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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
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99  西の公爵領  5

 ライがしっかり目覚めたのはその日の夜。慌てて起き上がり治療室に向かう。魔石ランプの明かりの下で医師アーツと治療師ハイラが働いていた。騒がしい貴族の子息がいない。その代わり寝台に空きがないほどの患者が高熱に唸っていた。


「大丈夫かい?」

「申し訳ありません」


「なぜ謝る。君は本当によく頑張った。高熱病の原因まで見つけたじゃないか。明日まで休んでもいいと言いたいが、君の復帰は本当に助かる」

「召喚状はどうなりましたか」


 アーツの話では、西の医師や治療師がしっかり論文を読んでいない上に、懲りもせず毒草でできた薬を飲ませたり、魔力ポーションを最初から飲ませて魔力過多を起こしたりして、魔力回路に障害を起こしてしまった。意識が戻らず、焦った周りの者が強硬に召喚状を出したらしい。


 今になって、どうにかしろと言われてもどうにもできない。焦った理由は現公爵が息子を追って森に入り、高熱病にかかったからだ。息子を心配して追ったならまだいいが、息子たちと狩りをするために森に出かけたから笑えない。腐っても現公爵、死なせるわけにはいかない。大臣たちはこのままでは公爵が死んでしまうと焦り、西の医師と治療師たちを見限った。


 西の医師と治療師は牢に囚われた。残された医師や治療師が困ってしまい、東の医師たちの手伝いを願い出た。大臣たちももう後はないと召喚状でアーツたちに助けを求めた。しかし、一番肝心な高熱病の治療時期は過ぎてしまっていた。アーツたちは別邸で働いていた医師たちに後は委ねてきた。あそこまで治療ができないで医師とは恥ずかしいと零した。


 ハイラからは、公爵家の三人は魔力回路のあちこちから常時少しずつ魔力が漏れているため、一気に枯渇まではいかないが、一生魔力ポーションが手放せないだろうと伝えられた。治療魔法でも治せないほど彼らの魔力回路は脆弱になっている。アス毒のせいで意識低下も改善できず、もちろん政務など出来るはずもない。まあ、今までもしていないから変わりはないらしい。


 執事のストロングが実質政務をしている第三夫人クリアールにたどり着くのに時間がかかった。公爵家の政務を夫人に代理させていることを知られたくないためにストロングは多くの大臣や事務官から妨害を受けていた。


 しかし、街に高熱病が広がり焦った大臣の一人が、ストロングを公爵領の政務を仕切っている第三夫人に案内した。公爵から何も聞いていなかったクリアール夫人は、それは驚いた。娘のクレバリーを動かして内情を調査して、東からの支援の治療宿を見つけた。クレバリーは下働きとして潜入していたが、ライは気が付かなかった。


 街に虫が少しずつ出始めていたが、虫対策を早めに始めたおかげで大量には移動してきていない。それでも虫に刺された人がいた。街を守る衛兵に自警団の人たち、たまに酒飲みが訪れる。虫に刺されたらすぐに来てくれるので、解毒と合わせて熱病の治療を開始した。すると高熱にならず、魔力量の低下も少なかったため、回復までの期間が随分短縮できた。治療側は大助かりだった。毎日十数人が回復しては同じ人数が、新たに寝台を埋めていく。


『ライ、すまない。一番危険な時に俺は離れた』


「グレイ、大丈夫。わたしはアーツさんたちが殺されてしまうかと心配だったの。グレイなら何とかしてくれると信じていたから、わたしの意志で送り出したの。謝らないで。あとで隠し持っているプリンを頂戴」


『う、うん。あいつにも分けてやる』

「大好きよ、グレイ」


 それからは毎日が人の出入りで大忙しだった。貴人は公爵邸別邸をそのまま治療につかうことになった。アーツたちに指導を受けた医師や治療師たちが治療を続けてくれている。

 クレバリーは、今まで提供されなかった食料や、衛生材料、人手を持ち込んで一緒に治療に参加した。貴族のどら息子たちの中にはここに残り仕事を手伝う者もいた。


 ともに仕事をして、ともに食事を食べて、ともにかけ湯をする中で、患者の回復と笑顔に思うことは沢山あったようだ。クレバリーはライの後をついて回り、食事もかけ湯も共にした。入浴剤に目を見張り取引がしたいと言い出す。なかなかの女傑だ。


 ライたちが西に来て、四か月途切れなく来ていた患者がついにぱたりと途絶えた。森の虫はきれいさっぱりいなくなり、虫に食われた毒アス草が一気に枯れて、高熱病の収束期が見えてきた。静かになった治療宿に安堵の息をはく。


 西の公爵家当主代理のクリアールは謝罪と謝意を表した。高熱病の収束を祝って、公爵邸で晩餐会が開かれることになった。冒険者の服しか持ち込んでいないライは、慌ててしまった。アーツさんたちはこんなこともあるかとそれなりの正装を準備してあった。大人の嗜みだそうだ。


