70 迷いの森の奥の奥の奥の荒れ地の復興
グレイ達はライたちに見送られ地下から森の泉に転移した。
「モスは仲間の場所分かるんだよな。精霊は荒れ地に向かいながら協力してくれる精霊たちを集めてくれ」
『故郷分かる。でもモス転移できない。ごめん』
「怒ってるんじゃない。モスとスラは俺が空高く飛ぶから、その時行き先を示してくれ。そこで俺が何か目印を決めてそこに転移する。それを繰り返せば早く行ける」
『グレイ疲れない?』
「疲れるけど必要だから仕方ない。野宿しながらの旅だ。でもライがいっぱい美味しい料理を作ってくれたから大丈夫。モスたちの分もあるから楽しみにしてくれ」
人との野宿は準備がいるが、この仲間では何もいらない。モスとスラはモスの小屋を持ち込んでいるのでそれに寝る。もともとモスが森の泉で使っていた物。木の皮の小屋。ライの家に来てからは使っていなかった。スラは家に合わせて小さくなった。
「ぎょ、スラは小さくなれるのか?」
スラはモスと一緒にいたいと願ったら、体の大きさを変えることができた。ライの所に集まるものは、不思議なやつばかりだと感心したグレイだった。
その横でモスとスラはグレイの方がよほど変わっていると思っていた。
鬱蒼とした森で数回寝泊まりして、空高く飛んで荒れ地を目指し転移を繰り返した。5回繰り返して荒れ地に着いた。
高い空から見ると鬱蒼とした森に突然ぽかんと土色の大地が広がる。
グレイ達は荒れ地の端に降り立った。近くで見れば、木々は薙ぎ倒され大地はえぐられ、燃えた後か黒く焦げていた。そんな台地が見渡す限り続いている。
「全くあいつは、手加減を知らないのか」
頭に浮かんだのは呑気に薬湯につかっている火竜。
モスとスラは協力してくれる精霊と忙しく動き始めた。大地の回復はモスに任せる。グレイは荒れ地の真ん中で山の様な守り竜の治療だ。傷ついた体では森の回復力は十分発揮できないどころか今は命に係わる。
「守り竜。怪我はどうだ」
のっそりと項垂れていた頭を持ち上げグレイの方を見る。
「珍しい。妖精猫か?どうした。ここが森に戻るのにしばらくかかるぞ」
「分かっている。女神から頼まれた。ここが荒れ地のままだと森が弱る。多くの動植物、精霊、妖精、隠れて生きているもの達が困る。助けに来た」
「助けに?そんな小さきものに何ができる。この身が朽ちても我は仕方ない。森を守る古竜の務め。それでも森の再生は難しい・・・・」
傷ついた体からは魔力が漏れ出し大地に流れ込んでいく。このままでは古竜の魔力が尽きてしまう。このまま死んだら悔いが残ってアンデッド化もあり得る。アンデッドになれば本人の意思に反し、瘴気を振りまく。森は今以上に荒れ、森の死が進んでいく。魔物が急増する。いずれは人間の住む所に魔物がなだれ込む。女神は長い年月この世界を守った古竜のこんな死は望んでいない。
「古竜。身体を小さくできるか?」
「小さくしてどうする?少しでも魔力を広く流すには大きいほうが良い。それに我は動けない」
「火竜の傷を癒す薬を持ってきた。一度試してくれ。どのくらい小さくなれる? おーい、モスの仲間。古竜の横に古竜の体ほどの池を作ってくれ」
モスはすぐに理解して指示を出し大きな池を作る。そこに水精霊たちが水をたっぷり溜める。グレイはその中に火竜特性の薬を入れる。水は真っ赤に染まる。
「騙されたと思って、この池の水に静かに入ってくれ」
古竜は重い体をやや小さくして、ズシリと引きずりながら池の中にずり落ちた。
「もっと小さく!モス、崩れたとこを修復して」
「ううーん。気持ちがいい」
「本当はお湯の方が効果があるがさすがにこのサイズの池の水を温められない」
「ぶわっ」 池の水から湯気が出た。
「げっ、お前も自力で温めたのか?もう少し小さくなれば体全体が沈み込む」
「任せておけ。うーん、ぬくいぞ。これは気持ち良い。痛みが引いてきた。誰が作った?」
「俺の相棒と・・・この大地の原因の火竜」
古竜が体を動かす。そのせいで池のお湯が大きくあふれ出る。
「あやつ!」
「暴れるな。女神が俺の所に連れてきた。説教しといたから。これは火竜の魔力がたんまり入った薬だ。よく効く。怒りは後で。まずは傷を癒し竜の力を取り戻すことが先決だ。竜の力が弱くなれば森が弱る。魔物が押し寄せてくる」
「ふむ。今はおぬしの言うことを聞こう。気持ちがいい。しばらく湯につかる」
そういって目を閉じた。
モスは集まった精霊に指示を出す。
1班 持ち込んだ火竜の薬湯を水で薄めて荒れ地に撒く
2班 土精霊はスラの肥料と撒かれた薬湯を混ぜ合わせ土を癒す。
3班 水の精霊は泉の源泉を探し、数か所に導きの泉を作る。
4班 風の精霊は淀んだ空気を正常な空気に入れ替える。
グレイは古竜の治療と全体の管理。
