62 家事精霊リリーの進化とダイアナのお願い
ライは今、リリーから先ぶれの手紙を受け取った。
ライがモズ商会に出かけている間に届いたようだ。
「リリーこの手紙どうやって受けとったの?受け取りサインがいるでしょ?」
「よくぞ聞いてくれました。わたくし家事精霊リリーは進化したのです。
リリーはこんなかわいい女の子の人型になれるのです。これからはお客様の
お迎えもできます。私の初仕事は先ぶれの手紙を受け取ることでした」
自慢気に語るリリーを驚きの目でライは見た。リリーの説明によると家事精霊の本来の仕事、家事以外のレベルが上がると、家事精霊として進化するらしい?それもリリーの希望は人型になることだった。人型になるために、レベル上げに時間がかかったと話していた。
家事以外の仕事のレベル?リリーはグレイのようにライの仕事の手伝いがしたい。その思いが強すぎてあれやこれやライが喜ぶことを陰ながら頑張っていた。地下の人外カフェの経営。ライの服を作る。裁縫レベルがぐっと跳びぬけて上がった。グレイに文字を教わり、計算も学んだ。
それら全てが本来進化などしない家事精霊に、進化を推し進めた。その結果リリーは人化を手に入れた。
リリーは、ライの近くでお手伝いをしたい。グレイのように何でも一緒にやりたい。調剤でもお料理でも。そんな思いが、リリーの中にあったことを初めて知った。
長く人のいない屋敷を守っていたから人恋しさが募ったのか?
可愛いリリー。
リリーは老女、幼女、若い娘にもなれると自慢気に変幻を見せてくれた。
先ぶれの手紙の主は、この間助けたダイアナだった。
助けていただいたことに、お礼がしたい。
3日後の昼間訪問すると書かれていた。
ちょうどその日、自宅でアルバートさんと打ち合わせがあるので在宅している。お返事はとリリーに聞いたら
『承りました』と答えましたと笑顔で返事した。
これからもあるだろうから、何でも受けないように教えないといけない。
上級の洗髪液が上手くできないらしい。モズ商会のリチャットさんもそんなことを言っていた。レシピがあっても同じようにならないのは魔力の属性や魔力の込め方などが影響している?
もっと簡単にできる物を考えないと・・洗髪後に髪に栄養と保湿を兼ねた髪美容液を作ればいいかも。
頭皮の栄養は脱毛や色つやの衰えを抑えてくれる。脱毛(禿)に即効性のある
薬など作れない。リア師匠の旦那様でも完成できなかったのだから私には無理。工房に籠って髪美容液に取り組む。
リリーやグレイには人の美に対する欲求を理解できない。
生涯半永久に姿が変わらない妖精や精霊には、時と共に衰える人族の気持ちは分からない。
まだ12歳のライにも良く分からない。
綺麗でいたいと思うのは分かる。
便利で手軽に使えるのは悪くない。薬師の本、旦那様のレシピなどを読み返し悪戦苦闘した。モスが育てた数種のハーブと植物油を精製して、柑橘系を濾し・・・何度も作っては鑑定にかけた。
さっぱり系としっとり系。無臭と使うハーブで僅かに香りが付く物ができた。
仕上げた物を自分で使用する。
洗髪後お湯に髪美容液を数滴たらして髪に馴染ませる。その時に頭皮を揉み解す。頭皮がポカポカしてきた。香りも強くない。二日あるので繰り返し試してみた。
「どうしても上手くいきません」
家の前で、アルバートさんは玄関先で頭を下げた。
慌てて家の中に案内した。
「錬金術は大量生産には合わないのかもしれません。込める魔力の属性や流す魔力量などが、影響しているかもしれません。
同じ材料で料理を作っても料理人によって味や盛り付けが変われば出来上がった料理に差が出る。上手く表現できない。
レシピは必要な人に利用してもらえればいいです」
「ありがとうございます。今作っている洗髪液は好評です。富裕層にも人気で香りを加え高級感を出す方向を考えています」
アルバートさんの苦労を労わりながら髪美容液の試作とレシピを手渡した。
使ってみて良ければこれを登録して良ければ商業ギルドに任せたい。
私の難解なレシピで迷惑かけた代わりに活用してもらおう。
アルバートさんに手を握られ感謝される。
「すぐに妻と娘に、従業員に試してもらいます。では結果はまた報告します」
そう言って駆けだしそうな勢いで出ていった。良い物を作りたいという意気込みを感じる。
「グレイ、偉くなるのも大変だね」
「アルバートさんの頭皮が心配だ。彼のために薄毛の薬開発したら?」
「無理!優秀な錬金術師の旦那さんだって困難なのに。グレイが禿げたら頑張れるかも?」
「え・・・俺禿げる?」
「それは分からない。女神さまに聞いてごらん」
「・・・・・・」
