第一章 霊媒探偵の死 弌
7月中旬、京都烏丸御池にある俺の勤め先、流通中小企業の事務に一本の電話が掛かってきた。
「はい、こちら楊井流通会社の藤井でございます。 お世話になっております、はいおりますが、…分かりました伝えさせていただきます。 はい、失礼します。」
藤井部長は少し暗い顔をして受話器を置いた。
そしてそのまま立ち上がりすこし離れたデスクに座って仕事をしている俺の方を見ながら近づいて来ている。
部長には妙に緊張感がある。
どうやら部長への要件ではなかったらしいが、俺は取引で何かミスでもしてしまったのだろうか?
「おい友貞、今お前のお母さんから電話があってな…父方の祖父が亡くなったらしいで…」
俺の方までわざわざ来てくれた部長から、小声で数少ない親族の不幸を知らされ驚きが隠せないのだが仕事のミスでじゃなかったのはよかった。
でも最悪の悲報に間違いはない。
「え…?ですが自分の方には何も連絡が来ていませんが?」
スマホを取り出して通知画面を確認したが、やはり母さんからそんな連絡は来ていない。
通知画面を一応部長にも見せておいた。
「ほんとやな? 親族の不幸でお母さんもちょっと混乱してるんちゃうんか?」
突然の事でなぜ部長の方に先に連絡があったのかは俺にはさっぱり分からない、だが部下の不幸ともあって顔が真剣だ。
俺も本当に爺ちゃんの訃報なのだと思う。
「まぁ身内の訃報や今日はこのまま半休で帰って大丈夫やで」
「ありがとうございます、そうさせていただぎす」
「おう、素直にそうしとき!」
俺は爺ちゃんの訃報に対して疑問が残るし素直に受け止める事が出来なかったから一旦会社を出てから母さんに連絡を取って確かめる事にした。
「友貞それとやな、お前今後ちょっと忙しくなるやろから今週は有休消化で休みにしとき」
「?、そうですね? ですが自分の持ってる仕事の引き継ぎは―」
なんで俺のこれからの身の回りを部長は詳しいのか?という疑問が残るけど仕事の引き継ぎの方が気になってしまう。
「それは大丈夫やこっちでやっとく、俺も無駄に部長なんかになってへんからな!」
(こう言う時はほんとに無駄に声でかいって部長…)
笑いながらそう言う部長に隣の席の玉木さんも思わずくすりと笑っている。
俺の雰囲気が暗くなっているのだけ察して和ませる為にわざと笑いながら言ってくれたんかもしれない。
それに、部長はこう言う時は頼りになるし優しさが滲み出てる人で、なんやかんやで周りからの人望は厚い人でもある。
「ではお言葉に甘えさせていただきます、ありがとうございます」
「おう、数少ない親族の不幸や…しっかりお別れしてこい」
「はい、…ではすみませんがお先に失礼します」
俺は同僚の皆さんに一礼をして事務所を出て行った。
エレベーターで一階に降りている時に俺は家族の顔を思い出していた。
爺ちゃんと母さん以外の身内は俺が成人する前に亡くなっていて部長の言うとうり親族は少ないんだ。
母方の祖父母は小学の頃に亡くなっていて、母方の祖父は結核の発症から肺炎になってそこから肺真菌病になり体力の限界がきて亡くなった。
祖母は早くに認知症になり真夜中に徘徊してしまい事故にあって。
父方の祖母は食道癌、胃癌が原因で亡くなった、食道と胃に癌ができ部分摘出手術をして両方とも小さくなってあまり食べられない様になってどんどん痩せ、最後はベットの上で眠る様に。
そして、父は中学の頃に八坂神社の前の大通りで交通事故にあった、工芸品を積んだ軽トラの運転手が窯で焼き上げる為に徹夜し続けて寝不足になったのが原因だったらしい。
不幸な事に皆自分達の厄年に亡くなってる。
他に親戚もいないし、親族はもお母さんだけになってしまった。
母さんは父が亡くなってから厄に敏感に反応する様になって、一人息子の俺の厄祓いを毎年やる様になった。
厄祓いをお願いする神社は決まって貴船神社にお願いしている。
(そう言えば爺ちゃんは親父が亡くなった時から妙に慌ただしく五社巡りを初めてたな?)
