71 日常に戻る 入浴剤とダイアナの絵本
一か月ぶりにグレイとモス、スラ、復興チームの精霊や妖精が戻って来た。
疲れただろうと古竜の薬湯風呂と一緒に癒し風呂を作った。モスは小さいので浴槽の床を階段状にして小さい子たちでもゆっくり出来るように工夫した。休憩所も設置。
謎の地下の陽だまりの隅に並べて置いてみた。
古竜の薬湯は火傷痕の治療薬を入れている。あれから2回ほど薬を作った。グレイがいないのでリリーとスイの助けを借りた。火竜も率先して魔力を込めてくれていた。その成果は火竜の回復に顕著に表れた。
魔羊の綿のブラッシングで火竜の鱗は一見漆黒に見えるが、光の加減で深紅の輝きが混じる。凄く奇麗だった。若い?からだと火竜は自慢していた。
火竜が森奥に行くときにこの薬と薬湯用の桶を一緒に持たせている。仲良くなった水精霊は火竜に付添っていった。
わずかな時間で火竜は多くを学んだらしい。火竜は秘密裏にライに、精霊のために甘いお菓子を多量に頼んだ。火竜の威厳を保つために使うらしい。ライは試作を繰り返して作った魔法袋に沢山の果物やお菓子を詰め込んで持たせた。
さすがに魔羊は連れていけないので魔羊の綿で鱗磨きを作っておいた。魔羊は自分の仕事がなくなると寂しそうにしていた。しかし、傷ついた古竜を見て新たな仕事を見つけ精を出してる。
古竜は初めての鱗磨きに驚いていたが、くすんだ鱗が少しずつ輝きを取り戻すことに驚きながらも凄く喜んだ。竜の鱗は幾つになっても威厳と美貌?を表す指標になるらしい
居間でゆったりくつろぐグレイが目にしたのは、ダイアナが描いた最初の絵だった。思わず立ち上がり、浮かびながら絵の側に寄った。
「これ、俺か?人から見るとこんな風に見えるのか? 俺はもっと凛々しいと思うぞ!威厳だってない。これじゃあ、まるっきり猫だ!」
不服なのか髭をピクンと動かす。そのくせ耳が外を向き尻尾が揺れる。満更でもないようだ。
「この目は良い。厳しさと威厳が溢れている。ところでライは可笑しいだろう」
グレイはライの方を向いてにやりと笑う。
「どこが?」
「背が伸びているし奇麗だし子供じゃない。想像の世界か?」
何処まで憎たらしいことを言う猫だ。
「グレイ、荒れ地で働いたから体が埃っぽいよ。モスたちもお風呂に入ったから、グレイも・・・・」
ライはむんずとグレイを抱きかかえた。
「えっ?妖精は汚れない!風呂なんて必要ない!」
ライの腕の中でジタバタしている。ライがムフフとグレイに笑いかえす。
「ごめん。あの絵のライは未来のライだ。きっと背が伸びる。女神に祈ったから大丈夫」
「グレイ。余計なこと言わない」
最後はライとグレイが笑い出した。心配そうにリリーとジルが見守っていたがほっとしたのか、ジルは二人の周りを駆け回りリリーはお茶の準備に入った。
地下の人外カフェは平常運営になった。若い妖精猫は見習いカフェマスターから昇格した。救護室には入れ替わり精霊や妖精が小さな傷や怪我をしては訪れていた。火の鳥は大分元気になり、歩行訓練後飛翔の訓練に入る。元気になったら火竜の住む森に移ることになっている。蹴落とした兄弟の近くにはいたくないらしい。火竜は知らぬ間に良い仲間を作ったようだ。
ライはダイアナの魔法訓練の事、ミリエッタ夫人との魔糸の契約などを話した。珍しくグレイが真剣な顔をした。
「ダイアナは風が動いただけでも上出来だ。魔法訓練など無駄だと思ったがあやつは納得しないだろうからな。ミリ・・・その夫人はほかに何か言わなかったか?」
グレイの問い詰めるような言い方がライには不思議だった。
「ミリエッタ夫人?契約以外は何も言わなかった。ダイアナの魔法訓練の時自分にも魔力を流してと言われたくらいかな?契約はちゃんと商業ギルドに立ち会ってもらったから」
「ふーん。その時何か言われたか?」
「ううん。ライの魔力は暖かく、心地よいって言ってた。肩こりと腰痛、眼精疲労があったから癒しておいた」
「・・・・まあ、仕方ないか」
それから地下で療養していた魔蜘蛛から糸を錬金染めをしたものをミリエッタ夫人に収めている。服の刺繍に使うらしい。魔羊の綿を紡いで錬金染の試作中の話をした。
