75 孤児院の立て直しと捨て子?
「ライ、地下の食糧庫が溢れてる」
地下からのお知らせ。今も利用してるのに・・・食べるといっても限界がある。モス達不在の間でも、精霊たちが頑張っていたから、減る要素がない。どうしようか。売る?寄付する?・・
「あっ孤児院に寄付は?」
ケントやセリーヌの孤児院でも食べる物は少なかった。
「闇雲に寄付は良くない。ちょっと俺が調べておく」
そう言ってグレイはいなくなった。
リリーと相談して市で売って自分たちの欲しいものを買う。そんな意見も出てるけど何が欲しい?妖精たちは???欲しいものがない。そこにグレイが戻ってきた。
「ライ、覚えているか?ケントのとこにいたシスターガーネット。ここから一番近い孤児院にいた。セリーヌがいた所。
最近移って来たらしい。ケントの所、読み書き出来て仕事が出来ると評判になった。その実績を買われて、ウエートで、一番悪評の孤児院の改革に駆り出されたらしい。
セリーヌのいた頃の院長が子供を裏金貰って仕事、特に娼館関係を斡旋してた。悪徳娼館の取り調べから孤児院の院長に繋がった。院長は元貴族だけど鉱山で、死ぬまで強制労働らしい」
「セリーヌも娼館勧められたといっていた」
「今回の捕り物は他の不正労働や商売の摘発に、公爵が力を入れたらしい」
ライはジルと一緒にシスターガーネットを訪れた。グレイは孤児院の子供が苦手なので付いてこない。
「あらライちゃん?女の子の格好してるの初めて見たわ。ケントが見たらびっくりね。ケント全然気が付いていないから。ウフフ。懐かしい」
「お久しぶりです。お変わりないですね」
シスターは困り顔で話し始めた。
「ここが大変なことになって、急遽こちらに若いシスター二人連れてきたばかり。寄付はあるのに何もないの。
公爵が支度金出してくれたからとりあえずどうにかなるけど、立て直しには時間がかかりそう。ごめんなさい。愚痴を言ってしまいました」
「あのぅ。わたし今この街に住んでいます。薬師として職を持つことが出来ました。家の裏で野菜を作っているけど食べ切れないので受け取ってもらえませんか?熱さましや傷薬、お腹の薬は自前の薬草を使って作っています。小さな癒しで良ければお手伝いします」
「立派になったね。貴女のお陰でケントも衛兵になって街を守っているわ。人は誰かの助けで、生きやすくなる。貴女のお陰であの頃の子供たちは、良い職を得て巣立っていったわ。今でも孤児院に仕送りしてくれる子もいるの。
甘えてもいいかしら。まずは食べることから始めないと。大きな街だけど教会に畑はないのよ。寄付もあるから、軌道に乗れば大丈夫」
シスターの目の下の隈が濃い。疲れが出ている顔で、大丈夫と言われても・・・孤児院の部屋も台所も汚れたまま。手つかずの状態。
ライは片っ端からクリーンをかけた。洗濯している子に洗剤を渡す。
ずっと使っていないお風呂をきれいにしてお湯を張る。子供たちを順番にお風呂に入れる。 孤児たちは初めて暖かい湯で体を洗った。いつもは孤児院を出て行く子だけだった。その子たちも冷たい水で洗われるだけ。今日はお湯で体を泡だらけにしている、それだけでも嬉しい。身体にお湯をかけて液体石鹸で体を洗う。頭を洗い体を洗う。
「すごい!水真っ黒」
「いい匂いがする」
「お前誰だ?」
そんな声が聞こえる。
風呂上がりの着替えは、当て布だらけだけど今は仕方ない。
今日持ってきた野菜と肉で具沢山スープを作る。硬いパンはスープにひたして食べればいい。基本孤児が自立することが大切だ。まずは体を作らないと。野菜などは台所のこの籠にグレイが運んでくれる。もちろん一瞬の転移で。
何かを新しく変えるのは大変なことだ。シスターガーネットの負担は大きい。しばらく手がいるだろうから、手伝いに来ることをライは申し出た。
お昼は具沢山のスープとパン。お腹いっぱい食べて欲しい。汚く汚れていた食堂にもクリーンかける。汚れたとこは汚しやすい。きれいなとこはそれを保つだけ。子供たちは汚さないように頑張ってくれる。
午後は若いシスターとともにシーツを洗い布団を干す。部屋の中も明るくなった。淀んだ空気が消えていく。子供たちの明るい笑い声を耳にすると、ここが変わるんだとライは思った。
それから三日に一度グレイが転移で野菜や肉、薬、お菓子を運んでいる。ジルは一度で孤児院行きを嫌がった。グレイと一緒。小さい子供に追いかけられ揉みくちゃにされた。グレイがジルを珍しく慰めた。ライは孤児院を訪問してシスターガーネットを手助けした。
