173 エックの来訪
それから毎晩、ライの結婚の話し合いが人外たちで繰りひろげられた。話し合いの合間に、お菓子に果実酒、ジュースのてんこ盛りを食べたり飲んだりしているうちに、最後には何の話し合いか分からなくなる。その結果、食べて飲んで歌って踊って終わってしまう会議が連日繰り返された。
単にライを話の種にした宴会だった。ライはもとから期待はしていなかったが、やはり人外の集まりと諦めた。リリーはまた斜め上に振り切り、魔蜘蛛や魔羊たちとライの結婚式のドレス作りの計画を練っていた。グレイさえ呆れている。
「相手がいないうちからドレスか・・まだ早いだろう」
「これから糸を探して染めて機織りして、形を決めて・・やることは沢山ある。あっ、ベールが良いかしら?それとも輝石でティアラも考えないと・・」
「ライ、一年以上かかるだろうから心配ない。どうせ誰か見つけないと困るのはライだよ。俺たちを受け入れてくれるなら、誰でもいいよ。でも身上調査はするからな」
グレイは「誰でもいい」といったが、そんなことはない。もし気に入らなければ、グレイがどんな仕返しがをするか分からない。ライは捨て子だったが、グレイに助けられここまで来た。今のままで十分幸せだ。まさか結婚問題が浮上するなど夢にも思わなかった。
グレイが西に出かけている間にも、ライの結婚話が大騒ぎになっていた。グレイがこの騒ぎに参加すると、さらに騒ぎがグレードアップしそうなので、西から戻ったグレイを速やかに妖精村に送り出した。リリーもその辺は分かっているのか、沢山のたまごボーロも持たせた。
グレイが転移しライがほっとしたのもつかの間、入れ替わるように懐かしい人が転移してきた。髭を奇麗に剃り、身だしなみを整えた、おじさまのエリック・エドウィンが現れた。
「ライ、久しぶりだな。最近「猫」来ないから差し入れがなくて寂しかったぞ。ところでストーンは帰っているか?」
「エックおじさん、ストーンさんは王都で訓練しているのではないですか?」
エックはお茶を飲みながらストーンの話を始めた。ストーンは西の軍神の時に出来た魔力を剣に乗せることができないでいた。もちろんグレイが渡した「鍛冶神の剣」ではできるのだが、人族の作った剣では魔力を纏わせることはできなかった。ストーンは隠し持っている「鍛冶神の剣」を訓練に使うことはなかった。
ストーンにとって特別な剣「鍛冶神の剣」だからだ。下手に外に出れば「献上品」扱いになりストーンの手から離れてしまう。ストーンの手から離れた「鍛冶神の剣」はもろく壊れてしまう。献上する意味がない上に、偽造品を献上したとして罰せられることになる。自分一人の問題にならない。それなら魔法剣士になれないとストーン本人の評判が落ちても構わない。
エックにはストーンの気持ちが良く分かるから、ストーンに無理強いはしなかった。しかしストーンの「魔法剣士」の話が独り歩きして、武の貴族から婿養子の話が持ち上がった。元々ストーンは身体強化だけでも騎士としての力は素晴らしかった。
その上に魔力も高いなら次代に魔法剣士が生まれるかもしれないと打算が働く。さらに不愛想だが見た目が良い上に、訓練中はさらに割増ししてよい男に見える。王都の令嬢がまとわりつくようになった。
魔導師団はストーンを預かってはいるが親ではない。結婚や婚約にかかわりを持つ予定ではなかったが、王弟の娘が一目惚れして、毎日訓練棟に通うようになった。「騎士などあぶない仕事は辞めて私だけの騎士になって欲しい」と申し出をしてきた。
さすがに王族に連なる令嬢の発言にストーンが出奔した。王都に残って幾ら訓練しても「魔法剣士」になれない苦悩と、騎士になることに命をかけてきた自分を否定する婚約話に嫌気がさし、魔導師団長には断りを入れその日のうちに王都を出ていった。
「ストーンが戻るのはここしかないかと思って転移してきたんだ」
「なぜ?ここに?」
「ライ、おまえは19になるんだろ。もう少し人の心情をくみ取ることが出来ないか?おまえだってストーンに肉パンの差し入れしてだろう」
「それは・・ストーンさんが肉パン好きだから。女神のせいで魔力を急に体外に放出できるようになって申し訳なかったから」
「女神?」
「あっ、ともかく私のせいでいらぬ苦労をさせたから」
「でもそのおかげで「鍛冶神の剣」を使って軍神と戦い、大陸の争いを止めることが出来た。ストーンの努力を否定するな。ストーンはライのためなら、あの時自分の体を魔力暴走させても守る気だったんだぞ。あいつはお前のために「魔法剣士」になろうと訓練したんだ。俺には分かる」
「「ストーンはライが好き」」
「「ストーンならここに住んでもいい」」
「「ストーン面白い。ここに住めばライは他の人と結婚しなくていい」」
「「ストーン、ライの願い叶える」」
「このぴかぴかするのは妖精か?精霊か?ライ縁談があるのか?詳しく話せ」
それから偽の絵姿と結婚の申し込みが沢山来ていることをエックに話した。ミリエッタの「仮の婚約者」を作れば時が稼げるし、騒ぎも沈静化するのではないかと言われたことも説明した。ライはここに居る人外たちと、この屋敷で暮らしたい。この屋敷の人外を守りたい。それが一番だった。
「おい、「猫」はどうした?こういう時に活躍しないで何処にいる?」
グレイは妖精村に帰ったことを説明すれば、エックは頭を抱えた。エック自体自分のこともままならないのに他人の恋路など関われない。
「ライ、面倒だからストーンと「仮の婚約」を結べ。「救国の乙女」の婚約者なら王弟の娘なんて相手にならない。ストーンは領地に戻って次代の公爵の護衛騎士を続けるのが希望なんだ」
「「ストーンはオズ大好き。オズはライ大好き。ストーンはライ大好き。婚約すればいい」」
「「婚約したら屋敷安泰」」
「「婚約、婚約、宴会だ」」
何とも言えない結論だ。ストーンの気持ちもライの気持ちも関係ない。人外たちは盛り上がっている。
元々人外たちは楽しいことが好き。時には悪戯だって楽しむ。人外たちはライとグレイと付き合うようになって、随分人間味が備わってきていたが、繊細な乙女心や愛情といった感情を理解するのは難しい。
人外にとってライが笑っていれば他に望むのは自分たちの楽しい暮らしだけ。リリーやジル、古竜のような進化した人外のように「お互いを思いやる」という感情は生まれない。エックはストーンがここに戻るまで屋敷に留まることになった。ザッツ国で人外と出会っているので馴染むのが早い。シロやリリーとすぐに馴染み魔馬のクロを見つけた時は大喜びしていた。
エックは日に一度王都に転移して仕事を済ませ夜には戻ってくる。魔力の無駄遣いだとライは思うが、美味しい食事にお風呂、ふかふかの寝具、魔力消費などこれらに比べれば何でもないと笑っている。時には古竜やクロと共に迷いの森に早駆けに出かける。クロは体力が余っていたので大喜びしている。今まで我慢していたんだろう。街までの移動などクロに物足りなかった。エックがいなくてもジルや古竜と一緒に森を走らせないといけないとライは思った。
グレイに付添ったイエローから連絡が来た。「元気・・だ」「花は育つ」「猫連れ」妖精村は随分遠いらしい。結界もあるのでとぎれとぎれの連絡ばかりで要領を得ない。それでも元気な様子にライたちは安心した。「猫連れ」?誰にもわからない。