そんな事を思い出していたら1階に着いたので会社を出て直ぐに母さんに電話をした。
「あ、もしもし?母さん、俺やけど」
「智幸?今どこにおるん?早よ帰って来なさいね!お爺ちゃん突然亡くなってこっち忙しいから色々手伝ってや」
「いや、そんなん分かってるよ母さん、それより何で俺よりも先に会社の藤井さんに連絡入れてるん?順番おかしいで?」
事情を聞くために電話をしたのに、掛けて直ぐに母さんの方の要件だけを押し付けてくるしまつだ。
突然の親族の不幸で混乱するし、葬儀の準備に遺品整理の事もあって忙しいのは俺も理解はしているがどうしても母さんの対応と順序と言うものに少し苛立ってしまっていた。
だが母さんは追い打ちをかける様に俺の知らない事を言ってくる。
「あんたまだ藤井さんから何も聞いてへんの?」
「聞いてへんってどう言う事?」
「電話で説明するより直接話した方が早いし、早くこっちに帰っておいでな」
「あ!ちょっとまちぃ―」
急かすだけ急かした母さんは俺の話は聞く事なく電話を切った。
「あぁ〜もぉ…ちょとぐらいは説明しても早く帰れるって…」
少しの説明もなく電話を切られた事に少し苛ついてしまう。
そんなこんなで爺ちゃんの葬儀の準備と遺品整理の事と部長の事の事情を聞く為に実家へと急ぐ為走って駅まで行くのだが。
7月中旬の夏日の中をスーツと革靴で走りながら最寄りの駅へと向かい走るにはキツイくらい暑い…
会社の最寄駅、烏丸御池駅に走り着いた時に丁度タイミングよく来ていた電車に乗る事が出来た、ラッキーだ。
座席に座りハンカチで汗を拭きながら実家の最寄駅までの数分間でひと休憩した。
会社から実家までは烏丸線の烏丸御池駅〜北山駅で降りてそこから20分ほど大田神社の方に歩くと着く場所だ。
北山駅に着き実家まで走って行くつもりだが、その前に自販機で冷たいお茶を買って一口飲んでおいた、そうしないと実家まで持たない…
行きで30分かかる道を北山駅から走ったのとタイミングよく電車に乗れたので30分を少し切るぐらいで帰り着いた。
「はぁ、はぁ、母さん、ただいま。帰って来たで!」
俺は玄関先に座って荒い呼吸を整えながら家の奥に声をかけた。
実家に帰り着いた頃にはもお汗だくでワイシャツが肌にくっつき気持ち悪い…
「…あぁ〜…暑い…」
「おかえり、おもったより早くて助かるわありがとうね」
そう言いながら母さんが奥から出て来る。
奥から出てきた母さんと目が合って、目が少し充血しているのと目尻が薄赤くなっているので泣いていたのに気づいた。
爺ちゃんが亡くなった事が事実だと実感した。
「…別にええよ、やけど色々と知りたい事あるからそれちゃんと説明してや?」
「はいはい、分かってるって、って智幸あんた汗だくやないの!? 先にシャワーしてきなさい!」
「…はぁ、そりゃ早くって言ったから走ったんやわ…でもまあそうやな先にシャワー浴びやんと汗臭くて俺も嫌やわ…」
シャワーを先に浴びれるのは嬉しい、だけど急がせた張本人がそんなに驚きながら怒るのは理不尽なのではと思うが…もお何も言うまいと諦める。
「お昼もまだやろ?素麺湯がいとくからシャワー上がったら食べ、その後に遺品整理とお葬式の事とお爺ちゃんと藤井さんの事話すわ」
「うん分かった、お昼はまだやし素麺ありがたいわ、じゃあシャワー浴びてくる」
そう言って靴を脱いで実家の風呂へと向かう。
風呂場へと向かう最中に苛立ってしまった神経も落ち着かせないとと考える、苛立ったままの状態で後々の話をすると母さんに迷惑をかけてしまうからだ。
親父を亡くしてからは母さんに負担をかけまいと反抗期の時や苛ついた時にも冷静をできるだけ忘れずに怒鳴ったり、態度が悪くなったりしない様に自分を落ち着かせる事に気をつけている。
そうしないと、家族を亡くしてばかりの母さんが不幸で辛すぎるから…
それに今ではそれが板について年齢の割に落ち着いてるのが会社の上司達に評価されていて人生の役にも立っている。
脱衣場で汗バタになったスーツを脱ぎ去り早速さとシャワーを浴び始めた。
そして、神経をと気持ちを落ち着かせる為にゆっくりと深く深呼吸をしてリラックスし始める。
「すぅーー……はぁーー…」