休憩時ライのお菓子と精霊水を振る舞う。
逃げだした精霊、妖精が少しずつ戻ってきた。同じ属性の仕事を手伝う。癒していく大地は広範囲でも速やかに進展する。気まぐれな妖精はライの甘いお菓子に夢中になった。
お菓子が食べたいという欲求に素直な妖精は働くしかない。グレイの思惑通り。妖精の気持ちはグレイが一番わかる。他力の活用には対価が必要。対価が望むものならなお良い。
古竜の薬湯浴は毎日少しずつ体を小さくしながら場所を変え、池を作り変えて行った。さすがに古竜の最初に入った大池は森の中心の泉になった。
池は泉の源泉の近くに作る。大池を中心に八方に小池が出来ていく。8日後古竜は大分小さくなれた。
最初の大池の周りに緑の草が生えた。古竜の薬湯に傷から漏れた力が大きく影響した。
1班 池の薬湯を全部掻き出す。泉の源泉の支流を池につなぐ。
2班 土を耕す。一番大変な作業。
3班 耕した土に植物の種や苗を植える。
緑の力があるものは成長を促す
4班 古竜の鱗を風で磨く
「おい、猫。目覚めるたびに荒れ地が癒されていく。どんな魔法を使った?」
「いや魔法でない。お菓子だ」
「お菓子?それは何だ」
「妖精や精霊が働きたくなるものだ」
「俺が食べたらどうなる?」
「ううん・・・体が大きいから食べた気がしない」
「どの位になればいい」
「俺と同じくらい」
思案したあと古竜はぐっと力を入れて体をグレイほどに小さくした。そんなに食べたいか?
「ほれ、我によこせ」
グレイは仕方なく残り少なくなった甘いクッキーを1枚渡した。ぱくりとかみついてゆっくり咀嚼する。目を閉じて甘さを味わう。元の大きさなら砂粒ほどのクッキーを味わう古竜。可笑しなものだ。
古竜のクッキーを見てわさわさと精霊や妖精が集まる。
「まだ、おやつの時間でない。わしのは初めてのクッキーだ」
大人げない古竜の言葉に集まったものが騒めく。
「我とて腹がすく。同じ物が食べたいぞ」
古竜は精霊や妖精と言い争いをしている。お前たちは子供か。人の子供の方が聞き分けが良い。
古竜の傷はまだ治らないが古竜の魔力を使わなくてもどうにか荒れ地は緑化の兆しが見えた。モスと相談してグレイは一度帰ることにする。本当は対価のお菓子が底を尽きそうだから。あと古竜からの依頼があるからだ。
古竜が棲んでいるからこの地は巨大な獣や凶暴な魔物から守られていた。今回のことで古竜は力を削がれた。早めの代替わりが必要になった。荒れ地にした火竜がその責をもってここを守ってはくれないかと言い出した。
モスに残りのお菓子を預けグレイは転移した。距離が距離だけに家に着いたときは力尽きていた。ライとリリーに労われ2日ほどで回復した。
治療中だった火竜は全快していた。古竜からの話に随分悩んだようだが森守りになることを選んだ。森守りになれば、ほいほいと他の土地に行けない。
森奥の精霊や妖精の風当たりが辛いかも・・・とグレイは思ったが口にはしなかった。彼ら人外は安心して住める場所があればそれでいい。竜同士が喧嘩など関係ないかもしれない
その間にライとリリーが作った甘味のお菓子を多量に収納する。食べられる果物の苗や蜜の実なども多量に集める。迷いの森の巣別れの蜂を探して転地を説明する。蜜のとれる花を植えるからと勧誘した。
グレイは甘味運びが仕事になりそうで怖いのだ。グレイが運ぶより甘味を森で生産して欲しい。グレイは帰宅して七日後に火竜を連れて転移した。
荒れ地は緑化が進み妖精や精霊以外のモグラ、ミミズ、ウサギ・・小動物が戻ってきた。癒された大地は少しずつ元の森に戻っていくだろう。持ってきた苗や実、種はここに残る精霊に渡す。蜂は何グループかに分かれ広大な草原を飛びだしていった。
古竜は火竜に森守りの仕事を伝え、その責を譲渡した。竜は本来何物にも縛られることない。ただ住み着いた森がいつの間にか竜を中心に精霊や妖精、小動物の住処になる。長い年月をかけて大森林を育てる。
小さくなった二匹?二頭? 竜がちまちま話しているのは見ていて面白い。
モスが叫んでいる。水の精霊が暖かい水が噴き出る温水源を見つけた。確か遠くの国で『温泉』と言って体に良いお湯がある。薬湯が気に入っていたので池を作り時にはそこで過ごすのも良いだろうとモスに木で囲った巨大な桶の池を作ってもらった。火竜はことのほか喜んだ。木桶浴は大好物だ。
荒れ地が草原になり、あちこちに木が育つ。あとは月日とともにゆっくり修復するだろう。残る火竜にあとは任せ復興チームは解散となった。
モスは故郷に残っても良いとライから言われていたようだがスラと一緒にグレイによじ登った。たまには会いに来ると伝えて、グレイは古竜を抱え転移した。
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