174 ストーンの告白?
数日後、ミリエッタがオズを連れてライの屋敷にやってきた。オズは以前、体の細いやや神経質なところがあったのに、随分明るく活発になっていた。オズの後ろにはエックが探していた「ストーン」が立っていた。思わずライはオズより先に声をかけてしまった。
「ストーンさん、魔導師団を辞めたのですか?」
「ライ姉、ストーンは僕の護衛に戻ったんだよ。そして今は僕の剣の先生なんだ。僕は魔力量が多いから体を鍛えることは不可欠なんだとグレイが言っていた。座学だけでは良い公爵にはなれない。いざという時は敵の前に出て民を護れる男にならないといけないんだ」
「オズは強くなりたいのね。でも強いだけではだめだよ。人を思いやれる強さもストーンさんから学んでね」
「オズの話はその辺で終わりにして、待ちに待った庭で遊んできなさい。うずうずしているのがまるわかりよ」
「申し訳ありません。まだ修業が足りません。では御前を失礼します」
オズはすました顔で、そう言うが早いかライの目の前を走って庭に向かった。ライが不在中は屋敷にこれなかったのでオズは待ちに待った人外たちとの交流に行儀作法など飛んで行ってしまった。ミケは自力で転移出来るので、オズの座学などの時間、勝手に屋敷に来て遊んでいた。オズはミケの話から人外が作った遊具に心を奪われた。さすがにライが不在なのに訪問は出来ない。
今日の訪問をオズはどれほど待ち焦がれたことか分からない。だからこそミリエッタから許可を貰うと一目散に庭に駆け出した。そのあとをストーンが追いかけようとした。ミリエッタがそれより早く声をかけた。
「ストーン、オズはこの屋敷の中は安全よ。今はそれどころではないでしょ。王弟のご令嬢からのことを聞きました。放置してきたのでしょ。エックおじさんが心配しているわ」
「私は、王都の令嬢達とは結婚しません」
「ストーンさんが結婚する気がないならしかたないわ。それでも王弟から申し込まれたら断れないわ。分かるでしょ?」
「私は騎士として生きて行きたいのです。自分の守りたい者を守る騎士になりたいのです。「鍛冶神の剣」はそのためだけに使うと決めています」
「でも・・大出世ですよね」ライの小さなささやきは思いのほか大きかったようだ。ライのささやきにストーンはすぐに反応した。ストーンはライの方を向いて興奮気味にライに声を掛けた。
「そ、そんなものはいりません。わたしが守りたい者はここにしかいません。ライさんこそあちこちから縁談が来ていると聞いています」
「ああ、あれね。この絵姿見て。何処に私がいます?私個人を好きになってくれている人はいません。アリもしない「救国の乙女」を皆さん欲しているだけです。わたしはこの屋敷の人外を守りつつ、薬師として生きて行きたいです」
「で、では、ここにずっと居てくれるのですか?」
「ここには女神さまも来るのよ。この屋敷を守らないとね。それに今私はとても幸せなの」
「ラ、ライさん、わ、わたしもその仲間に入れてください」
「ストーンさんは、グレイに出会ってからずっと仲間でしょ。ザッツ国のときも、身を挺して守ってくれたわ。森の回復にも力を惜しみなかった。わたしにとって大切な人の一人です」
「はい、その言葉だけで嬉しいです」
部屋の外で成り行きを見守っているリリーにモスに古竜、ジルは今にも部屋に飛び込みそうになっているところを「ここはストーンが決めるところだ」といってエックに止められていた。しかし止めたエックでも「ここで決めなければライを得ることはできない。グレイがいないうちに是非決めてくれ」と願っていた。
ライとストーンがあらぬ方向でまとまりそうになったことにミリエッタは困惑した。ストーンはライを守るためにきっと王都を抜け出してきた。ライは普通の人とは違う。それはライの身近な人は分かっている。「救国の乙女」なんて無価値な名前に踊らされた人たちに、ライは預けられない。ライは「女神に祝福された娘、私の娘」決して不幸などになってはいけない。
「ちょっと待って。ライも身を護るために誰かと婚約しなければならない。ストーンは王都の令嬢から自分を守るために婚約しなければならない。分かってる?」
「でも好きでもない人と婚約は、ストーンさんは困るでしょ?」
突然エックがこの場に乗り込んできた。「なぜいるの?」ミリエッタの無言の言葉に「ライは可愛い娘だ。ストーンは愛弟子だ」と無言で返した。二人がにらみ合いをしている横で、ジルが執事らしく言葉を添えた。
「ライ様、大切にしたい人は沢山いますが・・ストーン様は特別ではないですか?ストーン様、ライ様は恋愛感情に疎い方です。屋敷にいる者たちは、ストーン様を皆で応援しています。ここで頑張らなければ「男がすたります」とエック様は申しておりました。皆で見守っています。頑張ってください」
部屋の窓という窓に張り付いた人外たち、入口の開いたドアの間からリリーにジル、魔蜘蛛に魔羊、多くの人外が覗き込んでいる。その中にオズまで「ワクワクした目」でこちらを見守っている。ジルの余計な一言でストーンはさらに緊張した。
しかし、多くの人外は人の様な期待はしていない。オズのワクワクしている気持に便乗しているだけで、ストーンのことなど見ているようで見ていない。リリーの出した珍しいお菓子に目がいっていただけだった。真っ赤な顔のストーンは意を決して、ライの前で膝をつきライに声をかけた。
「ライさん、わたしは不器用な男ですが、わたしの手が届くこの屋敷とオズ様を必ず守ります。わたしはライさんの側にいると、とても幸せになる自信があります。わたしと共に「結婚してくださいだろ」「結婚してくださいでしょ」」
しびれを切らしたエックとミリエッタが大声を上げた。ストーンはつなげる言葉を失った。ライはどうせ誰かと結婚するなら人外を含め丸ごと自分を受け入れてくれる人がよいと思っていた。西の公爵地での治療やザッツ国での旅の間も、いつも気にかけてくれていた。
女神のせいで急に「体外魔力」が使えるようになって「魔力暴走」の危険があっても、前向きに頑張るストーンを応援したいと思ったのはライの素直な気持ちだった。今のライを捨て子だからと蔑む人はいないが、人の中には口さがない人はいる。それさえも理解してくれる人はきっとストーンさんしかいないと思えた。ライはストーンに向かい誠意を込めてお願いすることにした。
「ストーンさん、まずは婚約から始めませんか?お互い不遜な人たちから逃げるのも大切です。時間をかけお互いを知るところから始めませんか?」
ライの言葉にストーンは驚きと緊張で体がこわばった。そしてじわじわと喜びが増してきたが、口下手なストーンは気の利いた言葉が出ない。
「婚約者というお友達からお願いします」
エックは気が付いた。ストーンもライも人との関係が薄い。結婚なんか程遠い。まずは二人でお茶をして、話をして、お互いを知る事から始めないとならない。いい年の二人をエックやミリエッタ、取り囲む人外たちは残念な目で見ていた。
「とりあえず婚約ということで話をまとめますね。書類は私が準備します。これからのことは特にストーンに私の方で教育を施します」
ミリエッタの訳の分からない「教育」宣言で、ライとストーンは「婚約」することになった。
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