26 領都イートンに着く 止まり木亭で働く
東門の検問を受けて領都の東の街イートンに入った。
さすがに大きな街だ。道は広く、きれいな石畳が敷き詰められ、店は両脇に所せましと立ち並んでいる。多くの人が行き来している。
とても身ぎれいな人たちだ。この人たちは庶民だと知って驚いた。領都の中心地だけあって救護施設や孤児院もあってスラムはないらしい。
思わず自分の服を見た。買い直さないと浮いてしまう。
大通りを外れて入った道は先ほどより狭いが宿屋兼食堂が多く並んでいた。そのうちの一軒、止まり木亭の前で馬車は止まった。店の中から恰幅の良い女将さんが飛び出してきた。
「ボブさん早く着いたね。この子かい。助かるよ。ダリアが今お産でいないから手が足りなくて困っていた。あっごめんね。さあさあ、まだ昼食には早いから中に入って。朝ごはん食べたかい?ボブさんはお昼食べていくかい?」
早口でまくし立てる女将さんにライは驚いてしまった。ボブさんに背を押されながら店に入る。
「ライ驚いただろう。止まり木亭は宿と食事処をやっていてね。なかなか良心的で料理もおいしいんだ。繫盛している。だからとても忙しいんだ。慣れるまで大変だろうけどここなら住み込みで働けるし俺としても安心なんだ」
使い込まれているがきれいに掃き掃除された食堂は数人のお客さんがいるだけだった。店の奥の厨房からさらに体の大きな男の人が顔を出してきた。
「ボブさん大丈夫だ。うちのが色々面倒見るだろうから安心してくれ。坊ちゃん? 俺は店主のダンロック。元冒険者で料理担当だ。少しは料理できるかい?」
「ダン大丈夫だ。ヨロンで冒険者ギルドの酒場で料理してたから問題ないと思う」
「えっこんな小さい子を酒場で働かせていたのか?」
驚いて大きな体が乗り出した。
「あっ、違います。ランチのお手伝いの依頼で仕事していたんです。マスター以外に街の奥さんたちも一緒に働いていましたから、心配なことはないです。
こんな身なりですが女の子です。
ヨロンでは冒険者をしていたので、男の格好のほうが都合よかったから、こんな服しか持っていません。落ち着いたら服を買おうかと思っています」
慌ててライは言い訳をした。
「あら女の子なの。嬉しいわ。うちには男の子しかいなかったから楽しみができちゃった。大丈夫可愛いエプロン着ければ顔は可愛いんだから慌てなくていいわよ」
ライはボブさんと顔を見合わせる。良い人たちに巡り合えたようだ。
「ここでよいか?頑張れ。困ったことがあったら帰ってこい」
ボブさんは取引先に向かうためにライの荷物を降ろすと名残惜しそうに出ていった。
ライは止まり木亭の1階の外庭に近い部屋を借りることが出来た。
グレイと住み込みで食事つき、十分な広さだ。子供部屋だったらしく寝台に、衣装棚が付いている。
寝台には新しい布団と替えのシーツやタオルなどが置いてあった。
念のため部屋全体にクリーンを掛け、収納してある荷物から必要なものを取り出した。
一番きれいなシャツとズボンに着替え、渡された可愛いエプロンをつけてお店に顔を出した。
「あら、もう手伝ってくれるの?無理しなくていいわよ」
「いいえ、荷馬車に乗っていただけなので大して疲れていません。遅くなりましたがこの子は相棒のグレイと言います。
お店の方には出ないようにします。夜中に鳴いてご迷惑かけることはないのでよろしくお願いします」
「ボブさんから聞いているわよ。貴女の相棒なんでしょ。躾も十分だと言っていたわ。食べ物屋にはネズミが出るから、いるだけで助かるわ。暴れなければお店にいてもいいわよ。ここなんてどうかしら? 店番みたいでいいわね。何かクッションでも置いてあげようかしら」
ライだけでなくグレイも就職できる様だ。それから少しお茶を飲んで昼の下準備の手伝いに入ることにした。
宿の掃除や片付けは後からゆっくり教えてもらうことになった。ライは厨房に入り残っている食器を洗うことにした。片っ端から洗い最後に綺麗な水ですすぐ。軽く魔法で乾燥させ棚に仕舞った。
「お前魔法出来るんか」
「はい生活魔法が幾つか使えます。厨房で使うのはダメですか?」
「いいんや、別にいいんだ。ただ魔法使えるならこんなとこより他に働くとこあるんじゃないか?」
顔を上げると、ダンさんがびっくりした顔で尋ねてきた。
「そんなことないです。知らない土地で安心して住めて、働く所があるのは私みたいな子供には本当にありがたいです。
ダリアさんが戻ってくるまでよろしくお願いします。これでも冒険者の仕事をして食べてこれました。見かけより逞しいんです」
ダンはボブから話を聞いているのか、それ以上は何も言わず、芋の皮むきを籠一杯頼んできた。グレイは女将さんに撫でられるのから逃げ出し、街の探索に出かけた。
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