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神の落とし子  作者: ちゅらちゅら
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72 侍女のつぶやき

少し長めです。

 私はミリエッタお嬢様の侍女のミランダ。お嬢様の母君の婚姻に付添ってカール男爵家にお世話になりました。その後ミリエッタお嬢様が生まれると専属侍女としてお小さいころからお側付になりました。


 ミリエッタお嬢様はお小さいころからそれはかわいらしいお子様で、ご両親からもとても大切にされていました。深窓のご令嬢とはお嬢様のことを言います。ミリエッタお嬢様のお父様、カール男爵は小さいながらも領地経営が素晴らしく特産の絹は有名です。商会も営んでいて男爵家と言ってもとても豊かでした。


 お嬢様は優しく素直にお育ちになりました。今思えばそれが悪かったかもしれません。学業成績は良く、言われたことはしっかりこなす。特に淑女教育は厳しいものでした。新興貴族ではないが商売で利益を得ているということで、妬みや嫉みが社交界ではありましたか。隙を見せないようにと母心だったのだと思います。


 ミリエッタお嬢様がエドウィン伯爵のエリック様に見初められ学院卒業と同時に婚姻をされました。まだ若いお嬢様のお助けになればとわたくしもエドウィン伯爵家の領都のタウンハウスに職を変えました。エリック様は魔導師として軍に勤めています。黒髪に紺碧の瞳の目元涼しい青年でした。お嬢様の14歳のデビュタントの時に一目ぼれされたのです。それは熱心にお嬢様のもとに通われました。ご両親も格上の相手である事と、エドウィン伯爵夫妻からのお願いもあり婚約を許されました。


 その後、学院卒業を待って嫁がれたのです。領都のタウンハウスを若夫婦に任せエドウィン伯爵は夫婦で自領の南の領地に戻り領政に専念されました。お嬢様はまだ若くタウンハウスの執事や侍女長の助けを借り、伯爵夫人として勉強が始まりました。それでも毎日、夫から贈られる花に勇気を貰っていたようです。


 エリック様が軍の仕事で留守にすることが多いが仲睦まじい若夫婦でした。少し落ち着いたお屋敷に若い女主人が出来たことで屋敷の中は華やいだものになり、誰もがお嬢様との婚姻を喜んでくれました。婚姻後半年で妊娠しました。若い夫婦はとても喜んでいました。しかしそのふた月後流産してしまいました。


 しばらくお嬢様は鬱々していました。エリック様はまたできるから、君はまだ若いからと明るく励ましていました。今思えばエリック様はお嬢様の流産をさほど気にしていなかったのでしょう。お嬢様はエリック様の言葉に励まされ少しずつ回復していきました。


 お嬢様はお医者様のお許しが出て次の妊娠にと思った頃でした。結婚して2年にならない頃、エリック様は第二夫人を迎えました。すでに第二夫人は懐妊していたので慌ただしい結婚となりました。確かに高位貴族では第二夫人を持つことはあります。しかし、それは正妻が継承者を産めなかった時か、政略的なものの場合です。エドウィン伯爵家は今まで、第二夫人など存在していません。


 エリック様は生れた子が男ならエドウィン伯爵家の跡継ぎとして育てる。養育は正妻のお嬢様だと言い出しました。実母から子供を引きはがすなど、子を失った辛さを知っているお嬢様にはできません。お嬢様がエリック様に子を親から引き離すなど出来ないと繰り返し説得していました。


「お前が男の子を生めないから仕方ないだろう」


あろうことかお嬢様に暴言を吐かれました。この時お嬢様は18歳。充分子をなすことができますのに。わたくしは悔しくて握った手が震えました。

エリック様は学院を卒業していない第二夫人では伯爵夫人は務まらないと言い張るだけだけでした。


 お子をなした第2夫人はお体が大事と本邸に住むことになりました。お嬢様が懐妊を妬んで虐める。とても不安で離れになどいられないと騒いで若夫婦の部屋を譲るようにエリック様に願ったのです。

あまり屋敷にいないエリック様はしばらくは妊婦を優先しても良いだろうと、それを許しました。そして仕事を言い訳に、屋敷のこと第二夫人のこと、すべてをお嬢様に放り投げたのです。


