血族編(十一)遺伝
社会不安障害を患ったことにより、達也に対する会社の評価は芳しいものではなかった。とりわけ、会議で発言出来なくなったことが大きく影響していた。達也は祖父の葬式の際に、父親が参列者に対してお礼の挨拶をしている時のことを思い出した。本来、喪主である長男強一が挨拶することになっていたが、用事があるとかで、次男である達也の父に依頼したらしい。依頼したというより逃避したのだった。傲岸で気性が荒く、すぐに怒鳴り散らす強一も、人前で話す度胸すらなかったのである。
父親は挨拶している途中、達也の方を一瞥した。その父の顔は、恥辱とも焦燥ともとれる表情を浮かべていた。
「ほ、本日は、ち、父の葬式にさんえつしてくらはいまして、ま、誠に……」
驚いたことに、このぎこちない発言は、達也が社会不安障害を患った後の発言とまったく同じだった。人前で話せなくなったことは、遺伝が関係していたのである。大学のゼミで論文を発表していた時は、堂々と発言していたので、「話せるはずだ」と自分を鼓舞するのだが、人前に出ると体が拒絶反応を起こして、どうにも以前のような発言が出来ないのである。
同期が栄転していくなか、営業所にとどまったまま五年が過ぎようとしていた。例え出世が出来なくても、趣味を生きがいに生きていくという考え方もあるだろう。そのようなひとは大勢いるはずだ。と自分に言い聞かせた。
病気のことを上司に相談してみようと思ったが、父親の死因が自殺であることは他人には絶対に言わないように、母と伯母から口止めされていた。精神病院に行くことも考えたのだが、母親の弟が精神障害を患った時に、診察を受けただけで生命保険に加入出来なかったことを理由に、精神病院には行かないように母親から頼まれていた。
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