「ああ、美味しい料理は食べたいけど、、、欠席だよね」

「ライ、これはリリーと夫人からだ。一人でも着られるように作ったドレスだ」


「えっ、凄い!」

「公爵家に行くのに、ドレス1枚も持たないほうが可笑しいらしい。俺が持たされた。あとこっちは靴とアクセサリーだ。まあ化粧は手伝ってやれないけど、素顔でもライは可愛い」


「グレイ、もう一度言って」

「二度と言わない」


グレイと話してる最中にクレバリーが侍女を連れてやってきた。


「ライお姉様、準備の手伝いに参りました。ドレスはどれにします。数枚お持ちしました」

「お姉様?なんか変な感じ。ドレスはこちらを着ようかと思うけど可笑しくないかしら?」


「「す、素敵です」」

「うっ、まー素晴らしい。魔蚕の絹ではありませんか?それも薄織の三重?いえ、四重ですね。一枚一枚が微妙な色違いの連続階調で黒髪が映えます。任せてください。意欲がみなぎります」


 数人の侍女が、目をキラキラさせている。ライはクレバリーを見た。クレバリーは諦めなさいと目で語る。それからは、別の意味でライは意識が遠のいた。揉みくちゃにされて数時間後ライは鏡の前に立った。


 鏡にはミリエッタを若くしたような女性が映っている。ライは化粧とは恐ろしいものだと思った。

 入場前に騎士服で正装したストーンがライを迎えに来た。開かれた戸の前、ストーンはライを見つめ固まった。


「天使だ・・」


 一言呟くと、ストーンは耳まで赤い顔をやや伏せて、ライに手を差し出しエスコートを申し出た。ライにとったらめんどくさい作法ではあるが、今日は我慢するしかないとあきらめた。頬が引きつらぬか心配しながら、ライはわずかにほほ笑んで、ストーンの手に自分の手を添え歩き出す。


「ストーンさん、わたし作法なんて何も知らないの。よろしくお願いします」

「ま、任せてください。エスコートの仕方はしっかり学んでいます。今回は立食ですからそんなに堅苦しくはないと思います。必ず側にいます」


「今日は襲われることないから大丈夫よ」

「いえ、違う意味で守らないとオズワルド様に叱られます」

「???」


『しっかり、奴に守られていろ。料理に目がくらんであちこち勝手に動くな』


 グレイからの苦言に頷きながら会場に入場した。治療宿や別邸の治療に参加した人もいたので、ライは少し安心した。主催者の公爵代理のクリアールの挨拶と開始宣言で開宴した。


 アーツやハイラは多くの人に囲まれ高熱病について色々聞かれている。時々ライの方に顔を向けるもライは無視することにした。あんなに多くの人に巻き込まれたら言葉など出てこない。それより美味しそうな料理が並んでいる。ライは思わずふらふらと料理の並ぶテーブルに向かいそうになる。


『ライ、大口を開けて食べるな。腹が出るほど食べるとコルセットがきつくなって苦しいぞ』


 ライはコルセットなどつけなくてもいいのに、侍女たちが張り切ってコルセットを付けた。確かに、ない胸が多少あるように見えるしドレスの広がりが奇麗に見える。多少のことなどライには気にならないが、侍女たちには許せないことらしい。クレバリーは、きつく締めあげた細いウエストを強調した紺色のドレスを着ている。動くことさえ辛そうなのに笑顔で挨拶に回っていた。貴族は毎日あの苦行に耐えるのかと思うとライは平民が一番だと思った。


「ライお姉様、お疲れ様です」

「わたしよりクレバリー様の方が大変ですね」


「ええ、父や兄たちも使いものにならないし、母が今以上大変になるのが目に見えていますから、少しはお手伝いしなければいけませんわ。それに父の子供はまだいるから、継承権で揉めるんじゃないかと。おかげで母は大変です」


「あの私を攻撃した人以外にも後継者になれる人がいるの?」

「いるのよ。今回治療に使った別邸以外にも、別邸があるの。そこにもいるのよね男の子が数人。ただ父が認知していないの。それくらい私の父は、いい加減な人だったの。わたしなら絶対結婚しないわ」


「でもお母様は結婚したのよね」

「ええ、母は、正妻のマーガレット様の学友だったの。マーガレット様は学生の頃から、それは優秀な方だったと母は言っていました。ただ父がマーガレット様の心を壊して、マーガレット様が公爵領の政が出来なくなってしまったので、母は政務のために結婚したようなものね。わたしはおまけ」


「色々あるのね。わたしには親がいないからそのような苦労はないわね。親がいても大変ね」

「ライお姉様は親がいなくても、あんなに素晴らしい仕事が出来るのは、なぜですか?」


「素晴らしいかは分からないけど、良い人に巡り合えたことかな。二人の師匠が素晴らしかったとしか言えない」


 ライとクレバリーは、年が近く共に仕事をしたことで気さくに話をする関係になっていた。

誤字脱字報告ありがとうございます。

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