「ライが困らなければ良いんだ。一応夫人は貴族だから」
「心配してくれてありがとう。それでお風呂なんだけど」
グレイが暴れ出ないようにライは説明した。
火竜の薬湯が体を癒すなら、人もお風呂に薬?入れたら体のコリや疲れが取れるのではないかと考えた。ただ薬も量を越せば害になる。まして毎日使うものだから、強い薬効はいらない。洗髪の時風呂場に花の香りがしたことを思い出した。
ハーブの中には疲労を取ったり肌を清めたり血の巡りを助ける物がある。それらを調合して『入浴剤』を試作した。できればグレイの疲れもとれるかと試してもらおうかと思った。まさが震えるほど風呂嫌いとは知らなかった。
「ライ。森奥で地下から温水が湧き出た。その時ブクブクと小さな泡が温水の中に湧いていて妖精が喜んでいた」
「ブクブク泡?温水から泡?・・何か入れたの?」
「違う。温水自体に泡が出るんだと思う。身体が冷えずに良いと古竜も言ってた」
それからライはさらに入浴剤の試作を繰り返しブクブク入浴剤を完成させた。泡の出ないものと合わせミリエッタ夫人に試浴をお願いした。入浴の習慣は貴族ぐらいしかない。結果は勿論、喜ばれた。取引先の挨拶に使うと多くの数の注文が入った。
「そうそう。ダイアナが講師料は何がいいかと言われたからあの絵と他に数枚描いてもらって、学院の最新教本を貰った。あっこれ見て、グレイの絵本」
「俺の絵本?絵本てなんだ?」
「絵本ていうのは絵を中心とした物語、もちろん文字もある。幼い子供に読み聞かせ用ね。子供自身が絵本に興味を持てば、読み書きの切っ掛けになる」
そんな話をダイアナにしたら絵本になった。ダイアナは祝福で絵画スキルを持っていた。外れスキルと思っていた物が今では大当たり
「貴族の娘が絵描きになるのか?」
「最初の絵本はダイアナの描いた紙の束だったの。ダイアナの兄が数冊の本に
仕上げた。そのうちの1冊を上司の出産祝いに贈ったらしいの。
そしたら上司の所の先に生まれた女の子が絵本に夢中になった。その続きが読みたいとせがんだことでダイアナは続編を書くことになった。以前から妹にもせがまれていた。
まだ学生だからすぐには描けないけど学院の休みを使って仕上げた。これが2作目。最初が少年と妖精猫ミミの出会い。2冊目は少年とミミが街に向かうまでの冒険。今三冊目製作中」
「これ、俺とライか?」
「そうだね。お茶の時、色々話したから・・・・・」
「ライは男の子だな。俺は三毛猫になってる」
「だって、そっくりにしたら前みたいに追いかけまわされるから毛の色を変えてもらったの」
納得したような、そうでないような思案顔のグレイを見てライは笑ってしまった。
「三毛かよ。ジルみたいなシルバーかかった白が良かった。それか漆黒の黒、深紅の赤・・・あっ、地下の猫、三毛だ」
「もう三毛猫のミミになってるから変更できない」
「仕方ないか。まあ、あいつは街には出ないからな」
「まだ元気ない?みんながいない間、地下カフェで頑張っていたよ」
「人より外が怖いんだと思う。村に帰るなら送っていこうと思ってる」
「そうだね。村で暮らすことは悪い事ではない」
「妖精猫は村で暮らすのが普通だから。俺が普通じゃないか?」
「普通でないからグレイに出会えた。普通でないグレイで良かった」
「普通でないを強調するな」
照れてるようなグレイをライは抱きしめた。
ダイアナの絵本はいつの間にか出産祝いの絵本として定着した。少年の成長に寄り添う妖精猫ミミ。子の成長を見守る親の心と重なって親世代にも支持された。
ダイアナは学院を卒業後、実物と見まごう絵から丸みを帯びた可愛らしい子供向けの絵まで描き分け、絵本作家として活躍していく。のちに彼女の絵の支持者でありパトロンだった若き伯爵に請われ結婚。その後も作家活動を続け二人の子供の母になり幸せな人生を送った。その横には三毛ではない灰色の妖精猫が鎮座していた。
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