74 世の中には色々な人がいる
今日はミリエッタ夫人の所に新しい糸と布をライは持っていく。
グレイになかなか良いと褒められた糸。魔糸を染める時にあわあわの実の中身をすり潰して一緒に入れてみた。まっすぐだった糸が、小さな泡に巻き込まれる。糸は泡の中で踊るように動き回った。そしたら糸が小さな輪を沢山作っていた。
ミリエッタ夫人に教えてもらった簡単な編み方で、ショールを作る。小さな輪が全体に浮き出てふわふわのショールができた。なかなか良いのではないかとグレイとリリーに自慢してしまった。今度は色の抜けた空魔石を潰して粉々にして、糸と一緒に赤い実と一緒に錬金染めをすると、優しく輝いた赤糸に仕上がった。これも布見本としてショールにする。
「リリーこれ欲しい。ライのドレス作る」
「いやいや、これでドレスにしたらギラギラで目にいたい。リボンのように少し使いの方が良いと思う」
「ほかの色もできる?」
「リリーが欲しいなら頑張るよ」
グレイは興味がないのかソファーで寝ている。
「リリー、雨の日にジルが着る雨除けのマントを今の大きさで作ってくれない?ジル、長靴いる?」
「ワンワン」
「ライ任せて、この間、魔がえるが来たから撥水の油が手に入ったの」
「えっ!凄いリリー。糸に上手く使えるか布に塗るか色々考えないと」
「ライ時間だよ。ジル喜んでいないで仕事だぞ。気を引き締めろ」
「ワン」
寝ていると思っていたがそうではなかったようだ。リリーに背中を押され広場に行けば御者が待っていた。
ミリエッタ叔母様の屋敷の談話室で糸の納品を済ませる。
商業ギルドのカードを機械に通すと入金される。初めて見る機械だった。大きな取引がある商会では商業ギルドから機械を借りる。商売相手に入金の確認をその場でできるための物らしい。
商業ギルドに資本金があって、信頼されているところしか渡さない。資本金以上の取引はできない。貸し出し代金も高い。でも、これがあるだけで商売の信用度が違う。貴族で商売をしているところでは必要不可欠。
商会なんて持ったらこんなことも考えないとならない。今みたいに好きな糸を染めたり新しい事を考えて色々試すことができないのは嫌だなとライは思った。
「このショール見てください。この糸から編んでみました」
「まあ!素敵。触っても?」
ミリエッタ夫人はまず初めに糸をじっくり眺め指先で感触を試す。
「ライさん。凄くいいわ。ショールにボリュームが出て華やか。この糸で花を作ったら映える。それにこのキラキラした糸は刺繍にも使えるし白色の糸と合わせて使えば珍しい布地になると思う。使いどころね。工夫次第で糸自体にも変化を与える。今までなかった方法よ」
ライは糸作りの方法を簡単に説明した。きっかけは錬金染め途中の糸にシュワシュワ果汁をこぼした時に、糸が変化したことから面白くて色々試した。
光る糸は以前から試作していて、今回やっと成功した。空魔石に行きつくまでには、ガラスの粉や油、光虫の粉、光苔、魔蝶の金粉などいろいろ使ってみた。
地下の保存庫のお陰で色々試すことができる。ガラスはチクチクするし思いのほか輝かない。油各種はべとつくだけ。生の光虫はつぶすと悪臭が凄い。乾燥したものはそれ自体の光がなくなる。光苔は光を当てるとかすかに光る?程度。昼間は何の効果もない。
黙って聞いていたミリエッタ叔母様は、大きなため息をついた。
「ライちゃん、根を詰めすぎ。若いけど無理は禁物。これらの糸は沢山はできないでしょ。他に情報がもれたら騒ぎになるわ。しばらく外に出さないで。小物でも。私が少しずつ使い貴重な糸だと認識させるまで待っていて。その後は商業ギルドを通じて販売するといい」
「えっ、販売するのはミリエッタ叔母様だけですよ。こればかり作るなんて嫌だから。それに魔糸も染の材料も、簡単に手に入りません。私には協力してくれる仲間がいますが、無理させたくない」
心配するミリエッタ叔母様にライは糸を変化させるのが、楽しくて仕方がないと話をした。
「お嬢様!スカーレットお嬢様!今は商談中です。お待ちください」
「うるさいわね。私のドレスの方が先なの!」
使用人の止める声を聴かずバタンとドアを開けたのは体の丸い女の子だった。ダイアナが以前着ていたドレスに似ている。ただやけにフリルを大きくしているので違うドレスに見える。フリフリのせいか丸さが強調されている。家の庭の魚に似ている。池の魚は栄養が良いせいか丸まる太っている。まる子だ。
「何が商談よ。こんな子供」
「スカーレット。見苦しいですよ」
「あら素敵なショール。私が貰っても」
そういいつつまる子はミリエッタ叔母様の手から、光るショールを取り上げようとした。
パチン
「いた!何するの叔母様」
「何するとはこちらが言いたいこと。今はこちらのお嬢さんと商談中。いつ貴女にこれを譲るといいました?」
「えっ?わたしが欲しいものは譲るのが当たり前でしょ。ちょっと珍しいからって」
