63 ライの家は救護室
ギルドに納品する薬を作っている。毎朝の仕事。
最近はリリーが色々手伝ってくれる。今は人型。ライと同じくらいの女の子。
そばで薬草を揃えたり、道具を洗ったりと良く動いてくれる。人型には成れたけど細々したことはまだ難しい。指の動きに手こずっている。
「ガチャーン」
なんか落とした?気にしなくてよいよ。たいしたことない。
「リリー、人は少しずつ成長する生き物なの。精霊と違うの。リリーは特別な精霊。進化に伴う困難はゆっくり克服すればいい。ライを育ててくれたお婆が
『形あるものはいずれ壊れる。この次気を付ければいい。怪我さえしなければいい』
ライが薬師のお婆の所で物を壊したり失敗した時言われた。自然の中から形あるものは作られる。だから自然に帰るのは当たり前。それが早いか遅いかだけ。リリーが怪我をしないならそれでいい。」そう言ってお婆のようにリリーの頭を撫でた。リリーは幼子のようにはにかんだ。
「ふん」
グレイは作業机の奥の棚に丸くなっている。ライの話を聞いていたのか?
寝ているくせにイカ耳。ライの話が終わって、しばらくしたら耳が外向きに代わり尻尾がゆっくりゆらりと揺れる。寝てしまったようだ。まるっきり猫。
「あれ?スラ小さくなっていない? 色変わりしてる!」
「ライ、スラが分裂した」
寝てると思ったグレイが伸びをしながら答えた。
「分裂? スライムだから分裂するか?」
今頃気が付いたかとあきれ顔でグレイはライの顔を見る。リリーは無言でうなずく。スラはほとんどをモスと過ごす。食事やおやつを食べる時は家に入るが工房にあまりいない。
「スラから分裂したスライムはリリーと一緒にいることが多い。家の中をコロコロしている。モスの手伝いはしない。工房が大好きみたいだ。
薬草の残りを食べたり、錬金で使った鍋や道具の汚れを吸収してる。そしたら癒やしの力を得た」
「えっ!癒やしの力を?」
「そうなんだ。進化? 俺も初めて見た。外には出せない」
スラはモスと一緒に庭や薬草、野菜を育てるのに活躍している。その結果が分裂。分裂は分かるけどスライムは、進化するのか?
あぁ・・・スラはもともと半妖精。スラも高品質の肥料を作っている特別なスライムだ。リリーと同じで進化の道が出来たんだ。
青色の癒しのスライムはスイと名付けた。名付けの瞬間に水色の光に包まれスイは一回り大きくなった。
スイは錬金薬の残り(道具に着いた付着物)や薬草を吸収して進化した。工房の片づけや掃除は、リリーとスイに任すことになった。
「スイはここ以外でも働いているんだ」
他でもスイが活躍している事をグレイから告げられた。グレイに案内されて、久しぶりに地下の部屋に向う。
地下の人外カフェは驚きの空間になっていた。確かにライはモスやグレイの好きにして良いと言った。言ったが・・
地下空間が不自然に広がっていた。木々が植えられ花が育ち小川が流れてる。奥の壁が見えない。地下なのに陽だまりがある。優しい風が吹いている。家の庭と同じ。東屋がある。池には魚が泳いでいる。
テラス席に2匹のウサギがお茶してる・・・?何処から入った?
精霊や妖精は小さい。モスやスラが庭から入れるドアがある。でも、ウサギは通れない。地下の備蓄用の薬草棚には薬草や錬金素材が溢れるほど収められていた。精霊や妖精が運べる量じゃない。
カフェは物々交換で成り立っている。カフェ代金は物で納める。ライに必要なものが優先されていた。備蓄食糧庫にはモスが作った野菜や果物、ハーブ各種が収められていた。上の素材棚にも沢山入っていたのはここから補充されていた。
リリーがカフェ料理に力を入れていたのは潤沢な食糧庫のお陰のようだ。それがリリーの進化の助けになった。しばらく忙しかったのでモスの薬草を使っていたと思ったら精霊や妖精に助けられていた。ウサギのことは気にしない。
それより陽だまりのわきにいくつかの木の洞がある。何か住んでる?
