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精霊ノ世紀 『大橋の鬼』  作者: 青山 樹
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第八話 「力の証明」

 青年は目線を少し上へ向ける。

 その時、空気を切り裂くような鋭い笛の音が鳴った。

 同時に、白い面を被った黒装束の一団が、倒壊した家屋の群れを軽々と飛び越えながら青年たちの前に現れた。


「な、なに? なんですか、いったい」


 イズミは戸惑いの声を上げる。


「この都の憲兵隊か。今頃になって来るとはな」


 青年が言うと、憲兵隊の一人が威圧的な声を飛ばした。


「全員、両手を後ろ手に組み、その場に伏せろ!」


 青年は動じることもなく、憲兵に言った。


「それが怪物を退治した功労者に対する態度か。どうやらこの都の憲兵隊は、礼儀も知らねえ無法者の集まりらしいな」


「ふざけるな。先ほどの怪物は貴様らが使役していたものだろう。その娘が持っている霊獣の躯が動かぬ証拠だ」


 堂々たる態度で憲兵は言う。よく見ると、その憲兵の面には他の憲兵とちがい金色と朱色のの装飾が施されていた。この部隊の長だろうか。


「そりゃ動かねえさ。俺たちが退治したんだから」


「ふざけたことを。精霊を浄化できるのは精霊使いの資格を持つ者だけだ。貴様ごときがそうだとでも言うのか」


「そうだ。俺は天士だからな」


「馬鹿なことを。仮に貴様が天士だとすれば、まずは社へ参拝に来るはずだ。だが天士が来たという報告は受けておらんぞ」


「だろうな。社へ行ったはいいが、検査だの手続だのあれやこれやと迫られて、面倒くさくなって引きかえしたからな。そもそも俺がここに来た目的は、都で評判の甘味処に行くことだ。甘味を食うのに天士の特権は必要ないのさ」


「ふざけるな。そんな理由で動く天士などいるものか」


「なら、こいつでどうだ」


 青年は小刀を突き立てた手のひらを憲兵に向けて広げた。

 緋色に輝く紋様が、青年の手のひらに浮かび上がる。


「バカな……。緋色の、聖紋、だと……」


 憲兵たちにざわめきが広がる。


「もう一度言う。怪物は俺たちが退治した。あんたらの仕事は負傷者の救助と治安の回復、それと神官団へ連絡してあたり一帯の浄化を依頼することだ」


 そう言って、青年は手を下ろす。


「そんなこと、貴様に言われずともわかっている。だからこそ、この事件の犯人を捕らえなければならぬのだ」


「だからよぉ、どうして俺たちが犯人になるんだ」


「その骸が証拠だと言っているだろう。霊獣にかけた術式が我々に解析されることを防ぐために、貴様らは骸を回収しに来たのだ。ちがうとは言わせんぞ」


「全然ちがうわ、どアホ」


「貴様!」


 憲兵は抜刀し、青年に剣を向ける。


「天士の聖紋はお前も見ただろ。それでも俺とやる気なのか」


「聖紋など、その気になれば偽ることは可能だ」


「なら、試してみるか」


 青年は突き立てていた剣を抜き取り、憲兵たちと対峙する。


「聖紋は偽れても、天士の実力は偽れねえ。来いよ。全員まとめてぶちのめしてやる」


 青年に対し、憲兵たちは一人、また一人と抜刀する。

 すでに彼らのまわりには人だかりができていて、憲兵たちも引くに引けない状況になっていたのだ。もしここで青年よりも先に剣をおさめてしまえば、都の住民に対する憲兵隊の権威が損なわれてしまうだろう。


 一触即発の緊張に満ちた空気が生まれる。


「お客さん、ここはどうか、剣をおさめてください。話せばきっとわかってくれますよ」


 声を潜めてイズミが言う。


「だめだ。連中の言い分を少しでも認めたら、お前さんも犯人にされて、殺されちまうぞ」


 でも、とイズミが言った時、そばにいた店主が前へ出た。


「この方の話は本当だ」


 店主は剣を向ける憲兵に対し、なんら怯える様子もなく迫り寄る。


「なんだ貴様は! 止まれ! 邪魔をするなら貴様からたたっ斬るぞ!」


「この方は私の店の客人だ。犯人だなんだと因縁をつけるんじゃない」


 昼間の時からは想像もできないほど、凄みのある声で店主は言った。


 そうだ! とニシキが加勢した。


「その兄さんの言ったことは本当だ。その兄さんはな、昼間っからあんみつを五杯も食ったんだぞ。大の男が五杯だ。ありえねえだろ!」


 周囲の人だかりからも、次々と声が上がった。


「俺も見たぞ。その人が怪物を退治してくれたんだ」


「その人は都の恩人だ。今頃のこのこ現れたくせに、言いがかりをつけるな」


「都を守るのはあんたらの仕事だろうが。たんまり税を取るだけ取って、肝心な時に役に立たねえ穀潰しが!」


「その人の言う通り、さっさとケガ人の救助にあたれこの役立たず!」


 黙れ! と憲兵たちは住民たちに剣を向ける。


「これ以上わめくのなら、容赦はせんぞ!」


 人々は口を閉じたが、その目は非難の意思を向けていた。

 緊迫した沈黙が漂う中、青年はわざとらしく大きなあくびをする。


「これ以上こんなことしても、時間の無駄だな」


 青年は剣を天に向かってかかげた。すると剣は光の粒子となって宙を舞い、姿を消した。


「俺はそのジイさんの店にいる。用があるならそこに来い」


 青年はイズミの背中を軽くたたき、ここから去るよう促す。イズミは霊獣の骸を抱え、青年に身を寄せるように歩き出した。


「待て。その骸は我々に渡してもらおう」


「術式の解析なら無理だぞ。とっくに消滅してるし、霊力の痕跡も感じられねえ。犯人の手がかりなんざどこにも残っちゃいない。どうしても調べたいんなら、直接神官を連れて来い。そのほうが手っ取り早いだろうよ」


 歩きながら青年はつぶやく。


「本当に厄介な連中だ。太陽の使徒ってやつはな」




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