2 ちびが売られる理由
上の兄が結婚することが決まった。今朝は朝から慌ただしい。
「ちび、おばあちゃんのとこに夕飯持って行って。そのままお泊りしてきなさい」
木のお盆に乗せた煮込みスープとパンをお母さんが持たせてくれた。
今日は家に近づくなということだ。こういうことは時々ある。お嫁さんになる人が家に来るのかもしれない。ちょっと見てみたかった。
お母さんに頼まれた夕飯をもって、お婆の家に向かう。向かうといってもすぐ隣。勝手知ったるお婆の家。声をかけながら木戸を開けた。
「夕飯を持ってきたよ。今日はお泊りしてもいい?」
「ありがとうね。良い良い。台所においてくれ。あとで裏の草取りだ」
「うん、お婆、うちにお嫁さん来るんだって」
「ちびも聞いたか?良かったな。親は喜んでるだろう」
「うん、だからちびは、今日はお泊り」
「婆はうれしいよ」
お婆の優しい声が、薬草の香りと共に少し寂しかった心を温かくしてくれる。
これを『寂しい』と思うのか。胸のあたりが暖かいのは『嬉しい』『楽しい』なんだ。
ちびの親は忙しい。
畑仕事に役立たないちびは、薬師の家に預かってもらっている。
とれた野菜をたまに渡すぐらいで別にお金など渡してないが、一人暮らしのお婆には良い話し相手だろう。あまりしゃべらないちびだが居るだけまし。
お婆に子守を任せているのが本音だと思う。
少しづつ、お婆と一緒に掃除をしたり、水汲みや洗い物などをすることが
いつからかちびの仕事になった。お婆は、気長に付き合ってくれた。
「ライちゃん」
と声を掛けてくれる。
名前を呼ぶのはお婆だけだった。みんな「ちび」と呼ぶ。
最初はちびが名前と思った。だって家の人もお婆も『ちび』としか言わない。
でも本当は名前があった。お婆に呼ばれた時は何を言ってるか分からなかった。
お兄ちゃんたちと同じように名前があってよかった。
体が大きくなるにつれて、手伝えることが増えてきた。
ご飯の手伝いも出来る。もちろん鍋をかき混ぜる、皿を洗うぐらいだ。
今にナイフをもって、野菜を切れるよう頑張る。
最近は、薬草畑の手伝いを始めた。お婆は、村の人ばかりでなく商人にも
薬を売っている。熱さましや腹痛の薬。傷薬だって簡単に作る。
お婆の畑は、色々な薬草を育てていて毒草もある。
取り扱いには気を付けないと手が腐る。
薬草の水やりや、葉の取り方、収穫時期や、収穫方法を習うようになった。
その頃からお婆から毎日1鉄貨を貰えるようになった。
母さんはとても喜んでいた。ちびは毎日、お婆のとこに向かうようになった。
薬草の名前を覚えるために字も教えてもらい、数の数え方も覚えた。
いつものように、お婆と夕飯を食べて薬草整理の手伝いをした。寝る前に、夕飯の食器を家に届けに戻った。家の裏木戸を開けた拍子に 両親の声がした。
「4年も連絡ない。捨て子だったのね」
「春に村から出そう」
「まあ、仕方ないわね。結婚で物入りだし少しは金になるでしょう」
まだ話は続いていた。身体が動かなかった。
しばらくして、開き戸を静かに閉めて、お婆のとこに戻った。
「ちび。春に売られる。結婚の準備にお金がいるんだって」
お婆は、皴のある手をおでこに当て、困り顔になっていた。
「そうか。やっぱりそうなったか。
ライは母さんの子供でないことは知っていたか?」
「うん。なんとなく。だってちびとお兄ちゃんたちとなんか違う。
村の人が来るとすぐにおばあちゃんのとこに出されるし・・・・」
ライは、兄たちと比べる以外他を知らない。それでも毎日帰る家だから・・・
こんなもんだと思っていた。それでも、なんか違うとは感じていた。
母さんの優しい声が兄たちに向かってもちびに向かうことがない。
皆に名前を呼ばれたこともなかったけどご飯はみんなと一緒だった。
まあ、お婆のとこで食べる方が多かったけれど。
殴られたりはしていなかったし、怒鳴られることもなかったので
困ってはいなかった。
捨て子ということより売られるほうが驚いた。
前にお婆のとこに来た商人が言っていた。この村よりずっと向こうの村で、不作が続いて年寄りが多く死んだ。
その時商人は村人から子供を買ってほしいと言われた。商人はもちろん断った。
次に訪問したら村に小さい子供が少なくなっていた。
生活が苦しくて村で身売りに出したようだ。
「小さい子供は街に行くまでに死んでるかも」
「仕方がないが・・・使いつぶされるか娼館だな」
お婆と小さい声で話していた。辺境の村は、ずいぶん町から遠い。
街に行くまで時間がかかる。売られた先で酷い目に合う・・・・・・。