白い子犬?、真っ赤な鳥、トカゲに猫がいる。グレイを見た。
「あれは・・・うん。子犬。怪我をしたり弱った森の仲間を遊びに来る精霊たちや妖精が連れて来るようになった。ここで癒しをかけてもらって回復したら森に帰る」
言っていることは分かる。良いことをしている。
「みんな精霊や妖精じゃない。どうやって連れてきた?」
「う、うん。俺が頼まれて迎えに行った」
頼まれたら断れないね。グレイの困り顔は珍しい。
「転移・・・?」
「転移もある。ここ・・・迷いの森とつながってる」
「えっ・・・どうして?誰が・・・?」
「女神が・・・女神に頼まれた」
女神に頼まれたら仕方ない。ライでも断れない。
「ごめん。ライ、忙しそうだったから。落ち着いたら話そうと思って」
「怒っていないよ。大変だったね。ところで救護室の治療はどうしてる?」
「それでスイが活躍している。ただあそこの白いのは傷が深い。スイの力では治りにくい」
白い子犬に近づくと足の傷をペロペロ舐めている。白い毛に血が滲んでいる。
「こいつ、怪我してここに来るまでの時間が長かったから治りが悪い」
ライは初級ポーションを取り出した。グレイに確認する。
「助かる。ライに話してからと思って」
「こんにちは、この上に住んでる薬師です。これは回復薬。森の仲間に効果あるかわからないけど使っていいかな?この薬は君のいた森の薬草から作ってあるから心配しないで」
「ワン」
小さな声で吠えた。
傷ついた後ろ足をライに向ける。先程まで舐めていたのでクリーンをかけポーションをふりかる、残りを小皿に注ぐ。
「この傷は舐めると悪化するから舐めないで。布を巻き付けておくから。小皿に注いだポーション飲んでね」
この薬で様子を見よう。そっと白い犬の頭をなでた。
「ク~ン」
甘声がした。ライはグレイにポーションを数本あずけた。緊急時使ってほしかったから。まだスイとは話ができない。こう言う時はグレイが頼りになる。
地下空間が皆の憩いの場になっていることが嬉しかった。この家を買って良かった。
「ねえ、あそこの三毛猫は普通の猫?」
「う、うん。違う・・・黙っていてごめん。あれはまだ若い妖精猫。100歳ぐらい。村から出たけどうまく外界に馴染めなくって弱っていた」
「もしかしてマソの取り入れに失敗したの?」
思案顔のグレイ。
「簡単に言えばそういうこと。食事をしないで空気中のマソだけで過ごしていたらしい。妖精村はマソに満たされてる。だから基本マソだけで生きていけるから村から出たら薄いマソだけでは辛い。長老の話を聞かなかったのかな?」
グレイはライの魔力が美味しいと言っていた。
「魔力ながそうか?」
「だめ!マソの枯渇状態が長かったからゆっくり治さないと死ぬ。人と同じ。飢餓状態の人にはわざと薄塩の具のない野菜スープから始めるように」
グレイと相談して魔力を込めた柔らかクッキーを少しずつ食べさせることにした。まずは食べることを学ぶ。グレイの様な食いしん坊になら外の世界にすぐ慣れただろうに。時間をかけてゆっくり治すしかない。
この地下の救護主任はリリー。スイが回復要員、グレイは相談役らしい。
真っ赤な鳥は火の鳥の雛。巣から蹴落とされていたところを助けた。火の鳥は強い雛しか育てない。最後の1匹(羽?)になるために、雛同士が弱いものを巣から蹴落とす。この子は最後の戦いで負けた雛だった。共に巣にいても争わなければ生きていけない。厳しい世界だ。
ということは、トカゲでなく竜だった。あまりに小さいから驚いた。
森の奥で火竜の縄張り争いで大怪我をした。本来は家よりもずっと大きい。
大きいままだと燃費が悪いので回復するために小さくなっている。
「回復した瞬間大きくなることはないよね?」
「ないと思う・・。リハビリを入れれば、長期入院だな。その間にいろいろ言い聞かせるから心配するな」
「グレイに任せる。もっとポーション必要?」
「あれもゆっくり直さないとウロコが傷む。竜は俺と同じで長生きだ。美しい鱗は自慢であり、求愛の条件なんだ」
「・・・・色々あるのね。応援が必要な時は声かけて」
「さすがに大怪我は俺やスイ、リリーでは無理だ。ライが協力してくれるとすごく助かる」
「上の工房にポーション各種と傷薬など置いておくから自由に使って。様子を見ながら補充しておく。リリーもスイも救護経験が浅いから、取り出しはグレイが責任もって」
仕方ないとグレイはうなずいた。
「ライ、さっそくだけど。火竜の火傷なんだけど・・。ヒヤリン草あるから作ってくれない?」
ヒヤリン草・・・魔力足りるかな?
「魔力なんだけど。魔力ポーションで補えばどうにかなると思う。魔力草も準備できてる」
準備万端。さすがグレイだ。
厳しいことも言うけど基本グレイは面倒見がいい。
孤児のライの相棒になった。事件があるたびに活躍してライを助けてくれる。
赤の他人のダイアナにさえ、親身?に助言していた。
「グレイ!大好き!」
思わず抱きしめた。
嫌そうな顔をしてもグレイはライの腕から抜け出さない。
誤字脱字報告ありがとうございます。