限界で一旦2秒そど止める、そしてゆっくりと息を吐き出す。
ルーティンみたいなもんだな。
俺はその2秒で探偵だった爺ちゃんを思い出していた。
爺ちゃんは腕利の探偵だった、頭の回転が早く知識も豊富で頼りになる人だった…
俺は…親父が亡くなってからは爺ちゃんの背中を見て育って来た、探偵に憧れ爺ちゃんの探偵の武勇伝を聞くためによく事務所にも入り浸って仕事の邪魔ばかりもしていた…
「俺も……今からでも爺ちゃんみたいな探偵目指せるかな…」
辛くて、心苦しくて、つい昔の諦めた夢を口ずさむ。
爺ちゃんが亡くなったのは、はっきり言うと親父が亡くなった時よりも辛く感じてる。
「…爺ちゃん…」
爺ちゃんが亡くなった事の実感が湧き始め、気持ちが逆に沈み落ちて行く。
涙腺が緩んでいってしまう。
俺の目尻から、耐えきれなくなった涙が頬をつたって落ちて行く。
つたう涙の行き先は、浴びているシャワーのお湯と一緒にお風呂場のタイルへと落ちて排水溝へと流れ去って行く。
涙がタイルに落ちる音はもちろんシャワーの音でかき消される。
でもそれよりも少し大きな声で、むせび泣く俺の声がお風呂場に響いている。
また1人、大切な家族が亡くなった。
俺の気持ちは、失い続ける絶望感で途轍もない孤独に支配されていく。
「…爺ちゃんの死因…」
爺ちゃんは70代後半で、病気もしていなくてパワフル極まりない人だった。
そんな爺ちゃんが突然と亡くなる理由が気になって仕方がない。
俺は泣き止み落ち着きを取り戻すまでシャワーを浴び、落ち着いてからお風呂場を出る。
どれくらいの時間シャワーを浴びていたのかなと思ったが10分ほどしか経っていなかった。
泣いたせいで時間がわからなくなってたのかも。
(お風呂場でむせび泣いた声が母さんに聞こえてへんかったらいいんやけど…)
体の水気を拭き上げてる途中に用意された着替えを見て母さんがお風呂場まで来ていた事に気づいた、むせび泣いた声ら聞かれていただろう。
「…」
とりあえず持って来てもらった着替えを着てできる限り平然を装ってリビングへと向かう
「シャワーありがとう、スッキリしたわ〜」
着替えの事は触れずにリビングに入る。
「シャワー上がった?素麺も出来たし食べちゃい」
母さんも泣いていた事には触れないでくれた。
「ありがとう最高のタイミングやん」
そう言い濡れた髪のまま食卓に着く。
「じゃあいただきます」
「あんた、髪の毛ぐらい乾かしいや?」
「大丈夫やって、夏やからほっといてもすぐに乾くから」
母さんが湯がいてくれて素麺を啜りながら今は必要のない、他愛もない会話をしながらちょっと遅めの昼食を済ませる。
素麺を食べ終えた俺は母さんと居間に方で座り爺ちゃんの話を始めた。
「爺ちゃんの葬儀は明後日ぐらいやんな?そんで葬儀が終わったら遺品整理しに爺ちゃんの探偵事務所に行くって事でいい?」
「そうやね、葬儀屋さんへの電話はもおしたし…後、家にあるお爺ちゃんの物の整理もせえへんと」
「そっか、2階のもと親父の部屋に爺ちゃん色々と物置いて行ってたもんな、それ今日俺やったかわ母さん」
「ほんまに?ありがとう助かるわ」
葬儀屋への電話は俺が帰って来る前に母さんが済ませていて葬儀の事や遺品整理に関してはあまり話す事はなかったし、仕事を半休で終われて疲れもなかったから2階の物置になってる部屋の片付けをする事に決めた。
そして、2階の掃除の前に色々と気になっていた事を先に話し合う事にした。
「母さん、爺ちゃんの死因は? 病気とかしてへんかったけど…もしかして…心筋梗塞とか?」
「…それがね…言いにくいねんけど……」
母さんはとても言いづらそうに、一度口籠ってから死因を口にした。
「お爺ちゃんは……自殺やったんよ…」
「…自殺…?」
「うん…お爺ちゃん事務所で首吊り自殺してたらしいんよ…死亡時刻はだいたい昨日の夜24時ぐらいって警察の人が言ってたわ…」
自殺の理解が思いつかなくて思考が固まってしまう。
爺ちゃんはなんで自殺を?、そんな疑問で頭が一杯だ。
「り、理由は?なんで爺ちゃんが自殺なんか…?」
「…ごめんね、お母さんも分からへん…思い当たる事は何にもないんよ…もしかしたら事務所か2階に遺書かなんかがあるんちゃうんかなって思うくらいで…?」
