76 捨て子の話
男の子は泣くことも、癇癪を起こすこともなく静かに寝台にいた。言葉が話せないと自分の口に指で✖作る。慣れているようだ。
「驚いたよね。ここは私の家。私はライ。この猫はグレイ。子犬はジル。私の家族。悪い人はいないから心配しないで」
男の子は家族という言葉に驚いている。
「お腹空いたでしょ。ここで食べる?テーブルで食べる?」
テーブルで食べるようなのでスープと柔らかいパン、甘い果物を準備した。カトラリーを上手に使い空腹なのにきれいに食べきる。果物にアイスを飾る。一口食べたら目を丸くしてライを見る。
「美味しい?」
男の子は力強く頷く。味わうようにゆっくり食べた。果実水を飲ませたあと、ソファーで話を聞くことにした。ジルとグレイで各ギルドとモズ商会に納品を頼む。ジルもグレイもどこに行っても人気者。手紙を添えて送り出す。
男の子は、ライが書いた手紙の残りに文字を書いた。
「オズワルド?名前?3歳?字が書けるの?凄い。色々聞いても良いかな?」
オズワルドは大きく頷いた。
たすけてくれてありがとう。ごはんとってもおいしい。ぼくはこうしゃくのこども。うまれたときからこえでない。みみはきこえる。はなしはわかる。じがかける。
たどたどしいが文字が並ぶ。話せないからこそ文字で伝えるために早くに教えたのかもしれない。
「お家に送りますよ」
オズワルドは大きく首を振った。すぐに文字を書く。
ちちいない。いえあぶない。ちちもうすぐかえる。ちちとはなししたい。
「今は家に帰らないほうが良いのね。お父さんと話がしたい。二人だけで?」
オズワルドは大きく頷いた。一緒に暮らしていても親子でも直接話ができない?貴族の親子は不思議な関係だ。
「貴方がいなくて家の人は心配しない? 誰かに連絡とりましょうか?」
ははおなかにこどもいる。いないのきづかない。さがしていない。
書き終わったオズワルドは下を向いた。両親が揃っていても幸せとは限らない。賢いオズワルドはまだ3歳、つらい現実。
グレイとジルが帰宅した。ジルはオズワルドの涙をぺろりと舐め膝に乗る。恐る恐るジルの柔らかな毛に手をのせる。
「オズワルド、名前はジル。尻尾を振ってるでしょ。ジルはオズワルドが好きみたいよ。優しく背中を撫でてみて」
恐る恐る小さな手がジルの背に触れる。柔らかな毛に手が埋まる。オズワルドは一度ライを見てから、優しくジルの背を撫でる。ジルの尻尾がふわりと揺れる。あとはジルに頼んでグレイと話す。オズワルドの文字を見せた。
「3歳か?随分しっかりしているな。生まれた時から声が出ない?病気か?」
「公爵家なら医者や治療魔法かけてるのでは?」
「生まれながらに機能を欠損していたら医者でも治療師でも無理だな」
「こんなに賢いのに・・・だから捨てた?」
グレイはライの質問に淡々と答えた。
「それはないだろう。公爵不在時を狙って魔法師が森に捨てるのはおかしい。病死や事故死の方が普通だ」
「・・・普通?」
「いや言い方が悪かった。廃嫡する方法には色々あるってこと。話が出来なくても、いくらでも生きていける。こんなに賢いならなおさら」
「・・・・なんか方法ないのかな」
「ライ、鑑定かけてみたら」
グレイの問いかけにライは驚いた。人を鑑定するなど思いつかなかった。
「人に鑑定なんてかけたことない」
「人というより、しゃべれない原因の鑑定。薬の鑑定はランクを確認すると考えるだろ。薬草を探すときは薬草を浮かべながら鑑定する。オズワルドは声の出ないことを考えて口やのどの周りを鑑定してみたらいい」
「なにかわかればいいね。オズワルドは、ジルに夢中だからちょうどいい」
ライは、オズワルドの喉を見つめる。喉がだめなら頭?
