆れた顔で言う。

「ううん。母さまはジョンに渡したんだと思う。僕が持っていても宝の持ち腐れだから。」

「そうね。あなたは火かき棒でも持ってなさいな。」

「酷い!僕だって毎日練習頑張ってるのに。」むくれる。

「よくやっていると思うわよ。使いもしないのに。」澄ました顔でティーカップを口に運ぶ。

うっ、相変わらず鋭い。「剣は男のロマンだから。」

悔しいので何か言い返してやりたい。

「そんなこと言うなら姉さまだって使いもしない刺繍を習ってるでしょ?」うまくいかないとよく愚痴っているのを知っている。

「使うわよ。」いつ?

「うちにはね、代々伝わる花嫁さんのヴェールがあるの。結婚が決まると、そのヴェールに自分でレースを足して長くしなくちゃいけないの。」

家系が続く限り継ぎ足され、それでいて何年後からでも誰がどこを作ったかがわかる。もし下手なものを作ったりすれば後の人が使ってくれなくなり伝統の承継が途絶えかねない。メルトの剣術なんかよりもよっぽど歴史と伝統とロマンがあって、努力する価値のあるもののように思われた。

「素敵だね。姉さまの温かみのある栗色の髪に優しい白はよく合うと思うよ。」十年先のマリアを想像してみた。

「ところで姉さまって、セオドアもか、許嫁っていないの?高位貴族には小さい頃からいるものじゃないの?」

「今のところ決まってないわ。許嫁って、家の繁栄のためにするものでしょう。うちは位人臣を極めているし、大人になった時に相手の家がどうなっているかはわからないじゃない?お父様とお母様なら、よほどの問題がなければ、相手の身分をロンダリングして誰とでも結婚させてくれる気がするわ。まぁ例外はあるけどね。」

「へぇー意外と緩いんだね。王子殿下と結婚できるといいね。」ドライフルーツ入りの一口パイをぱくっと頬張った。

マリアの眉毛がぴくりと上がった。「なんで王子殿下なの?」

「え?だって、それくらいじゃないと姉さまを御すのは無理かなって。」

「殿下が私を御すですって?」

あ、地雷。「間違えました取り消します!」

危うく変なところに入りそうになった一口パイをお茶で流し込んだ。

「私は、あなたの方がよっぽど自由がないと思うけどね。」

どういうこと?

「あなたは魔力の強い子孫を残すことが義務だわ。政争の種にならないように、一門の中で一番魔力の強い者を伴侶とするのよ。」

公爵家一門は、メルトの家で生まれた子供のうち魔法を一番強く使える者を守人にして、その他を一門に放出し魔法の使い手を絶やさない仕組みをとっている。そのため、一門の中には魔法を使えるものがそれなりにいることになる。

「そうなの!?」でもそうか、だから僕はこんなに魔法が使えるんだ。

「・・・僕には最初からあの森しかないからいいけど、僕のお嫁さんになる人は可哀そうだね。」色々と手放さなきゃいけない。

「そうね。いっそ竜が目覚めてしまえばいいのにね。」沈んだ声で言った。

そんなことは、僕には軽々に言えない。

二人でしんみりしているとガイアスが笑って言った。「そんなに悲しむことじゃないだろう。坊の母さまは父さまを愛していたのだろう?考えようによっては煩わしいものは何もない最高の環境じゃないか。」ワイズマンのツリーハウスのように。

「はは、そうとも言えるね。じゃぁ僕は、僕の奥さんを深く深く愛することを誓うよ。」

マリアが目を丸くしている。僕は、今のところ、一門で魔法を使う女の子はマリアしか知らない。でもまさか公爵令嬢はないでしょ。さすがにない。

 剣について、ガイアスは言った。どこの世界にも象徴的な意味を持つ神聖な武具がある。その武具を第三者に渡すとなれば、渡すだけの理由があるはずで、メルトに渡たすということは、さしずめ、竜が暴れだすと異界もただでは済まないといったところだろう。

「母さまは、その子が坊の助けになると考えたんだろうな。だったら、その子とは子々孫々末永く仲良くしなさい。そういう者が集まればいつか竜も倒せるだろうさ。いつのことになるかはわからんが、私は不死だからな、見届けるとしよう。」

メルトはこくんと頷いた。

 ということで、休みの日にジョンの家に届けに行くことの許可をもらった。


ニアムはアイルランド神話にでてくる妖精で、白馬に乗った美しい乙女とされています。常若の国ティル・ナ・ノーグに住んでいます。

レースって刺繍なの?編み物なの?ここでのレースは下絵の上に薄い布地を重ねて刺繍をし、後で薄い布地を切り離して刺繍部分だけを取り出す方法で作ります。捨てられる布地がもったいないので廃れてしまった手法です。興味があればプント・イン・アリアを検索してください。美しいですよ。

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