 お嬢様はすぐに第二夫人を本邸に移しました。夫婦のつなぎ部屋も明け渡しました。それからはことあるごとに第二夫人は、お嬢様に我が儘を言い出したのです。


「食事はもっと良いものを。子が痩せてしまう」

「このドレスはきつくなったからもっとゆったりした、伯爵夫人らしいドレスが沢山欲しい」

「妊娠で足がむくんで辛いわ。もみほぐししていただけるかしら?次期当主のためだもの、未来の母親が手伝うのは当たり前よね」


 エリック様がみていない所で、お嬢様に辛く当たりました。お嬢様はお子が大事と我慢に我慢を重ねました。たまに戻ってきたエリック様はほとんどお嬢様に顔を見せませんでした。御用がある時は執事を差し向けるだけ。屋敷内の仕事がお嬢様に重く圧し掛かりました。


 第二夫人のお腹が大きくなる前に、お嬢様は別邸に移り住み、離縁の準備を始めました。金遣いの荒い第二夫人の出費がかさむと執事がぼやいてきますがこちらのせいではありません。少しは自分の仕事をしたらと言ってやりたかった。


「子が妬ましいと邪険にされた」

「つわりで食べられないのにちょっとお高いものをねだったら無碍にされた。妊婦用のドレスも作ってくれない」

「安定期に入ったから少し街に買い物に出たら金遣いが荒いと責められた・・・」


 第二夫人は久しぶりに帰宅したエリック様にあることないことを言いつけるのです。エリック様は子が大事だから上手くやってくれ、それが正妻の仕事だと言ってお嬢様の苦労には無関心でした。

 ほとほとお嬢様は疲れ果てました。執事も侍女長も助けてはくれません。仕方がないとお嬢様は諦めていました。


 エリック様にお嬢様は離縁を望みました。歯牙にもかけない。話し合いさえ真面にできない。子が生まれてからでは嫌でも子育てをさせられ、第二夫人には子供を取られたと言われ続ける生活が目に浮かびます。わたしでさえ第二夫人の子など抱きたくもありません。思案を重ねるほどにお嬢様はお窶れになりました。


 義父であるエドウィン伯爵に直接離婚を願い出ました。伯爵は第二夫人がいることも妊娠していることも知りませんでした。エリック様は第二夫人を籍に入れていなかったのです。単に手続きを忘れたのか本当は第二夫人を持つつもりがないのかエリック様の考えは分かりませんでした。このことさえお嬢様は夫の不誠実さに失望したのでした。最後の絆の糸が切れた瞬間だと思います。


 まだ若いミリエッタを子なしとし、不義の子を実子として育てさせるなど伯爵夫人( 義母 ) が許さなかった。伯爵(義父)は結婚して2年もしないうちに不貞を働いた息子に責があると夫有責で離縁を成立させてくれました。まだエリック様には当主の権限がなかったのが救いでした。


 エリック様が不在中に別邸を離れることにした。執事は当主である伯爵からの指示では止めることもできない。屋敷の仕事をお嬢様に丸投げしていたのですから慌てたことでしょう。伯爵の所の執事が監査目的でタウンハウスに出向いたのはお嬢様が出た翌日でした。


 お嬢様は実家に戻ることもできましたが、今更戻るよりは多額の慰謝料で小さな屋敷を貴族街の離れに買い穏やかに暮らす事を選びました。お嬢様は大叔母様の遺産もありましたので一人でも生活には困りませんでした。実父の跡を継いだ兄カール男爵の助力で実家の持っていた準男爵位を引き継ぐことになりました。貴族として暮らしてきたお嬢様が平民として暮らすのは忍びなかったのでしょう。仲の良いご兄妹でしたから。


 カール男爵(実兄)はお嬢様と知己のある者を使用人として迎えたいと言われた。傷ついたお嬢様を守るため最後のご奉公と私と侍女のマーサー、老執事のダンロットが願い出ました。


 別邸から新しい屋敷に移るときには、嫁ぐ時のややふくよかで優しい面影はなく、お疲れが深く、やつれておりました。痩せた体はふらつき一人で歩くのも心配なほどでした。どれほどの心労かと心配しても私には何もできませんでした。別邸から新しい屋敷に移った時お嬢様は囁くように声を発しました。

