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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
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82 ロッキング公爵オードリアンの苦悩 1

 わたしは、グラウンド王国の東部を収める、四公爵の一家、ロッキング公爵の当主オードリアン・ロッキング。前公爵から当主を引き継ぎ、王家の監察官を務めている。


 わたしは、ひと月ほど王都で、監察官の務めを果たした。監察官は、四公が王政の不正がないか監査をする。今期は東の公爵家は、財務を担当している。年に数回王都に出向く。財務担当も3年で持ち回りをする。不正の温床にならないためだ。他には外交、王家、産業がある。


 激務であったが息子のことが気にかかり、すぐに馬車で帰路についた。途中、筆頭執事ストロング・ラシェッドから魔鳩が飛んできた。息子オズの誘拐の知らせだった。すぐに護衛の馬に乗り換え疾走して家に向かった。


 出迎えた使用人に軽く挨拶をして、足早に執事のストロングと共に執務室に入り、防音の魔道具を起動する。


「オズは無事か?怪我をしていないか?」

「オズ様はとても元気にしています。今回の件が解決しないと、オズ様に再度危害があるかもしれないので、安全なところで過ごしています」

「どういうことだ」

俺の問いに、ストロングは青い顔で答えた。


 オズの母親ローズは、俺の願いを聞かず、オズの面倒を見ていなかった。普段と変わらず侍女任せにしていた。しかし、侍女は病気でオズの世話ができなかった。侍女がオズの心配をすると、治療師がオズはローズが世話をするから心配ないと告げた。


 侍女は安心して部屋で療養した。ただ症状は重く部屋から出ることがなかった。執事のストロングには、侍女の病気療養は伝えられていなかった。本来なら治療師が病状と共に報告することになっていた。


 その間にオズは誘拐された。連絡が来るまでの間、ローズは、一度もオズを見ていないことになる。


 貴族の子供は乳母や侍女に世話をされる。当然両親も手伝うが、仕事や社交で手を離すことが多い。5歳を目安に家族と過ごせる程度の躾を身に付ける。5歳で祝福を受ける。正式にお披露目をして、貴族家の一員となる。


 それまでの間は、子供の育児は専属乳母から専属侍女と引き継がれ世話を受ける。ほとんどの貴族の家は同じだ。自分もそうだった。ただオズは声が出ない。産声さえ発せなかった。そのため部屋にいても廊下を歩いても、話し声がないので存在は希薄だった。


 オズが声が出ないことで、公爵家の女主人ローズは、オズに気を掛けることが少ない。その影響か、オズが蔑ろにされ易かった。子供は敏感に空気を感じる。オズが懐いていた侍女は一人だけだった。


 わたしは、父親として毎日一度はオズの部屋を訪れた。オズを膝に乗せ話しかけた。オズは話に反応して、身振り手振りで答える。利発そうな青い目、何かを伝えたそうな口。彼を次期当主にすると決意するものがあった。これが単に父親としての情愛か当主としての決意かは分からない。


 オズが誘拐され森に居たと知らせてくれたのは、カール男爵の妹、ミリエッタ・カールからの伝言を頼まれたカール男爵だった。知らせから慌てて執事はオズを探したが、誰もオズの不在に気が付かなかった。


 執事のストロングは取り急ぎ、オズを預かっているお宅を訪問した。そこでストロングはオズからの手紙を見せられた。オズは字が書けるのか?

