8 行商人ボブさんと二人旅
荷馬車の床板に隠れてうとうとしていると
「落ち着いたか」
気遣うようなおじさんの声がかけられた。
「うん 大丈夫」
やっとライは声を出した。
「こっちに来れるか?少し話をしないか。板張りだったから体が痛かっただろう」
「ううん。干し草があったから大丈夫だった」
ライはボブの近くに座りなおした。
「そうか。俺はボブ・ロンゲート。ロン商会の次男、行商担当だ。行商とは荷馬車に商品を積んで店が無い村々を回って商売をすることだ。
薬師のお婆は、薬作りが上手いから色々買わせてもらっているんだ。それに特別な薬草もあるしな」
ライが気まずくならないように、ボブはお婆の話や仕事の話をいろいろしてくれた。
ガタガタと揺れる荷馬車の音を聞きながらゆっくりと時間が過ぎていった。このまま、まっすぐに街に向かうらしい。水袋から水を飲み、干し肉を食べながら日が落ちるまで走り続けた。
草原の終わりか林と岩山が見える。青空は薄紅色に変わり始め、草原に吹く風は少し冷たくなってきた。
「ライ、今日はあそこで野宿だ。
野宿なんて初めてだろ。夜空の星を見ながら寝るのも良いもんだ。
この辺は雨が少ないから木々が育たない。だから森ができなくて森にはたくさんいる獣も少ない。
村からも街からも離れていて、見晴らしが良すぎて隠れるところがないから盗賊もいない。
まあここを通るのは行商人が主だけど、商売相手も貧乏村ばかりで金を持っていないから盗賊も集まらない。
もう何年も行ったり来たりしてるけど襲われたことはない。
こう見えて昔は冒険者もしていたから多少は腕が立つから心配するな」
そう言って林の中でも大きめの木と岩の間に荷馬車を停める。
荷台から木の桶と干し草束を出してきた。
「ここは街への幾つかある中継地点で、夜営用に造られてるから安心しろ。一応、魔物よけも準備してある。ちょっと水を汲んでくる」
「水、木桶一杯なら僕が出せます」
木桶を抱えて歩き出すボブに慌てて声をかけた。
「ライは水魔法使えるのか」
「違う。生活魔法だけど少し多めに水が出せる」
そう言いながら木桶に水を半分ほどだした。
作り置きの竈に拾ってきた薪をくべ火をつけた。お婆に教わった旅先の料理を試す。
持たせてもらった鍋に水と干し肉をナイフで削ってしばらく煮込む。少しして干し野菜を加えてスープを作る。
干し肉の塩味が効いてなかなか美味しい。硬いパンをスライスして、一緒に出す。スープにつければ食べやすくなる。
「凄いな。ご馳走だ。夜は冷えるから温かい物は助かる。これもお婆に教わったのか?」
「お婆に簡単な料理は教わった。パンや干し肉・干し野菜を持たせてくれた」
「そうか・・・助かったよ。ありがとうな」
ボブは、ライの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
一人で残されるのが怖くて水を出した。夕飯は自分のためでもあった。それでもありがとうと言ってもらえたことが嬉しかった。
具だくさんの野菜スープとパンを食べた。ボブは鞄から四角い白い物を出した。
「これは固焼きクッキー保存食だ。歯が折れるくらい硬いが少し甘みもある。口の中で溶かしながら食べてみろ」
噛み砕くことはできないが、少しずつ溶けて口の中の水分を吸い取っていく。
その代わりにほんのり甘い。ライにとって、初めてのお菓子だった。ただ口の中はパサパサだ。慌てて薬草茶を入れた。
日暮れから夜の風景に変わるまで竈の火で暖を取りながら体を休める。夜営は交代で見張りをすると言っていた。魔物よけはしてあるけど盗賊よけはないらしい。
初めての旅で寝付けない。ボブさんに先に仮眠を取ってもらった。子供では安心して休めないだろうけど、何かあったらすぐに声を掛けるからと言うと、やっと荷馬車に戻って休んでくれた。
空には2個の月と見渡す限りの星々、林の木々を揺らす風、竈の火がゆらゆら揺れていた。ゆっくりと夜が更けていく。
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