半年後には読み書き、計算を孤児たちが学べるようになった。冒険者ギルドに協力をお願いした。見習い冒険者として仮登録。街中の仕事が受けられるようになった。本来の仕組みが再開した。前院長で滞っていたことが動き始めた。
ライから話を聞いたミリエッタ夫人は、工房の人たちと糸や布を持参して慰問に訪れた。女の子たちは、ハンカチに簡単な刺繍を教わる。それが出来たら布の縫い方に進む。いつか自分たちの服が作れるようにと女の子は率先して参加した。
新しい司祭は祝福さえ受けていなかった子供たちを憐れんで、7歳を超えても祝福の儀を行ってくれた。女神の手助けか、生活に密着したスキルを得たものが多かった。前向きに生きて欲しい。
今日は休暇の日。ソファーでゆっくりしていると、地下から騒がしい声がする。リリーが飛んできた。慌てるリリーの話は良く分からない。
「ライ捨て子!死んでる?」
「えっ、落とし子?」
「リリー話が通じない。俺が行ってくる」
グレイはすぐに地下に降り、知らせた精霊と一緒に転移した。
「ライ、生きてるけど寝てる。見てくれ」
「どこにいる?」
「迷いの森の泉のあたり」
「あそこ。人がいけない所。まして子供なんて?すぐ森に向かう!」
身支度してギルドタグを確認する。
「ライ、門から行くと遠い。子供連れ帰るのが難しい」
「グレイの転移は無理でしょ?」
『ライ、俺に乗れ』
突然聞こえてきた男の声。ジルが足元でライの服を引っ張る。
「ジル?」
『俺、念話出来るようになった。地下から行けばすぐだ。二人乗っても大丈夫』
身支度を終えライは地下に下りた。そこには大きくなったジルがいた。子犬の面影はない。ジルに乗る。グレイは転移してジルを誘導する。地下の森は本当に迷いの森に繋がっていた。風を感じることなく風景だけが過ぎ去っていく。
モスと出会った泉に3歳くらいの男の子が寝ていた。青い髪をきれいに切りそろえ、良い服を着ている。痩せておらず怪我もしてない。ただ寝ている。
とりあえず魔物に襲われないよう家に連れて帰る。ライは身体強化で抱き上げジルに乗る。帰りは少しゆっくり運んでくれた。地下には置けないのでリア師匠の部屋を整えそこに寝かす。
「怪我や病気でないよね」
「それは大丈夫だけど眠りの魔術をかけられてる。しばらく目を覚まさない」
良いとこの子供だ。親は探しているだろう。そうは言っても門も通らず連れてきているから迷子を見つけましたとは言えない。それに今は眠っている動かしたくない。グレイと相談して目覚めてから考えることにした。迷子の情報をグレイが調べに行った。
「おかしい。迷子の噂がない。貴族街も聞いて回ったがまだない」
「今日の今日では気が付かないかも?」
「ライは俺がいなくなったらすぐ心配するだろう。人の親も一緒だと思う」
「うん、そうだね。この子が目を覚ますのを待ちましょう。グレイは情報を集めて」
地下から上がってきたジルがライに報告に来た。
『ライ、この子を連れてきたのは年を取った男、マント着てた。袋から子供出したらしい。見ていた精霊が教えてくれた』
魔術師かも。魔術師を雇えるなら貴族街の人間だ。目が覚めて驚かないようにその日はライが子供の横で過ごした。
「ライその子は落とし子ではない。あまり思い入れをするな。いずれは親元に返す。それが出来なければシスターに頼む。子供をライが背負うことはない」
「うん、分かっている。あの時、養い親に拾ってもらわなければ魔物に食べられた。昔を思い出してちょっと感傷的になっただけ。もう忘れたと思ったのに」
「ライ、泣いていいぞ」
「泣かないわよ」
「辛いときは泣いていい。俺がそばにいる」
ライは色々あっても乗り越え今はみんなに囲まれ楽しく暮らしている。こんなことで自分の感情が揺れたことに驚いた。ジルは足元に。グレイはライの膝に。リリーは肩に。すやすやと眠る子供を見つめ夜は過ぎて行った。
ライの手を触る小さな手に気が付いた。寝てしまったようだ。
「おはよう」
「・・・・・・」
子供は目を見張る。部屋の中を見回す。子供は自分の口に指で✖作る。
「話せない?」
うんと頷いた。
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