『 父と話をしたい 』それがオズの願いだった。


 執務室の戸を叩く音。正妻のローズだった。

「お帰りなさいませ。お疲れでしょうに。ストロング、仕事は明日にしなさい。旦那様を休ませてあげて」

わたしを気遣う優しい妻だった。


「旦那様、部屋に来るなら入浴してから来てください。この子に汚れは良くありませんから」


俺は家を出る時ローズにオズを頼むと声を掛けた。


「オズは元気にしているか?」


「元気ですよ毎日寝顔を見てます。昼間は侍女がいつも通り世話しています。この子に負担になるので、今日は侍女と一緒に寝ています」


「そうか世話をかけたな」

彼女はオズと過ごしているという。


「そうですよ。この子に何かあったら困りますから、今回限りですよ」

「ローズはオズが嫌いか?」


「まあ、自分の子ですもの嫌いなわけないでしょ。ただこの子は次期当主になる大事な子ですから、この子を優先するのは当たり前でしょ。変なこと聞くのね。では失礼します」


 ローズはあんな女性だったか?ストロングの顔をみる。彼も驚いた顔をする。翌日、オズに会いに出かけた。


 貴族街より平民街に近い、小さめの屋敷であった。屋敷回りもきれいに整えられていた。丁重にミリエッタ・カールに迎え入れられ応接室に入る。そこには女の子とオズが手を繋いで立っていた。

 思わずオズに駆け寄ろうとしたが、当主の顔の自分がいた。オズを助けてくれたことのお礼を告げた。


「お初にお目にかかります。ライと言います。薬師をしています。まずはオズワルド様とゆっくりお話してください」 


 そう言うと、女の子は部屋に俺とオズを残して出て行った。オズと二人きりになったのは初めてだった。必ず執事か侍女がいたからだ。


「オズ・・すまなかった」

「おとうさま、おつとめおつかれさま。ぼくはげんきです。はなしもできます」

「オ、オズ・・良く分かる。凄く上手だ」


 オズの突然の声に驚いた。震える手でオズを抱きしめた。どんな魔物の前でも王の前でも震えたことはない。この時ほど、神に感謝したことはない。


「おとうさま、くるしい」

「オズ、怪我していないか?困ってることないか?」

いつものようにオズを膝に抱く。


「すごくげんき。おず・・ぼくはじもかける。えほんよめる」

「すごいな、オズはお父さんがいない間に凄く成長したんだな」

「うん。らいがね。おとうさまがむかえにくるまでまっていようといった」

「そうだよ。おとうさんが屋敷の悪い人をやっつけるから待っていてくれ」

「うん・・はい」


「オズはお母さんに会いたくないか、連れてくるぞ」

「う・・ん、おかあさま?ろーずさま?」

「そう、ローズお母様」

「あいたくない。ねーやにならあいたい。もっとじをおしえてもらう」


 言葉にならなかった。廊下でオズを呼ぶ声がする。オズは駆け足で遊ぶために部屋から出て行った。俺は一人残された。


 すぐに猫と犬を連れた先ほどの女の子が現れた。オズを助けてからの様子を話し始めた。女の子が話し始めたが言葉に詰まる。それを助けたのが猫だった。


「オズの声が出ないのは呪いだ。お腹にいる時から呪いをかけられていた。オズは女神の愛し子。教会にオズを連れて行ったとき、女神が怒ってプチっと呪いを蹴り飛ばした」


 オズは女神の愛し子・・あの愛し子か? オズが声を出せなかったのは呪いのせい。治療師はそんなことは言っていなかった。身体が大きくなったら、王都の大教会で治療を受けるつもりだった。


 妻たちの妊娠中も含め我が家の治療師として働いていた男。その治療師が犯人だった。今は声が出ず魔法が使えないと暴れ、牢にいる。


「奴をそそのかしたのは、モウゲンドール」

第二夫人、ルペライトの実家。半年前に生まれた孫を後継ぎにと動いていた。


「子供は魔術師の子だ。托卵」


托卵・・顔は似ていないが髪は我が家の紺色。オズより濃い青だ。それが色変わりの魔法。生まれる前から誰にも分からないように少しずつかけ続けた。呪いと一緒だ。俺が不審に思っていることに、気が付いた猫が馬鹿にするなと怒った。


