家族編(五)施設
達也は、アパートの近くの介護事業所に行って相談することにした。その介護事業所は、団地の一階の一室に事業を構えていた。解体寸前となっている団地の煤けた壁には、無数の亀裂が走っている。入口に折りたたみ式の机が二つ並べてあって、そこが相談窓口になっているようだ。
達也が机の前で事務所のなかを覗き込むように立っていると、事務所のなかから眼鏡をかけたインテリじみた女性のケアマネージャーが出て来て、笑みを浮かべながら達也に尋ねた。
「どうなされましたか?」
「母親が認知症になって、昼夜を問わず大声で叫んでいます。徘徊も頻繁にするようになって困っています」
達也は、困惑した面持ちで答えた。
「とりあえず、デイサービスを利用してみてはいかがですか。様子をみてショートステイを利用することもできますよ」
ケアマネージャーは慣れた口調で話しはじめた。達也は、会社を辞めてアパートに引っ越して、ひとりで母親の介護をしていることを説明した。ケアマネージャーは、だいたいの状況を察したようで、割と料金のかからない施設を三ヵ所達也に紹介した。
「あらかじめ、デイサービスの施設に行って見学してみて下さい」
「わかりました」
と達也は返答した。
翌日、紹介された立石の施設を見学しに行った。その施設は、古い木造建ての実家をそのままデイサービスとして利用していた。バリアフリーのリフォームもされていない古ぼけた建物のなかで、お爺さんやお婆さんが両手をあげて空中に漂う風船を、猫がじゃれるように天井に向けて懸命に押し上げようとしている。恰幅のいいおばさん風の責任者は、施設のサービスについて愛想のない口調で達也に話しかけていた。
その次の日は、同じ方面であったため細田と奥戸の施設を見学しに行った。
細田の施設は、廃業した銭湯をデイサービスとして利用していた。施設のなか全体に浴場独特の香りが漂っている。銭湯であったこともあって、責任者は目を輝かせながら入浴について念入りに説明していた。この施設の利点は、看護師が常駐していることと、リハビリが組み込まれていることである。ただ、他の施設に比べて料金が割高なことが難点であった。
最後の奥戸の施設は、デイサービス用の建物を新しく建てたらしく、内装もバリアフリーになっている。他の施設との違いは、利用時間の延長が出来ることと、あらかじめ予約しておけばお泊りも可能なことである。責任者も感じのいい方で、「連絡していただければ車で迎えに行きましたのに」と愛想よく話していた。
ちょうど散歩の時間であったようで、施設の中には利用者は二人しかいなかった。食卓の上ではお婆さんが、折り紙をちぎっては糊をつけて平手でバタンバタンと音をたてながら、そのちぎった折り紙を一枚の紙の上に貼りつけていた。ソファーが置いてある隣の部屋では気分が悪かったのか、お爺さんが毛布をかけてソファーの上で眠っている。
部屋のなかを見渡せば、幼児用のおもちゃやお絵描き帳といった遊び道具ばかりが豊富に揃えてある。ここは幼稚園そのものだ、と達也は思った。
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