再起編(八)久遠
オミクロン株の急拡大によって雇用情勢の不透明感が増していくなか、追い打ちをかけるようにある出来事が勃発した。令和四年二月二十四日、NATOの加盟を希望するウクライナに対して、ソ連時代の強国復興をもくろむプーチン大統領が、ウクライナにロシア軍を派兵したのである。ウクライナに対する無差別攻撃に激昂した西側諸国は、ロシアに対して強力な経済制裁を行った。しかし、それは諸刃の剣で西側諸国の経済情勢にも大打撃を受けるのである。その経済情勢が日本に影響を及ぼすのは今後のことであった。
達也は考えを改めなければならなかった。就職活動は続けていたが実質的に就職は断念せざるを得なかった。時期が来れば年金が支給されるのでそれまで倹約する日々を送って糊口を凌ぎ、頃合いをみて施設に入所することを考えはじめたのである。
オミクロン株は変異を繰り返し、感染者数は減少しては増加し、増加しては減少する状況にあった。引き籠もり生活が長引くにつれ、達也の生活も徐々に堕落していった。
―人間の感情というものは、いつどう変わるのか分からないと思ったのはいつ頃のことだっただろうか―
達也は、自身の身の危険を感じていた。祖父と父親の死が未だに払拭出来ずにいたのである。祖父と父親が自殺したのは、今の達也と同じくらいの歳のことであった。
暗鬱とした日々を送ることは、避けなければならないと思っていた。そのため、読書だけは続けていた。読書をしているうちに、自分も小説を書いてみようと思い試みてみた。推敲しても推敲してもプリントアウトした小説は赤で染まる。一心不乱に小説を書いていると、時間を忘れることが出来た。
コロナ禍が落ち着いて、政府による規制が緩和されたある朝、達也は長い眠りから目覚めた。長らく不眠症に悩まされていたが、昨晩はよく眠れたようだ。昨日までの雨続きで家の外はどんよりとした雲に覆われている。朝の情報番組の天気予報では、昼頃から晴れると言っている。達也は、久しぶりに大学図書館に行こうと思った。マーガリン入り葡萄パンと野菜ジュースで朝食を済ませて、駅の方角へと向かって行った。
梅雨が明けた。真夏の陽光を受けた時計台は、燦然と光を放っている。金色の塔から照り返す突きさすような射光は、キャンパスの潤んだ新緑を鮮やかに映している。
(了)
参考文献
アナザー・チャイルド―社会から外れた子どもたち㉔
潮、平成三十年五月号掲載
今回で最終話です。ありがとうございました




