64 ダイアナの魔法 1
今日はダイアナの魔法の指導の初日。
朝からポーション作りをして納品を済ませる。お昼を食べて、広場で馬車を待つ。リリーのお勧めワンピースを着て黒髪をハーフアップにした。
貴族のお屋敷なので気を遣えとグレイに言われた。
グレイはライに付いて行かないと宣言した。ダイアナは隙あらばグレイを抱きたいと目がギラギラしているとグレイは言う。だからグレイは絶対付いて行かない。
ダイアナはおっとりしてるから心配ないとライは思う。
一人は心細いが仕方ない。
広場に馬車が到着した。前回と同じ御者の人だった。ちょっと安心。
元気の良い声と戸を叩く音。ダイアナは侍女が止めるのも聞かず馬車のドアを開けようとしている。
「お嬢様。いけません・・・・・・」
侍女に忠告されている。そのかいもなくバタンと馬車ドアが開く。
ライは笑顔満載のダイアナに手を引っ張られ馬車に乗り込むこととなった。その間も侍女の小言が続く。ダイアナの耳に入っていない。
泣いていたダイアナはしおらしく可憐な乙女だった。あれは夢だった。
グレイの言うことが正しいとお屋敷に着くまでに実感した。
荷馬車に乗ったことはあるが貴族の馬車は初めて。ガタゴト音がしない。飛び跳ねることがない。お尻の痛くなる板張りではない。窓付きの木の小部屋。ふかふかのクッションが気持ちが良い。馬車の中を眺めている間もダイアナは話し続けた。合間合間に侍女の小言が入る。本当に賑やかだ。ダイアナは婚約解消から立ち直ったようだ。
今日から通うお屋敷は、ダイアナの父の妹、叔母が住んでいるお屋敷。一人住まいなので、空いてる部屋が多くある。ダイアナの家の屋敷より街に近い。
ダイアナは叔母の所で学院休暇の間、泊まり込みで侍女見習いもするので都合がよかった。
そのついでに一部屋を借りることにしたと言っていた。
ちゃっかりしてると思ったら叔母さまの方から屋敷を使えと勧めてくれたらしい。よほど姪が可愛いのだろう。気が付いたら馬車は止まった。これなら歩いて通えるとライは思った。
ダイアナに手を引かれ馬車を降りる。
その時も侍女にダイアナは注意されていた。あとで知った。女性自ら馬車の戸を開けて一人で降りてはいけない。男性にエスコート?されて優雅に降りるらしい。・・・自分でさっさと下りたほうが楽なのにとライは思った。
目の前の屋敷はとても大きい。ダイアナは小さいと言ったけど、これのどこが小さい?商業ギルドより大きい。このお屋敷で一人暮らしは寂しい?怖い?掃除が大変? 以前リリーがいた屋敷なんか目じゃない。
本物の貴族の屋敷。派手さはない。ライの家のような可愛らしさもない。でもどっしりとした落ち着きのある佇まい。月日の重さを感じる。
出迎えた中年の女性は落ち着いた濃紺のドレスを着ていた。どこか寂しそうな憂いのある顔を笑顔に変えてダイアナとライを迎えてくれた。その横に年配の侍女らしき女性とリリーの様な姿のメイドが一緒に並んで頭を下げていた。
お出迎え。グレイから講義?を受けたとおり。ここで先に話しかけない。
「良くいらっしゃいました。ダイアナが我が儘を言ってご迷惑を掛けます。主のミリエッタ・カールと申します。どうぞ中にお入りください」
「お初にお目にかかります。平民のライシーヌと申します。お世話になります」
「いいから!家にはいりましょ!」
ダイアナはライとつないだ手を放さず動き出す。
「ダイアナ!」
ダイアナは慌ててライとつないだ手を放す。背筋を伸ばす。一度深呼吸する。背筋を伸ばし奇麗なお辞儀をする。令嬢らしい挨拶の言葉を紡ぎ叔母様の合格を貰う。
ダイアナはやれば出来る子なんだとほっとした。
ライはここまででもう疲れてしまった。
大きな扉をメイドが開けるとグレーの背広を着た白髪交じりの男性が立っていた。流れるような所作で執事のダンロットさんが応接室に案内してくれた。
ソファーに腰を掛けたらメイドがお茶とお菓子を運んできた。
今日は初日なので色々手順があるとグレイが言っていた。緊張しすぎて足と手が一緒に動きそうだ。腰かけたソファーはふかふかで気を付けないと立ち上がれなくなる。
腰かける時は浅く。背筋を伸ばして座る。お茶は先に飲まない。カップは音をたてない。一度に飲み干さない。・・・・味なんてわからない。
「緊張しているのね。私は準男爵。どちらかというと平民よりなの。自分で服飾の工房をもって商売している。貴族女性では珍しい方ね。だから気を使わないで」
優しい言葉に少し息がつけた。ダイアナが今回の魔法指導に至るまでの経過を説明をはじめた。ミリエッタ夫人はダイアナが婚約解消したことを知らなかったようで驚いていた。侍女見習いは花嫁修業の一環と思って引き受けたと話していた。
ダイアナ!根回しをちゃんとしておいて!グレイ呼ぶよ!