「・・・グレイ。首の上の方に黒い塊がある。【 呪い 】ってでた」
「呪いか・・・。黒い塊は大きい?」
「大きくないけど凄く真っ黒。気持ち悪い」
グレイの話ではお腹にいた頃から、長い時間呪いをかけられていたんではないかと。だから生まれた瞬間から声が出なかった。そして今までもずっと、呪いは継続されている。ライにはお腹の赤ちゃんに呪いをかける意味が分からない。
「継承権絡みか?」
「公爵家を継ぐことはこの地を収める権力を手にできる。確かに、あり得るか」
「ミリエッタ叔母様の遺産を貰うとスカーレットが騒いでた。同じようなもの?」
「ミリエッタ叔母様?」
「だって、夫人が呼んでほしい・・」
「別にいいよ。おっ、ミリエッタ夫人経由で公爵家に連絡を取ろう」
「おいオズ、屋敷で信頼できる従僕とか騎士とか執事はいないか?」
オズワルドは抱きかかえたジルを落とした。
「ワンワン」
ジルはオズワルドにグレイが直接話かけたことをとがめる。
グレイは仕方ないだろうと目をそらす。グレイは感情的になると人前でしゃべりだす。ダイアナの時もそうだった。ライには忠告する癖に、だいたいばれるのはグレイのせい。
「オズワルド。驚いたよね。この猫はグレイ、妖精猫。お話ができるの。オズワルドのことを心配して話しかけちゃったの。怖くないよ」
オズワルドは人形のようにコクコクと頷いた。
「誰かいるか?」
しつじのすとろんぐ・らしぇっど
「よし分かった。そいつに連絡とってお前と親父が会えるようにする。もう面倒だリリーこいつを地下に連れて行って遊ばせてくれ。色々ライとしなければならない。オズ、ここは秘密の家だ。ここの話を誰かにしたら俺に呪われるぞ」
グレイの目が金色に光り、オズワルドを睨む。
オズワルドは口を手に当てコクリと頷く。侍女姿のリリーに手を引かれジルとともに地下に降りて行った。グレイは幼い子供に凄みを利かせすぎ。グレイのせいなのに子供を泣かすな。
「ライ、俺が夫人のとこに事情を話に言ってくる」
「えっ、グレイ、ミリエッタ叔母様とお知り合い?」
「おお、ライ繋がりでちょっとな」
慌ててグレイは転移していった。ライのことを心配してのことと、分かっているがグレイの正体がどんどんばれている。大丈夫か?
「夫人が一度、家にオズを確認に来る。もうすぐ着く」
慌てて出迎えの準備をする。すぐに家の戸を叩く音がした。
「ライちゃん、素敵なお庭ね。今度ゆっくり見せて欲しいわ。ところでその子供は?」
グレイがオズワルドを連れてきた。
「オードリアン様の紺碧の髪にローズ様の輝きの髪。目もお父様ね。そっくりだわ。まだ3歳だからお披露目されていないけど、お生まれになったのは知っています。事情があるようね。オズワルド様、ライちゃんとグレイを信じてここで待っていてくださいね。
ライちゃん、グレイ、本家のカール男爵を通じて執事と連絡を取ります。今の所子供の失踪の話は出ていません。兄には余分なことは言いません。任せてください」
そう言ってミリエッタ叔母様はすぐに戻っていった。
「オズ、あの人はカール男爵家に繋がる人です。私の取引相手です。取り成してくれるから心配しないで。地下は吃驚したでしょう」
オズワルドは身振り手振りで地下の住人のことを伝えようと忙しかった。子供にしたら夢の世界だ。
「ライ、呪いなんだけど。女神に見せてみる?」
「背が伸びていないから、お願い聞いてくれるかも・・・」
「背が伸びて・・・?」
「ううん、気にしないで。前にお願いがあったら一つ聞いてくれるって」
「それを背を伸ばすに使ったのか?」
「あら、切実よ。もうすぐ15だもの」
「鯖読むなまだ随分先だ」
グレイと相談して教会に行くことにした。オズワルドは目立つ髪色なので一時的に茶色に染める。ライが着ていた男の服を着る。一応平民に見える。
屋敷から外に出たことがないのでオズワルドはワクワクしている。ジルと一緒に飛び跳ねる。3歳の子供らしい落ち着きのなさにライは笑ってしまった。帰りに屋台を回ることにした。
今回は祝福が有りませんようにと、ライは思いつつ女神像に祈りをする。オズワルドは初めての教会をあちこち見回し、慌ててライの真似をして祈りを捧げた。
「あら、久しぶり。この間は迷惑かけたね。あの見習い戦いの神に預けたから。もう心配いらないわ」
キラキラ眩しい女神がほほ笑む。
「おお、助かる。あいつ余計なことばかりする」
「・・・何かあった?」
「ううん、こっちのこと」
グレイと女神は訳ありの様子。
「あら、この子・・・呪われている。よくも私の愛し子を!」
女神が切れた。凄い光がオズワルドを包んだ。オズワルドの体から黒い塊が飛び散った。飛び散った塊が再度一つになりどこかに飛んで行った。
「あら、ごめんなさい。この子は私の愛し子。少し目をかけている魂の持ち主。時は止めてあるし、子供は何も覚えてないから心配しないで。ライ、ありがとう。あっ時間切れ。またね」
気が付けばオズワルドが立ち上がっていた。小さな祝福の光が舞っている。祈りの人たちのどよめきが響く。今回は控えめにしてくれたようだ。
「ライ、教会を出るぞ。オズは声を出せるようになってるから訓練しないと」
オズワルドの呪いを女神がひと蹴りしたようだ。オズワルドは女神の愛し子。コウノトリ便でちゃんと届けられたのに呪いをかけられた。女神でも思うようにならないことがある。思わず『お疲れさま』とライは女神に祈った。
街の広場の屋台で果実水と串焼き、クレープ巻きなどを買って椅子に座り食べる。オズワルドにしたら初めてづくし。両手に持って食べている。
「オズ、教会でお祈りしたら喉のあたり軽くなったんじゃない?」
「・・・・あーー」
声が出た。オズワルドは驚いたが、串焼きは落とさなかった。
「お父さんと話ができるように、声を出す練習をしようね。言葉はたくさん知っているからすぐ話せるようになる」
ライとグレイがオズワルドの頭を撫でた。串焼きのたれで汚れたオズワルドの口元に涙が流れた。
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