母さんが少し涙目になってしまったのを見て自分の疑問が、聞いてしまった事が、母さんに辛い思いをフラッシュバックさせてしまった事に気づいた。
注意はしてたつもりだけど、俺自身への衝撃もそれだけ大きかったんだ…
それに母さんが爺ちゃんの自殺の理由を知ってるはずがないし、知っていたら俺と2人で全力で止めて助けてるはずなんだ。
「そうやんな…そんな知ってたら逆に今こんな話してる訳ないし、辛い思いをお互いにしてるわけないやんな…ごめん母さん馬鹿なこと聞いて、信じられへんすぎて動揺してしまったわ…」
そお、こんなの動揺しても失い続けてる母さんに聞く事じゃなかったのに…
「ええんよ、智幸はお爺ちゃん大好き子やったんやからあんたの方が辛いやろ…」
「…そんなん関係ないよ、辛いのはお互いにやねんから」
愛する家族を失う事は皆等しく辛い。
それが自殺だと尚更だ、胸の内にある悲しみや苦しみを早く気づいて聞いて寄り添ってあげれてたら死んでいなかったのかもしれないのだから。
居間に沈黙が続く。
母さんも俺も一旦感情を整理する為の沈黙が必要だったんだ…
数分後、母さんが部長の事について話し始めた。
「そう言えば藤井さんの事まだやったね」
「…そうやったね、なんでわざわざ部長の方に先電話したんよ母さん?」
爺ちゃんの死因の次に気になっていた事だ。
「本当に藤井さんからなんも聞いてへんねんやね智幸? でも話してもそんな驚く様な事でもないんよね」
「そおなん?」
(そんな焦らしいらんから早く話してくれ母さん…って思ったけどこれは言わん方がいいな)
「藤井さんはな智幸が中3の時ぐらいの時にお爺ちゃんに依頼した依頼者やったんよ」
「え…?それって探偵としての爺ちゃんに依頼したって事やんな?」
(上司が爺ちゃんの元依頼者って今後の職場関係が気まずくなる要因ちゅう?)
「うん、依頼内容まではお母さんも知らへんで? でもその依頼解決以来お爺ちゃんとこで手伝いを少しの間してたらしいんよ」
「そんなん部長から何も聞いてへん、てか部長は俺が…いやそうか友貞の苗字ちょっと独特やし爺ちゃん父方の方やから俺が爺ちゃんの孫ってすぐ気づくか…今後気まず…」
(部長ら俺が爺ちゃんの孫やと気づいていたのにその爺ちゃんの手伝いしてた事を言わへんかったって考えると今後の気まずさ倍増やな…)
「で、それでなんで俺よりも先に部長に電話を?」
「藤井さんに先連絡する方がスムーズに休み取れやすいんじゃないんかなって思ったんよ、それで」
「いや、たしかにめっちゃスムーズに有休消化って意味も込めて1週間の休みを貰えて、しかも今日も半休で帰らせてもらえたけどもさぁ…」
こんな休みの取り方爺ちゃんと部長の関係があったからこそ許されているだけであって普通には考えられない。
それに今度、部長からもまた詳しく爺ちゃんの事を聞くしかない、けど今は無理なので大人しく2階の部屋の遺品整理を始める事にする。
「まあ大体のことは分かった、また今度本人からも聞いてみるわ」
「それが良いと思うわお母さん、それに藤井さんやったら葬式にも顔出すやろうしその時に聞いとき」
「そうするわ、じゃあ大体のことも決まったて聞きたいことも聞いたし2階の部屋の遺品整理やってくるな」
今日中に2階の遺品整理を初めて整理を半分でも終わらせたかったから話を中途半端でも終わらせた。
それでも時刻は15時半になっていた。
「ありがとうね、お母さんも後で手伝いに行くな」
「うん、分かった」
そう言い居間の襖を開けて出て内玄関の近くにある階段を上がって行く。
実家は爺ちゃんが建てた家で昔ながらの古風な家だ。
建てて年数も経つし階段を上がる度にギシギシと軋む音が鳴る。
2階に上がりきり1番奥の部屋に俺は進んでいく。
そこが元親父の部屋で爺ちゃんが物置にしていた部屋。
部屋の前に立ちドアを開ける、すると開いた隙間からゾクっとする空気が流れていった。
こんな夏場の冷房も効いていない場所だと言うのに。
そして俺の後ろ、上がって来た階段からギィと軽く軋む音が一つ聞こえて来たのだった。
―その音が、俺の何気もない日常の終わりと非日常の連鎖の始まりを迎えた音になった―
―霊媒探偵の死 弌 阿吽―