一応話が済んで、1階の庭の近くの小ホールが魔法の練習場になった。
「ダイアナは一度も魔力を動かしたことない?」
「うーん・・兄が風魔法の指導受けた時隠れて見てた。ちょっと真似したぐらいかな?良く分からなかった」
「お兄様は風魔法が使えるの?」
「祝福で風魔法を貰ったから家庭教師が付いたの。でも次期当主だし、武より
文の方が向いていた。それに『文は武よりも強し』?とか言ってた」
「なかなか博識な方ですね」
「昔から難しい本をよく読んでいたから」
「ダイアナはまず魔力を感じるところから始めます。魔力を感じなければ魔法を発動できません。なかには魔力を感じても体外に出せない人もいます」
「魔力を感じても、外に出せない人は何もできない?」
「いいえ、魔力量が多ければ『身体強化』として自らの体を強化できると言われています。詳しくないのですが騎士などが使うようです」
「魔力量・・私は、多くない」
「私も多くはないです。大規模な魔法を使うわけではないので。ダイアナは力持ちになりたいのですか」
「うふふ、剛腕になったら困るわ」
「人の体には血が流れてる。想像してみて。心臓から頭に、手足に、お腹の中に。手首のここ触ってみて。指に何を感じる?首はここに触れてみて。今は触れないけど脚の付け根にも血が流れているのがよくわかる所がある。それも左右対称に」
ダイアナの指を手首に当てる。次は首に。
「ドクンドクンしてる」
「血は心臓から流れ出る。魔力はお腹の魔力の塊から流れる。まずは魔力を感じましょう。わたしが貴女の手を握って少し魔力を流します。気分が悪くなければその魔力を体に巡らしてみて。最後はお腹に集めて」
真剣なダイアナは手首や首筋を触て確認する。緊張気味に手を差し出した。ライはそっとダイアナの手に触れ少しだけ魔力を流す。ダイアナの指がぴくっと少し動いた。目を閉じ魔力を感じようとしているのがわかる。
「もう一度」
途中で魔力が消えた。孤児院でも魔力を追えない子は多かった。
「もう一度」
静かな部屋にダイアナの声が響く。
「もう一度」
何度繰り返したか分からない。ダイアナの額に汗がにじむ。
「今日はここで終わりにしましょう」
「えっ、もう一回」
「今まで使っていない器官だから時間がかかる。この次までにお腹のここ。ここに魔力の塊があるからそこから手足に魔力が動くと信じて練習して。ただ集中力がいるからだらだらと長時間しても効果がない」
放っておいたら一日中していそうだ。次回の約束をして屋敷を辞した。
帰りも馬車になった。貴族街を女性が一人歩くことはしない。ライの徒歩の通いはミリエッタ夫人が許さなかった。夜でもないのにと思ったが、夫人の言葉に従うしかない。街の広場まで馬車で送り迎えすることになった。
夫人は仕事があるだろうにダイアナを気遣い魔法指導が終わった後もお茶に付き合ってくれていた。
ライは広場で馬車を降り家に帰り着いた。居間のソファーにぐったりと倒れ込んだ。貴族と付き合うのは大変だ。ダイアナには緊張しない。ミリエッタ夫人は好意的だけどやはり貴族夫人の貫禄?がある。一つ一つの言葉に受け答えさえ迷ってしまう。あと6回頑張れるかな?
「お帰りライ。だいぶ疲れたみたいだな。あれでも貴族の中ではすごく好意的だぞ。勉強だと思って頑張れ。薬の個人依頼なんて貴族しかいないから」
「なんで知ってるの?」
「そりゃ・・俺はライの相棒だろ。何時如何なる時もライの側にいる」
「あ・・・隠れて付いて来てくれたんだ。ありがとう。グレイに前もって教えていただいたことが役に立ちました。感謝、感謝」
「そうか、役に立ったか。明日は火傷の薬を頼む」
ちゃっかりしてる。でも火竜の薬は早く作らないといけない。気を引き締めて魔力ポーションを作ろう。空魔石に魔力を込めよう。きっとリア師匠の倍?4倍?作ることになる。寝れば魔力は回復するから使い切っても大丈夫。
「ライ、今晩ステーキが良いな。シチューと柔らかパン付きで」
そうだ、夕飯はライの当番。リリーの期待の眼差し。
「それにイチゴのアイスを付けますか」
リリーが喜びの舞。グレイはニヤリと笑う。




