59 俺は、何を間違えた (2)
フォルテスが学院で違和感に気が付いたのは、ダイアナの視線が無い事だった。学院にいる時何度かダイアナと視線を合わす。
俺が用事がある時は声を掛けるが、用事が無い時は軽く手を上げる。
ダイアナは嬉しそうに頬を染める。俺に惚れていると確信する時だ。
それなのにダイアナの視線を最近感じない。ダイアナが俺を気にかけていない。見ようとしない。背の高いダイアナは、猫背にして少しでも背を低く見せようとしている。俺の好みの化粧をしている。
制服の胸ポケットにはピンクのハンカチを入れ、頭にはピンクのリボンをして可愛さをアピールしていた。
そのはずなのに、今日はそんな頭を見ていない。前に頼んだ魔法学のレポートを受け取らないと書き替えの時間がなくなる。
「ダイアナ!薄紅の髪が光っているわ。素敵!化粧変えたでしょう?」
おしゃれに煩いプリン・オズワルトが驚きの声をあげた。
俺は二度見した。
背筋を伸ばし制服をすっきり着こなしていた。それどころか頭のリボンがない。少しくせ毛のくすんだ紅色の髪をさらりと腰まで流していた。同じ髪かと思うほど艶があり髪色は薄紅の花色だった。あんなに奇麗だったか?
「あれ?ダイアナか?いつも控えめだったのに。大変身だな」
「こう見るとダイアナありだね」
何言ってる。今までダイアナなんて気にもかけてなかったくせに。
何か気分が悪い。
ダイアナに目で合図をしようとするも、その日一日ダイアナと目を合わすことがない。その後マリアーナが纏わりつく。
ダイアナに声を掛けるタイミングを失った。
夕刻、机の上にメモ付きの数枚の紙の束が置いてあった。ダイアナのきれいな字で魔法学のレポートのポイントが箇条書きされていた。
いつもなら完成したレポートが置いてあるのに。
『宿題はこれからは自分で仕上げてください。
卒業に向け勉強に集中したいのでこれからは手伝いは出来ません。』
メモが置かれていた。なぜだ。女なんていい成績が何の役に立つ。
結婚して子供を産むのが仕事だろ。何偉そうに言っている。
魔法学のレポートの作成にどれだけ時間がかかる。俺はお前と違い忙しいんだ。最近かまってやらないから拗ねているのか。
どうにか魔法学のレポートを書き上げ提出した。その日の帰りがけダイアナを捕まえることが出来た。人が少なくなった廊下の踊り場で怒鳴った。
「どういうことだ!俺が忙しいのは分かっているだろ。急にどうしたんだ。この間デートをすっぽかした事か?
生徒会の事だから仕方ないだろう。それに君が学業に力を入れる必要はない。今のままでも卒業に問題ない」
「別にこの間の意趣返しではありません。私は学業に力を注ぎたいのです」
「ダイアナには必要ない。学業が何のに役に立つ。
女は男の後ろにいればいい」
今までダイアナは、フォルテスに従順だった。徐々に横暴になるフォルテスに口答えなどダイアナは出来なかった。
彼といずれは結婚するのだからとすべてを飲み込んだ。
「皇太子の婚約者のメナリー様は学年で2位の成績で卒業されました。
今では外交に活躍されています。女子が勉学に励むことは無駄なのですか」
「うるさい!女なんて子供を産むのが仕事だ。あとは着飾ってお茶会に行く。
それを養うのは男なんだ。今まで通り宿題や生徒会の仕事を手伝え!」
「生徒会の仕事は本来生徒会の者がやるべきです。
私がやる事ではありません」
「うるさい!生意気な口をきくな!お前など婚約破棄されたら他に貰い手はない。俺しかいないのに楯突くな!」
廊下伝いに外まで聞こえる声でフォルテスは怒鳴り、腕を振り上げた。
怯えるダイアナがさらに憎らしく見えた。
「女性に手を上げるとはどういう教育を受けてきた。ダイアナはあくまで婚約者。妻ではない。跡取りを生むだけの女ならダイアナである必要ない。
自分のレポートや宿題もできない奴が何偉そうなこと言ってる。
生徒会の仕事をするための生徒会の役員。自分の仕事を他人に任せるなど、いつから生徒会役員は堕落した。
お前にうちの大事なダイアナを嫁には出せない。
今の時代、女性の活躍を理解できない男に先はない」
フォルテスの腕をダイアナの兄シャープが掴んでいた。
そう言うとシャープにダイアナを連れていかれた。シャープがなぜ出てくる?なぜ、ダイアナが口答えした?婚約解消?
何が起きたかフォルテスは分からなかった。
「フォルテス君。君はレポートや宿題を代行してもらっていたのか?」
「えっ それは・・・」
いつから居たのか魔法学の講師がたっていた。混乱していてどう言い訳したか分からない。家に帰ったら父から呼び出しがかかった。
「フォルテスは、いつダイアナと婚約解消したんだ」
「ダイアナとは上手くいってます。婚約解消などありえません。父上」
いつもは柔和な父が執務室の机の奥から自分を見つめている。
こんな厳しい目つきを見たことがなかった。思わず声が震えた。
「では、この契約書は何だい?」
机の上に出された書類は、フォルテスとマリアーナとの婚約の仮の書類だ。
「なぜこれが・・・違います。これには訳があって。ただの一時的なもので…
決して正式な婚約ではないことは向こうもわかっています」
背中に冷や汗が流れる。こんな時ほどおたおたせず堂々と切り抜けなければ。
「ほぉ。商人相手にこれが取り消せると思っているのか?魔力契約はしていないが正式な契約書だ。どこに仮契約というんだ」
「そ・そんなことは向こうがわかっているはず」
「お前は何もわかっていない。契約書とはだれが見ても同じ内容に読めなければ意味がない。心積もりなど書かれてなければ無効だ。その場の口約束は書類に反映されない。それに、未成年が親の許可もなく婚約の書類を書く。
これの意味が分かるか!今回は以前より取引のあったタリヌだから心配して
知らせてくれた」
あの成金が余計なことをしてくれた。
「お前はタリヌの所から随分金を借りているようだが学院で必要な金は足りているはずだ。何に使った。この金を得るために、まだ貴族慣れしていないタリヌの娘をだましたのか」
どう言い訳をしてこの場を乗り切れる。
俺の頭の隅にあった伯爵令嬢を思い出した。
「父上、実はわたくしに思いを寄せる伯爵令嬢がいるのです。
彼女に見合うために・・・・」
「ほーお、お前はダイアナと婚約解消もしないのにタリヌの娘と婚約契約書を書いた。タリヌの娘に金を貢がせ、実は伯爵家の娘を狙っているというのか?恐れ入るよ。
タリヌの家では、お前とは婚約させるつもりはない。娘の出来では貴族家で
やっていけないと辞退してきた」
辞退したなら好都合だ。
「金は家で立て替えて返しておいた。半分は学院を卒業したら手渡す予定の
私的財産で払ってもらう。半分は子供の教育を失敗した親が払う。
よく考えて行動しろ。卒業後どうするかしっかり考えろ」
父はフォルテスを見ることなく右手を振り退出を促した。
ドアの外に出ると難しい顔をした古老の執事が入れ替わりに入っていった。
とりあえず峠を越したとほっとしたフォルテスだった。
誤字報告感謝します。
とても助かっています。




