66 ダイアナの魔法 2
二日おきにダイアナの魔法の指導でミリエッタ夫人の屋敷に通う。
空いた時間は、朝は早くから夜遅くまで料理や必要な薬剤を作って、グレイたちの復興チームのための準備に明け暮れた。無事送り出したころには魔法の指導も半分終わっていた。
ダイアナの意気込みは凄かったが、魔力を感じるとこから躓き、なかなか進まない。今日は気分転換に庭に出て、洗濯液を少し薄めストロー草の茎でシャボン玉を作った。孤児院ではブクブクの実を使ったが洗濯液は少しどろっとしているので大きなシャボン玉ができる。そばで見ていた双子のおさげのメイドは目を丸くした。
「わー。お日様の光を浴びて虹色に輝く。すごくきれい。あっ、壊れた」
「ダイアナ。風を送ると2階のベランダまで届くから、見ていて」
柔らかな風を送って地面に落ちていくシャボン玉を噴き上げる。青い空に大小さまざまのシャボン玉が輝く。今度は小さなシャボン玉を連続に出して風を操ってダイアナの周りをぐるぐると周り虹の橋のように空に消えていく。
「凄い!」
「ダイアナ、この大きなシャボン玉が落ちて割れないように・・・」
小さな弱い風がシャボン玉を吹き飛ばした。
「あっ、消えちゃった。もう一度お願い」
何回か繰り返すとシャボン玉がわずかに噴き上がった。今度は小さいシャボン玉を沢山出すと空に向かって広がっていった。
「できた。ライ、できた」
両手を握りしめ涙を滲ませた。
ダイアナの魔法指導はこれが限界だと思う。ダイアナの握りしめた両手をライは両手で包んだ。ダイアナが噴き上げた小さなシャボン玉は、青い空でキラキラ輝き落ちることなく空に消えた。
「ダイアナ。根を詰めすぎよ。お茶にしましょう」
ミリエッタ夫人が優しく声をかけた。木陰にたたずむ東屋でお茶の準備がされていた。
一呼吸してダイアナは頭を下げた。
「ライ、ありがとう。わたし、魔法が出来るようになりたいと思ったけど、出来るとは思わなかった。だって魔力を感じて動かすことができないから。夜も昼もそればかり考えた。
今まででこれほど集中したことなかった。たとえわずかな風でも自分の力を信じることができた」
何か吹っ切れた様子。
「ダイアナ、この絵をライちゃんに見せるんでしょ?」
そこにはライとグレイの姿が、貴重な色絵具で描かれていた。ライの黒髪が光に当たりきれいな艶が出していた。着ているドレスはダイアナにあげたドレス。ダイアナに似合うすっきりスタイルのドレスを着たライは、背が高くなっていた。
グレイは灰色の毛を一本一本丁寧に描いてあった。艶のある毛に触りたくなるダイアナの心情が溢れている。
一寸とひねた顔はダイアナに説教した時の顔。細い目が際立っている。そんなグレイを抱き上げほほ笑むライ、それは優しい女の子に描かれていた。
「ダイアナ、すごく素敵。きれいに描きすぎ」
「私ね、祝福で『絵画』のスキルを貰ったの。貴族の娘には何の役にも立たない。それでも両親が貴重な色絵の具を買ってくれた。
でも絵を描く気にならなかった。ライとグレイに出会った時その姿をいつも見たい、絵にして残したいと思った。
だから自然に二人を描いていたわ。初めてだから何度も書き直して納得できたものに色を付けてみたの」
「祝福はスキルを得るだけ。それを磨くことが大切。努力して自分のものにしないとスキルを高められない。それにスキルが高められればそれに関連したスキルが育つこともあると聞いたことがある」
不思議そうなダイアナ。
「そうね。私のスキルも今になって成長している。『服飾』貴族の娘には必要とされないスキルだった。それが今ではドレスを作るのに凄く役立っている。スキルがなければここまで仕事が出来なかった。