「心配した?グレイは妖精だから大丈夫だよ」
しばらくして侍女を伴ったダイアナの訪問を受けた。人気の焼き菓子を持参していた。リリーはダイアナの侍女を見て同じぐらいの年齢に変幻してお茶を出してくれた。その後は部屋の隅に控えている。
侍女スキルを上げるためかな。努力を怠らない。
「先日はありがとうございました。わたくし、グレイ様の助言が胸に突き刺さりました。ライ様の自立した姿が眩しかったです。
彼との婚約を解消することに決めました。兄の協力を得て無事、婚約解消できました」
華がほころぶような笑顔で話す彼女に後悔はないようだ。 ダイアナの両親も彼女のことを大切にしていることがわかる。
相手先の家の当主も常識的な人らしい。違約金は、ダイアナが使って良いと言われましたがどうしたらよいかと困り顔。迷いのない顔に見える。
婚約解消は令嬢にとって汚点?になるかと心配したが・・・
「わたくし、あまりにスムーズに婚約解消できて驚きました。
これから自分が何をしようか考えたのです。
『新しい婚約など今は考えなくても良い』と父が言ってくれたので、一度外に出て働こうかと思っています。
これでも学業は良い成績です。
幼子の家庭教師になろうかと思っています。まだ1年あるので叔母の所で侍女見習いするつもりです。
ライ様!魔法を教えてほしいのです」
ダイアナは貴族令嬢で並みに魔力はある。貴族子女に必要なのは魔力量の多さだが魔法師の家系以外は魔力があるに越したことはない程度だそうだ。貴族の令嬢はほとんどの事を侍女が手伝うため魔法の取り扱いを知らずに終わるのが当たり前らしい。勿体ない。
ダイアナは年下のライが手に職を持ち独り立ちしていることに衝撃を受けたようだ。ライにとったら独り立ちは当たり前だ。
ライが髪に髪洗剤を軽く塗布してマッサージした後、クリーンを掛けた。
髪に温風の風が当たってふっくらとたなびく髪。劇的変化に驚いた。涙で腫れた目元を癒してくれたヒール。すべてが不思議の世界だと興奮して話す。
これが自分で出来たらどんなに素晴らしいだろうと夢見がちな顔で語った。
ダイアナは婚約解消よりグレイやライに夢中になった。
魔法が使えたら何ができる?
傷を癒せる?侍女の手荒れを治してあげたい。ダイアナの専属侍女は石鹸に弱い体質だと言って、手荒れ軟膏が手放せない。
髪だって自分で乾かせたら時間がかからない。
知らない事より知ってる方が良い。
魔法を知りたい。使うか使わないかは、後で決めればいい。
無駄にした時間を取り戻したい。
ライという平民の女の子は、私の周りにいない女の子。妖精の猫を相棒にして、独り立ちして家まで構えている。この間はいなかった侍女?まで雇っている。不思議な子。
ダイアナの頭の中で出会いを失うなと鐘が鳴る。
必要な師は自分で見つけた。絶対に教えてもらうと決意した。
ダイアナの決意にグレイが折れた。
自ら妖精猫とばらした手前、強くは言い返せない。それにライは貴族というものを全然知らない。これからの仕事に多少なりともかかわることがあるなら、これを機会にダイアナから学べばいい。念話でライに告げる。
ライはしばらく考えてダイアナに答えた。
「魔法なら専任の家庭教師を」
「ライさんが良いんです。それに貴族子女に魔法は不要なんです。
それでも私は学びたいのです」
「わたしが出来るのは生活魔法です。これを応用して風と水、火と水などの
複合魔法を使っています。幼いほど魔法が発現しやすい。貴族と平民では違うかもしれません。
まず、魔法の発動が出来るか分かりません。得意な属性に偏るかもしれません。14歳という年齢で必ず身に着くとは確約できません。
それでも良ければ申し出を受けます」
満面の笑みでダイアナはお礼を言った。そして学年末の休暇残り14日間
毎日通ってくると言い出した。さすがに毎日何時間もダイアナには付き合えない。ダイアナは貴族令嬢だけあって、他人の都合に合わせるということができない。
ライはそれなりに薬の作成、納品、商品の開発など時間が足りない。
さらにこの家にはグレイ以外にも精霊が出入りしている。秘密も多い。
家に何時間もダイアナにいてもらうのは困る。
どこか別の場所で2時間ほどならと説明する。
前から決まっていたかのようにここから遠くない叔母の家を借りるつもりだと言い出した。毎日馬車で迎えに来るというので、場所が分かれば自力で向かうと説得する。家の前に毎日貴族の馬車が通うのは避けたい。
2日おきに午後の3時間新学期が始まるまでと決めた。
明日だけは馬車で迎えに来ることになった。
誤字脱字報告ありがとうございます。