「ありがとう」


 艶やかな栗色の髪はくすみ黒い瞳は光を失っていました。もっと早く離縁すればよかったとマーサーと悔やみました。それからは知古のある使用人で屋敷をまわし、穏やかな生活を送るよう努めました。少しづつ食も戻り身の回りの手入れもされお嬢様は深窓の令嬢のごとく過ごしました。


 お嬢様が離婚してほどなくして、エリック様に真っ赤な髪のお子が生まれた。代々魔力の多さを示す黒髪黒目を引き継いでいない子供の誕生にお屋敷は静まり返っていたそうです。托卵の疑いがあると教会で親子の審判を行った。もちろんエリック様のお子でないと分かり第二夫人改め正妻となったにもかかわらず、すぐに離縁され貴族家略取の疑いで罪を問われることになりました。


 さらにエドウィン伯爵家はエリックの不貞による離縁に托卵による離縁。2度の不名誉な離縁で社交界で醜聞が広まってしまいました。そんな醜聞はお嬢様の耳には入れませんでした。

2度目の離婚後、図々しくもエリック様から再婚の申し出が来ました。


「ミリエッタは若いからもう一度やり直せばすぐ子に恵まれる。再婚の話などないだろうから我が家にもう一度迎えよう」

なんと上から目線な言動でしょう。確かに格上ですが品格は下の下です。もちろん本家が丁重にお断りしました。


 腐っても伯爵家、学院さえ卒業していない令嬢を正妻に迎えるぐらいだから、えり好みしなければいずれは婚姻は出来るでしょう。これ以上お嬢様を傷つけて欲しくない 

 カール男爵家にエドウィン伯爵当主より丁寧なお手紙が来たそうです。親戚筋から養子を迎えたと噂が流れてきたのはそれから半年後のことでした。


 お嬢様は新しい屋敷で過ごすこと2年。体調も良くなり笑顔も見せるようになりました。街歩きが出来るようになると月に一度教会を訪れ祈りをささげています。孤児院を訪問して、子供たちに読み書きや刺繍を教えるなどの奉仕活動も少しずつ始めました。


 もともとお嬢様は刺繍や編み物が得意でした。嫁いだ先ではそれをする時間がありませんでした。中でもごく細い糸で編んだレースのショールは、それは素敵な出来でした。軽くふわりと風を含み光の加減で空色に輝く物でした。お嬢様も驚いていました。編み物や刺繍をしていると何もかも忘れ熱中してしまうようです。


 本家のお兄様のお嬢様に刺しゅう入りのレースのハンカチをプレゼントした。御茶会に持参したら付き添いのご婦人たちに絶賛され義理姉に頼まれていくつか刺しゅう入りのハンカチとレースのショールを作成しました。


 それが始まりで実家の商会を通じて販売するようになっていきました。お嬢様はその利益から教会の孤児院に寄付をし刺繍やレース編みの得意な子供を孤児院卒業後に工房の従業員として雇うようになりました。利益より子供たちの自立への支援のために。


 最初は簡単な子供服を作り、そのうち貴族の子供のドレスにまで手を広げました。天職というのでしょうか。お嬢様が作るドレスは、派手なフリルなどないがお子様個人の可愛らしさを表に出すドレスと言われるほどになりました。『 幸運のドレス 』王族からの注文が来たときは驚いてしまいました。


 月に一度の教会に付添って行ったとき、わたくしは初めて祝福の輝きを見ました。女神像から飛び出した光の粒はすぐ下にいた子供に降りかかったようにも見えました。光の粒は礼拝堂一面に漂いすぐに消えてしまいました。


 お嬢様は目を閉じていたので気が付かなかったかもしれません。突然お嬢様が立ち上がり礼拝堂を見回しあの子供を目で追いましたが見失った。屋敷に戻りそのまま部屋に戻ると意識を失いました。医者からは過労だろうと安静と休息を勧められました。根を詰めすぎのようです。


 そんな時本家のお嬢様が嫁入り修行に来るという話が持ち上がりました。とても明るい方だと伺っていたので良い気分転換になると喜んでいました。ダイアナ様が連れてきた平民の女の子。あの時の女の子に似ていました。

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