34 調剤を始める
ライは迷いの森から無事抜け出し依頼の薬草を冒険者ギルドに納品した。
まだ冒険者が来る時間ではないので少し閑散としていた。最初に受け付けてくれた年かさのウエッジさんが驚いた顔をしている。
「何かありましたか」
「薬草の納品に来ました」
言いながら薬草の依頼表を数枚掲示板から取り提示した。
「迷いの森の中に・・・もしかして・・・入ってないわよね」
「森の外縁は踏み荒らされていたので少し中に入りましたが、目印をつけておいたので大丈夫でした」
「よく戻ってこれたわね。迷いの森初めてでしょ。気を付けてね」
困った子だというようにライの顔を見た。ライはヨモ草を30本取り出した。
「すごいわね。大きさも色艶も鮮度も申し分ない。採取も完璧。これ森の中で?」
「そうです。詳しくは・・・」
「ううん。言わないでいいわ。それに採取方法がとてもいいの。ここに来る前から薬草採取は得意だったのね。ヨモ草以外もあるかしら」
「ヨモ草は自分で使いたいので、マナ草・ケンナ草・アオ草10本ずつでしたら出せます」
ウエッジさんが喜んだ。
「わぁ、すごく助かるわ。薬師ギルドの納品困っていたの。最近採取される薬草があまりよくないのよ」
「森の外縁が踏み荒らされているうえに乱獲されているから薬草が育たないようです」
「新人教育が上手くいっていないのね。
迷いの森はパーティーでないと難しいからどうしても新人やソロが薬草を採取したり森から飛び出した小物を狩るから踏み荒らされるのね」
銀貨1枚と銅貨5枚になった。
「ところでライさんは薬草を何に使うの」
「薬師見習いをしたことがあるので傷薬や熱さまし・痛み止めなどは作ることが出来ます」
「えっ、ライちゃん薬師見習いしていたの?なぜ冒険者に・・・あっ詮索はいけないわね」
まずいことを聞いたと目を伏せた。
「孤児の私を面倒見てくれたのが薬師のお婆さんでした。事情があって長く学ぶことが出来なかった。数年前に亡くなってしまったので・・」
「師匠を途中でなくすと新しい所に入りづらいわね。うちには鑑定士もいるから。良い出来なら買取もしてくれる。野良の薬師は薬師ギルドに入れないからランクに見合う買い取りをしてる。試しに持ってきたら」
「本当ですか。でも今は宿に住んでいるから・・・」
「ギルドの隣の宿屋は自炊できるようになっているから汚さなければ使っていいわよ。ただ家賃が銅貨1枚と安いだけに寝台と机ぐらいしかないけど」
ライはさっそくギルドの簡易宿屋を見に行くことにした。ギルドの裏に古びた木造の建物が建っていた。ここはまだ稼げない冒険者用。
つまり家のない孤児上がりやよそ者が街に慣れるまでの短期の宿屋。
見るからにぼろい。でも台所は誰も使っていないようで埃まみれだが十分使える。
ここには1年しかいられないが自炊しながら薬を作れることが嬉しい。部屋など自分で掃除してしまえばよい。ウエッジさんは驚いていたが喜ぶライに何も言えなかった。
引っ越すと決めた。ライは台所に近い1階の日当たりの比較的良い101を契約した。部屋の中にクリーンを5回ほどかけガタついた窓をスライム糊で補強。薄い壁にスライム糊を刷毛で塗った。塗ったというより板と板の隙間を埋めていった。
スライム糊は薬師のお婆の家の補強に使っていた。隙間風が無くなり柱や壁を糊膜で覆う。乾燥するとほとんど塗ったことが分からない上に頑丈になる。優れものだ。
ただ水に弱いので建物外壁にはむかない。寝台や机・床板も塗って窓とドアを開け低温の風を送り出す。乾くまでに台所の掃除と備品の確認。
何もなかった。鍋一つなかった。さすがに冒険者ギルドの建物なので魔石コンロが付いていた。当然魔石は入っていない。
使用する者が使う間だけ自分の魔石を入れるようになっていた。
これでは収入の少ない冒険者は台所を使えない。魔石自体が安いもので10銅貨する。長く使えるがよほど炊事をしないなら高額な出費だ。
食事なら安ければ黒パンとスープで2鉄貨串焼きをつけても5鉄貨で過ごせる。宿はただ寝るだけに過ぎない。
安らぎ亭に事情を話しギルドの宿に移り住む。
収納してあった布団や食器・料理鍋や調剤用の備品を部屋の隅の棚に並べる。古いシーツでカーテンを作る。窓は防犯を兼ねて嵌め殺しにした。
空気の入れ替えは生活魔法でどうにでもなる。
ギルドの裏道は小さな小売店が並んでいるので買い出しには困らない。最高の立地だった。朝は買い置きのパンと前日の夜のスープを食べる。
そのまま依頼を受け迷いの森に薬草採取に、街の配達や草取り買い物代行などの仕事も受けてギルド受けを狙っておく。
街を知るには街を歩かないと分からない。それには街の中の依頼はとても役に立つ。農家の手伝いなど昼食付いて野菜などの土産付きだ。
商店や飯屋の臨時雇いなどは依頼料に増額されたり正規で雇いたいなど言われた。
薬草は街の薬師から指名依頼まで出た。順調に独立資金を貯めている。
休日は傷薬や熱さましなどの初歩の薬を作っては冒険者ギルドに納品をはじめた。ライの鑑定でCレベルの商品を作ることができた。初めてギルドに持っていった時に二人の鑑定士に診てもらいC判定で買い取ってもらえた。
野良の薬師は保証人がいないので技術を見るために商品のみで評価される。不正やなれ合いをなくすために最初は二人の鑑定士が立ち会う。その後は同じものなら買取のたびに一人の鑑定士の判断で買取価格が決まる。
Cランクであれば基本買取は正規の値段で行われる。商品とランクによる値段表一覧が張り出されている。
手持ちの熱さましや腹薬や痛み止めも買取ができた。
ウエッジは驚いた。
12歳にもならない子供が指名依頼が来るほど薬草採取が上手い。焦げ付きやすい街中の依頼も真面目にこなしてくれる。
さらに消費の激しい傷薬や熱さましまで高品質で作ることが出来る。鑑定士もCプラスの出来だと言っていた。
古ぼけたギルド裏の簡易宿屋に住んで自炊までしている。宿屋の周りの雑草はいつの間にかきれいに刈り取られていた。雨の日は水たまりで道がぬかるむ。そんなギルドまでの道は、耕された畑から出た小石で小道が出来ていた。
空き地について聞かれ、草を刈って見目好くしてくれればと軽い気持ちで貸し出せば、小さな畑になっていた。
小道の周りには森からとって来たのか素朴な小花が植えられ小さな色とりどりの花を咲かせていた。ギルドの裏道が正面通路のように整えられた。
ライがお礼にくれたクッキーはとても美味しい。昼に食べたサンドイッチは野菜を和えた黄色いソースがとても美味しかった。
いつの間にか小道の横に椅子とテーブルが置かれギルド職員の憩いの庭になった。
たまに開かれるライ喫茶は職員だけの秘密の憩いの場になった。
12歳になるライは孤児である。猫をお供にどんな人生を歩むのか楽しみだ。今日はウエッジもライもお休み。裏庭で美味しいお茶とホットケーキをいただく。季節の果物をお土産に持っていこうとウエッジは市場に出かけた。
誤字報告ありがとうございます
これからもよろしくお願いします