ミリエッタ叔母様は、糸とショールをライに預けた。そして立ち上がり、まる子と相対した。貴族のお嬢様はこんなに高飛車で我が儘なのか?ライは珍しい動物を見るように見てしまった。たまに地下に来る我が儘な妖精や精霊がいる。リリーにコテンパンにやられ、グレイの小言で戦意喪失する。その後は良い子になるらしい。
「先ぶれもない訪問は失礼ではないの?」
「だって、この間、ダイアナが邪魔したから」
「あの時も先ぶれはなかったわ。それにあなたの家からドレスの注文は受けていません」
「だって、今度のお茶会に着ていきたいの。叔母様のドレスみんなが羨ましがるんだもの。次は、新作着ていくって言ったから」
お菓子をねだるような姿はほぼ幼子のようだ。
「こちらには関係ない事です」
「どうせ叔母様の老後は私が見るのだから良いでしょ」
「私の老後?」
「だって子供がいないんだから誰かのお世話になるでしょ。工房もお屋敷も引き継ぐ人がいないから、私が仕方なく面倒見るわ」
「誰が言ったの?」
ミリエッタ叔母様の目が鋭くなる。まる子は全然気が付かない。
「お母様が孤独死なんて可哀そうだからって話してたから。家は兄が継ぐでしょ。そしたら私しかいない。叔母様はもう少し私に優しくした方が良いのではないですか」
「兄も言っているの?」
「お父様は思っても言わないって。お母様が言ってた」
「とりあえずここに座って。今お兄様に来てもらうから」
気まずい空気がながれた。スカーレットはお菓子をむしゃむしゃ食べている。甘いものを控えるだけで顔の赤いぶつぶつが消えるだろうに。もう少し痩せたらほほにうずもれた鼻筋が見えるのにと思ってしまった。まずは健康になることが大事。
「ミリエッタ、何か急用か?」
スカーレットに似ていない、瘦身の背の高い男性が部屋に入ってきた。ちらりとライを見るもすぐにミリエッタ夫人の前に腰を下ろした。
「あら?お父様どうしたの?」
「スカーレットこそ、この時間は家庭教師が来ているはずだが」
「・・・・だってこの次のお茶会のドレスがないから」
まる子は父親には弱いようだ。ぶつぶつと下を向いて、言い訳をしている。
「お兄様、私の老後はスカーレットが見るのですか?」
「えっ、まだ老後の話など早いだろう。スカーレットに見てもらいたいのか?」
「そんなわけないでしょ!義姉様がここの工房も屋敷もスカーレットが譲り受ける代わりに私の老後を見ると話したそうです」
「・・・・」
「だって、子がいないんだから仕方ないじゃない」
「黙っていなさい!」
それからはミリエッタ叔母様とまる子の父親の話し合いが続いた。
ライは身の置き所がない。スカーレットはライの手から隙あらばショールを取ろうと伺っている。ジルがライの足元でスカーレットを睨んでいる。スカーレットが動いたらジルが嚙みつくかも。ドキドキしてきた。
「 白い犬頂戴!」
「この馬鹿者!」
スカーレットは拳骨を貰った。親は殴るんだ。ライの養い親は殴らなかった。
「お父様・・・」
まる子は驚きで声が出ない。
「ミリエッタ。済まなかった。これがこんなに酷いとは知らなかった。妻に任せきりだったのが悪かった。息子は後継ぎだと厳しく育てたが娘には・・・甘かったのか」
項垂れるまる子の父親。まる子のせいなのに、まる子は何が悪いか分かっていない。人のものは勝手にとってはいけない。欲しがってはいけない。3歳児でも分かる。
「分かっていただけたらいいです。義姉様とスカーレットは二度とこちらに来させないでください。まだ先の老後など・・・嫁に行くかもしれないスカーレットを当てになどしません。
工房はいずれ腕の良い者に譲ります。叔母様の遺産もありますから他人を当てにはしてません。再婚するかもしれないし養子を迎えるかもしれません。不確かな未来より今を大切に生きたいです。
私のことは心配いりません。スカーレットの教育をきちんとしないと学院の卒業も嫁入りもできませんよ」
「学院の卒業・・?」
「知らないのですか?家に帰って義姉様に聞いてください」
まる子はダイアナと違い学業がすこぶる振るわないらしい。進級が危ぶまれると聞いた気がする。 父親はまる子を無理やり引き連れて、帰っていった。まる子の父親は話が分かる人で良かった。
「驚いたでしょ?前から我が儘なところがあったけど、大きくなれば治るかと思っていた。だけど、そのまま大きくなったみたいね。
世の中には話の分からない人がいるの。そんなときは話の分かる人を見つけて交渉するか、係わりを持たない事ね」
「逃げるが勝ち」
顔を見合わせて笑った。ライの知っている人は良い人が多い。たまに迷惑な人もいる。グレイじゃないけど、妖精や精霊は癖が強いものが多い。
世間には、良きも悪しきも癖の強い人がいるとライは実感した。グレイはまる子に呆れてるかもしれない。助ける気も起きないだろう。
 