「猫はそこら中に出かけて、情報など簡単に集める。帰る」


 猫は帰ると言った瞬間に消えた。女の子が転移したといった。女の子が言った通り、俺は初めて思考が固まる経験をした。突然、多くの予想外の情報。すべてを消化するのに時間が必要だった。


 家に帰る馬車の中で前公爵から執事をするストロングと話し合った。女神の愛し子を抜いて話をした。執事は魔力が多いが身体強化で魔力を感じることは苦手だ。それは俺も同じだった。だからこそ父もあの治療師を置いていた。


 まずはルペライトの子供、托卵の確認と治療師の供述を引き出す。子供は魔法をかけなければ髪の色は戻る。魔術師は呪文を唱えることができない。それでも魔封じの首輪をしてもらう。ローズの件はそのあとだ。


 『 女を見る目がない 』確かに。情けないが納得した。


 ローズは学院が一緒で伯爵家の長女。好ましいと思ったのは嘘ではない。前公爵、父の勧めもあって婚姻を結んだ。なかなか子供が出来なかった。政略的な都合で、ルペライトを第二夫人に迎えた。これも高位貴族なら普通の事。


 妻二人が仲が良いとは言えないが、いがみ合うことはなかった。ローズはルペライトが嫁いですぐに妊娠した。無事に男の子を生んだ。ただ産声をあげなかった。


 青い目に青い髪、妻の金髪のせいか髪は輝いて見える。俺の目をまっすぐ見つめる大きな瞳、賢さを秘めていた。声が出ないことは関係なく彼を当主にすると思えた。妻にもそう言ったがオズを抱くことはなかった。


 それでもルペライトの子が生まれる前に二人目を妊娠してローズは明るくなった。ルペライトが男の子を生むと、ローズはお腹の子に執着し始めた。

 妊婦はそういうものだと人には言われた。しかし、ローズはやっとできたオズの時にはそんな様子はなかった。もちろんルペライトなど呑気に何度も馬車で里帰りしていた。


 公爵家の密偵を私用に使うのは憚られる。だが、そうは言っていられなかった。オズが再び襲われるなど許せない。猫でも調べられるなら密偵なら簡単だと思った。考えが甘かった。まずルペライトは自分の息子が俺の子でないと思っていない。治療師がいなくなっても騒ぎもしなかった。


 モウゲンドールの義父は孫が生まれてからは娘の所に来ているが様子に変わったところがない。ただ、ご機嫌伺に来た時に、「オズワルド様はお声が出るようになりましたか?ルペライトの子は利発で良くしゃべります」と含みを持った声掛けをしてきた程度だ。

 

「はかどっているか?困っていそうだな」


 グレイという妖精猫が突然現れた。人を見透かすような目でじろりと見る。言葉に詰まるが嘘は見破られそうだ。


「良く分かっているな。情報は筒抜けか?」

「いや、モウゲンドールの屋敷に密偵を入れたか?あそこの当主は頭がいい。今回のことは娘も家族も誰も知らない。密偵など役に立たない。


 ただ治療師がルペライトに横恋慕しているのを知って治療師に『 娘の子が当主にふさわしい 』とささやいただけだ。ルペライトの子が不義の子とは義父は思っていない。ルペライトは火遊び程度に治療師の相手をしただけ。今は息子を当主に出来るかも程度のお気楽な女だ」


「それではいくら悪事の書類を探しても・・・」

「ないな。とりあえず髪色が戻りつつある」

「親子鑑定!」


「そう、一人ずつ取り除いていけ。小さな石を誰かが蹴る。コロコロ転がって巻き込まれたほかの石がさらに大きな石を落として災害を起こす。

 大きな石は目につくからすぐに取り除ける。小さな石を無くすことはできない。そんなもんだ」


 そう言って、猫は消えた。目が覚める思いだった。オズを誘拐するような悪行には大きな悪が関わっていると思った。見る視点が違う。

誤字脱字報告ありがとうございます

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[良い点] 見る視点が違う! まさに! 猫視点ですねー
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