86 アス草と熱病 2
「40年前の熱病が始まった」の一言ですべての時が止まった。
「メデェソン。今迷いの森で取れているアス草と薬草畑のアス草が欲しい。それと今の森で作られた薬と薬草畑で作られた薬を数個ずつ用意してくれ」
「何をなされるんですか?」
「今は言い合っていられない。早くしろ!」
メデェソンさんはレビントレノさんを見つめたが、すぐに行動に移した。メデェソンさんとレビントレノさんは親子だった。だから物言いがきつかった。レビントレノさんは元気なおじいちゃんだ。息子に迷惑を日頃からかけているようだ。時間をおかずメデェソンさんは薬草と薬を用意してきた。
「ライさん、薬草を見てくれ。薬を詳細鑑定にかける。メデェ、記録をしてくれ」
「この子は?」
「薬師だ。あとで説明する。急げ」
ライはまず、迷いの森の大きなアス草を見て触る。そのうちの2枚を指ですり潰して口に入れる。驚いたアルケラさんがライの手を止める。
「大丈夫です。もともと毒ではないから口にしても問題ありません」
まず葉を鑑定する。
『アス草・・解熱効果のある薬草』ここまでは普通だ。さらに目を凝らす。
『アス草・・解熱効果のある薬草・・迷いの森産・・軽微毒あり』
「ライさん」
ふらついたライをアルケラさんが支える。近くの椅子にライを座らせた。
「大丈夫ですか?何かわかりましたか?」
鑑定機をかけていたレビントレノさんが駆け寄った。ライは一瞬躊躇した。
「鑑定の方は?」
「今結果を出している。何かわかったのか?」
「軽微毒あり、だそうです」
「・・・・・」
「父上、森の大きなアス草で作った薬に毒ありと出ました。この毒は意識障害を引き起こします」
「薬は煮詰める。軽微毒が凝縮された。錬金薬ならさらに毒効果が高まる」
「しかし、詳細鑑定でしかわかりません。これくらいでは・・」
薬師ギルド親子は言い合いを始めた。少し落ち着いたライは、アルケラさんと話をすることにした。どうしても薬師視点で答えを出すのは思い込みと一緒の気がしたからだ。
「アルケラさんの使用人は、古い薬を飲んだんですよね。そして安静にしていた。世話をする家族は?」
「娘さんがいましたよ。今も我が家で働いています。よく気が付いて、私が子供の頃、熱があると氷を誰かから貰ってきて、冷たい布で体を拭いたり、冷水を飲ませてくれました。きっと父親にも同じようにしたと思います」
『煎じた薬草はアス草だった。普段使うものと変わりない。村人は熱病が流行ったらアス草を煎じて、白湯を飲んで熱を下がるのを待つだけだといった。各家の庭先に各種の薬草が植えられていた』
「もしかしたら、熱病にかかり熱さましの薬を服用しても効果がないからと何度も服用する。毒のせいで意識が朦朧として正確な判断ができない。食事も水も飲めない・・・」
「治療魔法を受けた者は熱が下がらないが、しばらくは食事ができた。その後内服したから悪化した?」
「熱病の悪化の経緯はそうかもしれない。それだけじゃ・・何か足りない」
「使用人はどれくらいで回復したのですか」
「10日ぐらい。薬を飲んで5日は高熱が続いた。その後徐々に熱が下がったらしい」
「根本的にこの熱病の原因は分からないままなんですよね。ひと月からふた月で、多くの死亡者を出して収束した。王都の後、地方に出たらしいが詳しいことは分からない」
「高熱が5日・・・ここを乗り切れば。薬効の強い錬金薬を飲んだものが王都には多かったのでは?」
「それは勿論。国の要人が多かったから・・・あっ、錬金薬が悪い?」
「そうでなくて・・そうである。まずは毒入りの葉で作られた薬を飲むことで意識が混沌として正確な判断ができない。熱がさがらず何度も薬を服用する。その間、食事などしていない」
「人は食事をしなかったら・・」
「人は水を一滴も取らなければ5日で死ぬと言われています。まして高熱ならさらに短くなるのでは?」
「ライさん!」
声が大きくなるレビントレノ。
「あっているか分かりません。この熱病は何もしなくても5日ぐらいで徐々に下がる。体力がある者はそれで乗り切れる。多くの者は薬を飲む。毒入りの薬で意識が混とんとして何度も薬を欲しがる。
その間、食事も水分もとれていない。治療魔法や高価な薬を使えるものはそれが顕著になる。もともと高価な薬など飲めない者は、手軽に採取できる森のアス草を煎じて飲む。高熱の5日間に毒が煮詰められたせんじ薬で悪化して死亡する」
「では、毒入りでない薬ならいいのか?」
「もしかしたら熱さましの薬はあまり効かない?急激に熱を下げようと過剰に薬を飲むことで体力を奪われる。かえって、適量の薬と発熱の手当を合わせる方が良いのでは?」
「「「・・・・」」」
「と、とにかく今取れてるアス草で薬を作ることも、民間で行われるせんじ薬も中止のお触れを!」
「私が公爵の所に行ってくる」
「父上は今はギルド長ではないからわたしが・・」
「お前は途中からしか分かっていない。連れて行くならライだ。それにお前とアルケラはそれぞれの立場で、ともかく毒入りの薬を使わないこと。飲むなら以前の薬を規定通り、以前の薬を三日おきに内服。水分を十分にとらせ体を冷やす。食べれるものはスープでもいいから飲ませろ。熱は5日で徐々に下がる。と伝えろ」
「待ってください。これは私の・・・」
「きっと君の考えが正しい。でもこの責は俺が持つ。今は悠長に考えてはいられない。皆走れ!」
それからは怒涛の如く事が進んだ。商業ギルドと薬師ギルドが薬の回収と判断の付かぬものは薬師ギルドで鑑定。冒険者ギルドに薬草の採取中止と森への立ち入り禁止の申請。採取済みの毒入り薬草は回収して焼却処分。毒入り薬も薬師ギルドで回収して処分した。
以前の薬草で作られた熱さましは、それなりに持っている者が多くいた。高熱になっても規定通りの内服なら大騒ぎにはならなかった。
ライはレビントレノさんに連れられ公爵邸に向かった。急な先ぶれだが熱病の件と伝えたら即刻面会となった。公爵様はライを見て一瞬目を見開いたがすぐにレビントレノさんと話し始めた。
ライは薬師のお婆の日誌の二か所を説明した。レビントレノさんが薬草と薬の詳細鑑定の結果。40年前の発病から死亡の経緯と回復への手がかりをライが話すより理路整然と伝えた。まだ推測の域を出ないが元薬師ギルド長の責任で各ギルドを動かしたと伝えた。
公爵様はすぐに領地全体に神の祝福と言われる、葉の大きく色の鮮やかなアス草を発見したら、採取せず冒険者ギルドに連絡を入れ森に入らないこと。高熱が出たら薬師ギルドに報告し治療の指示に従う。とお触れを出した。薬師ギルドは各町のギルド支店に薬の詳細鑑定をして旧来の薬を無料で配布と治療の方法を伝えるように伝えた。
「ライさん。オズの護衛騎士が高熱を出した。高熱病にかかれば助からないと言われています。ライさんの考えで治療してください」
深く頭を下げる執事のストロングさん。祖父の顔になっていた。オズの護衛騎士のストーンさんはオズの放置された森に調査に入っていた。冒険者ギルドが出入り禁止に入る前だった。
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