当然ドレスに必要な刺繍やレース編み。最初の出来に比べれば格段に技術が育ってる。祝福にはまだ秘密があるのかも」
「叔母さまのドレスが素敵なのはスキルを磨いているから?」
「そうかもしれない。ダイアナ、貴女の祝福は素晴らしいわ。あなたの絵からあなたの思いが伝わってくる。本当に大切に描いたのね」
「叔母様、ありがとうございます」
ダイアナは嬉しそうに。少し誇らしそうに微笑んだ。
「あっ、ライ、気が付かなくてごめん。何かを教えてもらうのに対価が必要なことを忘れていた。そういう事自分でしたことなかったから叔母様に言われて気が付いたの。遅くなったけどお金が良いかしら?」
困り顔のダイアナが自ら申し出た。
「素人の教えだから・・・それならこの絵が欲しい」
「えっ、これこそ素人の絵です」
「この絵に『グレイのお小言』と書いて」
「絵に文字を書くの?」
ライはグレイにお説教されているダイアナの絵にお説教の内容を書いておいたら良い。小言を忘れない。
子供に字を教えるとき文字ばかりでなく簡単なお話に合わせて絵を入れたら興味を持つと思うと話をした。ダイアナはしばらく考えていた。小さく頷いた。何か思いついたようだ。
それから話に花が咲いた。
ライとグレイの出会いや妖精のお花畑が奇麗だったこと。初めての薬草採取や孤児のケントの事。偽身内事件、グレイ誘拐事件などを話した。ダイアナは驚き笑い百面相している。ミリエッタ夫人は心配そうにライを見つめた。
最後にダイアナは数枚絵を描いてくるのと学院の教科書を手渡すことになった。薬師のお婆の教本はずいぶん昔の物。ライは新しい教本を読んでみたいと思った。
学院の教本は平民街では売っていない。高価かと思ったがミリエッタ夫人は気にしなくてよいと言ってくれた。次回の約束をしてライは帰宅した。
ライはダイアナの指導の終わりにグレイを贈ることにした。もちろん実物ではない。リリーに相談したら魔羊に相談して、グレイの毛並みによく似た毛玉を用意してくれた。毛玉の中にグレイの抜け毛入りの小袋を入れる。
『妖精猫は幸せを呼ぶ』とお伽話に出てくるらしい。グレイの抜け毛に効果はあるか分からないが抜け毛にも魔力が残っている。ダイアナならグレイをきっと感じる。小袋を包んだ魔羊の毛玉をチクチクと刺しては魔羊綿を追加していく。粗方の体を作ったら、手足に耳、髭を個別に作る。それを体に魔羊綿でチクチクしながら繋げていく。
一番難しいのはグレイの目。優しい目?細目?釣り目?クリクリの目?悩んでいたらリリーとジルは細目を指した。みんな分かってる。優しい目ではグレイでない。クリクリのぱっちり目は見たことない。そういえばグレイの目の色は?黒?・・・・白目が薄く黄色い。瞳孔は黒色。光の強さで楕円形の動向が瞬時に反応して大きさを変える。思案顔は瞳孔が小さい。
リリーが素材棚に案内して宝石の入った棚を指さした。珍しい小石や宝石もある。そこにはぴったりの小さな小石?があった。
鑑定してみれば『クリソベリル・キャッツアイ(猫目石)』という宝石の一種だった。貴族のダイアナにはぴったり。
目を取り付けての最後に細目櫛で優しく体全体を撫でつける。絡まっていた魔羊の綿は、撫でつけたそばから絡まりがほどけてグレイの様な長毛になった。少し深めに櫛を通せば、触り心地の良い毛並みになっていった。
長すぎる毛を切りそろえ完成した。両手で持ち上げ光にかざすライを見つめてぎろりと目が光る。ライはブルっと体が震えた。その横でリリーが怯え、ジルは毛が逆立った。
『クリソベリル・キャッツアイ(猫目石)』は悪を寄せ付けないお守り石と言われている。物事の本質を見抜く。嘘や偽りを見破り導くと言われている。
今頃グレイは嫌な予感を感じてるかもしれない。




