81 羊毛で作るぬいぐるみ契約
7日後ミリエッタ叔母様の屋敷でダイアナと兄のシャープさんと打ち合わせをした。ダイアナから妹大好き過保護兄さんと聞いていたが、シャープさんはダイアナと違い切れ者の文官といった感じだった。
「叔母様、今日はこの場をお貸しいただき、ありがとうございます。わたくしダイアナの兄シャープと申します。ライさんのお話は、ダイアナから聞いています。
ダイアナの婚約解消の時は本当にお世話になりました。情けない妹に気をもんでいました。ライさんとグレイさんに出会ったことで、ダイアナは目を覚ますことが出来ました。「兄さん、長い」」
突然のダイアナの声にライもミリエッタ叔母様も驚いてしまった。
「仕方ないだろう。いつもすれ違いでライさんに会えなかったんだから。本当なら両親もお礼を言いたいと言っていた」
「そんなに心配かけていたんだ・・・」
「ダイアナ、反省は必要だが、それに囚われてはいけないよ」
ダイアナ兄妹の話が続く。仲の良い兄妹だ。
『シャープは次期当主だから厳しくしつけられた。その反動で妹に激甘らしい。ダイアナの絵本を商品として取り扱うことで、ダイアナの資産を増やして自由に生きる道を作ってるんじゃないか?あれは、貴婦人として社交界を泳ぐのは難しいぞ』
グレイの念話が入る。
「ライさん、グレイさんにもお会いしたいのですが」
「えっ・・・」
「お兄様、グレイさんはとても忙しいの。ここには来られないわ。わたくしが十分にお礼を言いました」
「それは残念です。グレイさんの小言が非常に素晴らしかったと聞いていたので、お会いしたかったです」
突然のグレイの話にミリエッタ叔母様が「フフッ」と笑いをこぼした。切れ者の兄をごまかそうとダイアナは躍起になっている。
「シャープ、グレイさんはたまにこちらに来ますから、わたしからもお礼を伝えておきます。それより、ぬいぐるみの件を話しなさい」
「ありがとうございます叔母様。ライさんにお願いしたぬいぐるみですが絵本の購入者から多く希望が来ています。知り合いの雑貨屋に相談しましたが、ダイアナの持っている猫のぬいぐるみのようにできないのです」
「それに!顔が違うの!手触りも違うし、可愛さも全然なの。それにその雑貨屋、ミミのまがい物売り出したの。お兄様のせいよ!」
「申し訳ない。ミミとは名をつけていないが絵本の横に並べるから誤解を生んだんだ。登録したからこんな問題はなくなる。申し訳ない。俺の失態だ」
落ち込むシャープに怒りを忍ばせるダイアナ。立場が逆転している。ライは手のひらに乗せた三毛猫と白い犬を二人の前に差し出した。
「ああぁ・・なんて可愛いの。ミミとシロそのもの。分かります、お兄様」
「ああ、分かった。ぬいぐるみなんてどれも同じと思っていた。これは別物だ」
「シャープさん、これは魔羊綿を色別に集めてミミを作っています。シロも同じです。とても手触りが良いですし毛並みがさらさらとして本当の猫のように見えます。そして、これが羊綿から作りました。触ってみてください」
「ライ、羊綿はふわっとした感じが愛らしいわ。魔羊綿の方が貴婦人で羊綿は友人?いつもそばに置くなら羊綿。大切に飾って、時にめでるのが魔羊綿・・」
「ダイアナの表現は分かるわ。男性のシャープには理解できないかしら?」
「なんとなくわかります。僕の普段使いの愛着のあるこの眼鏡と魔封箱にしまってある祖父からもらった眼鏡みたいな感じですか?」
「男性は可愛さや美しさの違いが判りませんね。叔母様」
「そうですね。男性と女性では好みが違いますから。でも子供は、男女変わらないかも。布で作ったら赤ちゃんでも持てるかしら?」
「本来は出産祝いの本ですから、赤ちゃんに使える物があると良いと思います。ライさんがよければ叔母様にお願いできませんか」
ミリエッタ叔母様がライの方を見る。さすがに綿が表に出ているぬいぐるみは、赤ちゃんに持たせられない。叔母様なら安全で、洗えて丈夫なものを作ってくれそうだ。ライは当然承諾した。
「シャープさん、一人で200個作るのは大変です。本体部分を孤児院の子供たちに手伝ってもらおうかと思っています。きっとこれをきっかけに色々な動物や人形が作られると思います。手に職をつけるためにも彼らの手を借りたいのです」
「シャープ、これは素晴らしい事よ。慈善活動の一つになるわ。愛らしいミミやシロが子供を助けるの」
「あと魔羊綿の最後の毛並みは、わたししかできないかもしれません。それなりにつややかですが、これが本来の魔羊綿で作られたものです」
「充分つややかだけどライの手の入ってる方を見てしまうと違いが分かる。仕方ないわ。ライは薬師だもの。本来の仕事を優先するべきだわ」
ダイアナの優しさにほっとした。シャープは、違いが分かるがダイアナほどの反応がない。ライが気にするほどでないようだ。
200個納品後、シャープの工房に技術指導に向かうことと肖像権利用の申請の手続きもしなければならない。お茶やお菓子を楽しみながら、話すことが終らない。昼食後、シャープとダイアナ、叔母様も一緒に商業ギルドに出かけ各種の契約を結んだ。
シャープとの契約の翌日、食料をもって孤児院のシスターガーネットを訪ねた。
「ライさん、いつもありがとう。子供たちが朝起きると籠にお野菜やお菓子があるので驚いているの。先日、消灯過ぎに男の子たちが台所に隠れて、誰が届けに来るか見ようとしていたの。フフフ、でもみんな台所の床に寝てしまって、シスターにお小言貰っていたわ。その日は男の子がお料理して掃除も頑張ってもらったの」
「グレイは子供たちに追いかけまわされるのが苦手だから」
「いいのよ。今の時期だから不思議なことを素直に受け入れられるの。色々なことを見たり聞いたりして、大きくなっていくのよ。
冒険者ギルドで仕事が出来るようになって、子供たち明るくなったわ。街でどんなことがあったかよく話してくれるの。
色々なことを経験してから卒院して欲しいの。それに街の人と顔見知りになるのは良い事よ。街に残る子は街で生きて行くんだから」
孤児院が明るくなったのは子供たちばかりでなくシスターたちのお陰だと思う。
「シスター長、実は仕事の依頼に来たのです。このふわふわの毛玉を先の丸い針でチクチクしてこのくらいの大きさにして欲しいのです。上手い、下手は気にしないで下さい。最後に私が完成させますので」
「これは?」
「魔羊綿と羊綿をそれぞれ三色合わせたものです。白に茶色に黒が猫、白だけが犬になります」
「確かに高価ですが手持ちの物なので、失敗しても気にしないでください。ただ怪我をしないように気を付けていただきたい。空いた時間を使って欲しいです。長い時間やらなくていいです。出来た物1つで5鉄貨で引き取ります。
失敗したものも最後にすべて回収します。シスターの一人が綿玉の数と針の数を毎回確認していただくと安心です。実はこれがいずれこれになります」
ライの手のひらに2体のぬいぐるみをのせた。
「まあ、可愛い。さすがにライさんの手が入らないとこうはなりませんね。外に出られない子供が幾人かいます。手先が器用な子もいますから、ぜひやらせてください」
ライが契約書を取り出すと、お試しだからと、シスター長は書面に両者の名前の記入で済ませた。10日後には仕上がったと孤児院から連絡が来た。子供たちは新しい仕事を楽しんでくれたようだ。
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